第7話 一日が終わったら、また

「で? 自分のスキルについてどう思った?」


 夜になるとギルドの集会場は相変わらずの賑やかさであった。


 その中でも端の方にはまだ空席があり昨日の夜と同じく俺とエルナは向か合う形で座っていた。


「『知覚ルック』ステータス開示オープン


 エルナがローブの懐から取り出した羊皮紙を撫でるように触れながら呟くとじわり、とその表面に黒い文字が浮かび上がる。



 ――タクト・クリアス――


 所持スキル:『選択視セレクト:スキルランクEX』『真偽眼ジャッジ:スキルランクEX』



「ははっ! 相変わらずひどいもんだなぁ!」


 その文字を見てエルナは大きく笑い声をあげる。


 何とも無礼な笑いだとは思うがそれに反論しようにも事実なので言い返せない。


「それで? 何かわかったことは?」


 にやけた顔のままそう尋ねてくるエルナにはじっと我慢をして俺は今日のことを振り返る。


 結局あの『スライム退治』のクエストの後、エルナに勧められるまま2つクエストを受けるとこととなった。


 どれもが低級クラスのものであり決して難しいものではなかったが本来なら剣の腕も未熟な俺一人ではクリアもできなかっただろう。


 それでもこうして無事それを終えてここにいられるのはひとえに俺の持つスキルによるものであることは間違いない。


「そうだな」


 それは当の俺自身が一番よくわかっていることであり、今日のクエストのことを振り返りつつ改めてそのスキルについて考えてみる。


 ――まず初めに。


選択視セレクト:スキルランクEX』と『真偽眼ジャッジ:スキルランクEX』という2つを同時に手に入れたわけだが、どうやら実際にはこれらは明確に別のスキルであり、俺はそれを同時に発動しているらしいということ。


選択視セレクト』はあくまでも俺が取ることができる行動が3つほどの選択肢として目に見えるものである。

 

 その間世界の時間は完全に停止する。


 停止時間は現実でいうところで5秒程度であるが俺が何か行動をしようとするとそれは即座に解除される。


 実を言えばそれはただ選択が目で見るようになっているだけであり、それぞれがどういった結果を生むのかは実際に行動に移してみるまではわからないのだ。


 だがそれを補うようにしてもう一つのスキル『真偽眼ジャッジ』が発動しその中から正しいもの、或いは最も効果的と言えるものがわかるようになっている――というのが俺の目に見えているものの正体らしい。


 なぜそれがわかるようになったかというと単純にある時から俺の目に映っていた選択肢に見えていた“効果あり”だの“効果なし”だのといった文字がなくなったからだ。


 そのことを相変わらず観察するように遠巻きで眺めていたエルナに伝えたところこの2つは別の効果を持つスキルなのではないか、という推測に至ったというわけだ。


 そこからわかる通りこのスキルは無限に使えるものではないようだ。


 それが俺自身の熟練の問題なのか、元からそういうスキルなのかも現時点では不明だが使えば使うほど肉体が疲労するようにスキルの発動頻度、文字が浮かび上がる時間などは減っていくのだった。


「まぁそもそも自分の意志で発動できないとねぇ」


 そう自分のことを分析をしていた俺にエルナのからかうような声がかけられる。


「むぅ」


 人を馬鹿にしたような――というか馬鹿にされているのだが――それには返す言葉がない。


 今エルナが言ったように今日一日使っては見たものの2つのスキルを意図的に発動できたことは一度もなかったのだから。


 このスキル自体はかなり強力なものであるとは自分でも思うのだがそこだけが唯一不便と思えることだった。


「あんたはどう思ったんだ?」

「んーそうだね」


 そういうこともあり現状ではエルナの方が俺よりも理解度は高いのではないか、とすら思えているのでそう尋ねてみるとエルナは卓上に肘をつき、思わせぶりに頬に手を当てて首を傾げてみせた。


「かなり特殊でかなり強力なスキルだと思う。昨日一晩考えて今日も見てみたけどやっぱり私には記憶のないものだったしね」


 うんうん、と頷きながらそう語る口調はどこか楽し気であり何か面白いものを見つけた子供のようにも聞こえた。


「それよりも、だ」


 と、そこでエルナは話を止めるとじっ、と俺の目をまっすぐに見つめてきた。


 だが俺は覗いていると吸い込まれてしまいそうな瞳はやはりどうにも苦手であり思わず目を逸らしてしまう。


「どうかな?」

「どうかなって、何がだ?」


 そんな俺の態度は気にならないのか視線は変わらず向けられているのを感じるので仕方なしにそう返す。


「だから、私とパーティーを組む気が湧いてきただろう?」

「あぁー」

「何だよその反応は」

「いや、だってなぁ」


 エルナの言葉はまるで俺が悩むこともなく首を縦に振るとでも思っていたかのような自信に満ちているように聞こえたが俺は言葉を濁してしまう。


 エルナとパーティーを組む、ということは昨日の夜から話題に上がっていたことではあるが正直何故今の話で再びそこに行きつくのかが理解できずにいた。


「あんた今日ただ見てただけじゃないか」

「それでも君のスキルを分析できるんだからすごいとは思わないかい?」

「そりゃまぁそう思うけどさ……何でそんなに俺とパーティーを組みたいっていうんだよ。あんたなら他でもやっていけるだろ?」


 引き下がる様子もないので俺は核心を突くようにそう尋ねた。


 昨日は”秘密”という一言で断ち切られてしまった問いであったが俺にはそれを聞く権利はあるのではないだろうか。


「……」

「秘密っていうのを無理に聞くつもりはないけどな、仲間になるっていうならその理由くらいは聞かせてくれてもいいんじゃないか」


 じっと押し黙ったまま俺の言葉を聞いていたエルナであったが、


「…………まぁそれは君の言う通りだね」


 長い沈黙の後、一度小さく息をつき頷いた。


「実は――」


 そうして意を決したように紡がれようとしたエルナの言葉を――


「ふむ」


 声が遮った。


「っ!」


「誰かと思えば珍しい顔がいたものだ」


 いつの間にそこにいたというのか。


 俺とエルナが座る卓の直ぐ傍らに一つ影が立ちこちらを見下ろしていた。


「こんなところで何をしている?」


 音もなく、気配もなくそこにいた声に俺が反射的に顔を向けるとそこにいたのは黒い鎧に身を包んだ一人の男だった。


 黒く染められた鎧とそれにも増して暗い――というよりも感情というものを感じさせない表情で男がまっすぐにエルナを見ている。


 見るものによってはその視線だけで冷たさに震えてしまいそうなそれを受けて、しかしエルナの目は変わらずに目の前の俺に向けられている。


「何をしているっていうのなら君こそこんなところで何をしているんだい? 『銀級シルバー』がいるような場所じゃないだろう」


 意図的に顔を向けることはせずに言葉だけで問いかけるエルナ。


 それに対してそれでも男の顔には怒りや困惑といった色は浮かぶことはなく仮面のように感情のないまま、


「そうだな。そしてお前がいるような場所でもないな――『魔女ウィッチ』よ」


 冷たく重い声でそうエルナに問いかけた。

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