新たなる選択編

第5話 自己申告では、すごいらしい

「ハイハイ! そっちに行ったよ!」

「くっ! ハァッ!!」


 指示を聞くまでもなく敵の姿は視界に捉えており、迫りくるそれを打ち返すように剣を振り下ろす。


『Paaaaa――……』


 どぷんっ、と何とも言えない感触と共に真っ二つに両断された半固体状のそれはずぶずぶと地面に沈み込むようにして消えていく。


「うんうん、いい感じだね」


 剣を振り下ろした姿勢のままそれを眺めていたところそう楽し気な声がかけられ、俺はゆっくりとその方向に視線を向ける。


「流石にスライムくらいなら斬れるみたいだね」


 真っ黒なローブに身を包み、その栗毛色の長い髪を揺らしながら少し離れたところで岩に腰かけていたエルナが何か確かめるように、或いはからかうように笑っていた。


「……はぁ」


 その姿に俺は小さくため息をつきながら昨日の夜のことをほんの少し後悔し始めていた。



  *



「パーティーを組むって……俺とあんたでか?」

「もちろん、他に誰がいる?」

「そりゃそうだけど……」


 口だけ微笑みの形にしながら俺の問いに答えるエルナは自信満々といった風である。


「それとも何か不満があるかな?」

「いや、不満っていうか……いきなりそんなこと言われても困るというか……」

「はぁー……」


 それは俺からすれば至極まっとうな思いを述べたつもりだったのだが対するエルナはその言葉にわざとらしく深いため息をつきながら首を2、3度左右に振った。


「せっかく私が誘っているっていうのにそれに乗らないなんてもったいないなぁ」

「いや私がって言われてもなぁ」

「はぁぁぁー……」


 自身に溢れた言葉に対して俺の態度が煮え切らないものと受け取ったのかエルナはもう一度、今度はより大きくため息をつくとすっ、と卓上に置かれていた羊皮紙を俺の目の前に翳した。


 そこには黒い文字で俺に関することがずらずらと記されていたが、


「『知覚ルック』ステータス開示オープン


 エルナが短くそう呟くと同時にそれはまるで紙に溶け込んでしまったかのように消え、かと思えば無地になった紙上にまたじわりと文字が滲みあがってきた。


「えっと……エルナ・オルフェリア」


 でかでかと見出しのように最上段に記されたのは彼女の名前であり、それに続くようにして文字が次々と浮かんでくる。


 どうやら俺の時と同じようにここにはエルナに関する情報が記されているようであり、


 ――エルナ・オルフェリア――

 年齢:19

 出身:■■

 適正職:『魔法使い』『僧侶』『魔法騎士』

 所持スキル:『風魔法:スキルランクA』『火炎魔法:スキルランクA』『水魔法:スキルランクA』『回復魔法:スキルランクA』『解析術:スキルランクB』『探索術:スキルランクB』『■■:スキルランクS』『■■:スキルランクEX』…………


「はいおしまい」


 と、上から順に紙に浮かんだ文字を俺が目で追っているとエルナは短くそう言いながらその紙をぱたり、と卓上に伏せて隠してしまった。


 眼前に翳されていた紙が除けられるとすぐ目の前にはエルナの顔があり、その目が真っすぐに俺を見つめていた。


「ね?」

「え?」

「え? じゃないよ! 今のしっかりと見ただろう!?」

「いや見たには見たけど……」


 そうして再びにこりと微笑みながら問いかけを投げられるが俺には言わんとしていることが今一つうまくわからず小さく首を傾げてしまうとエルナは驚いたように机に身を乗り出してきた。


「何か所々黒くなって読めなかったし、まぁ後は色々書いてあったように思うけど……」


 栗毛色の髪を揺らしながらその顔がずいっ、と近づいてきて思わず反対に俺は小さく身を引きながらとりあえずそう思ったことだけは言っておく。


「だから色々書いてあっただろう? めちゃくちゃ凄いって思っただろう?」

「あぁ……うん、うんうん」


 ぐっ、と顔を寄せてきながら詰め寄ってくるエルナに俺が首を縦に振ったのはその勢いに圧されたということもあるがそうしないとどこまでも顔が近づいてきそうな気がしたためでもある。


「ね? あれだけ高ランクのスキルを持ってる人間はそうそういないんだから。私とパーティーを組みたくなっただろう?」

「ま、まぁな……」


 俺の反応に満足をしたのかすっ、と椅子に戻るエルナにこちらもほっ、と息をつく。


 勢いに圧されての言葉になってはしまったが確かにエルナの言う通り先ほど見せられた彼女の情報には目を見張るものがあった。


 無論あの紙に浮かび上がったのが全て事実であれば、という前提ではあるがすらりと並んでいたスキルを使えるのならエルナは優秀な魔法使いであるという程度のことは俺にも理解できた。


 だが――


「……何で俺とパーティーなんだ? あんたならもっと良い仲間と組めるだろう?」


 優秀であるからこそ、その疑問が浮かぶ。


 何しろ俺はまともなスキルも持っていない剣士見習いであり、それは先ほど彼女自身が確かめたこと。


 俺が誰かパーティーを組んでくれる相手を探すことに苦労することが通常であり、断じて俺が誰かに誘われるということはありえないはずなのだ。


「秘密」


 そう思っての問いだったのだがそれには短くしかしきっぱりとした言葉だけが返ってきた。


 相変わらずその目は細めず口だけで笑みを浮かべるその顔とその言葉にはそれ以上深く問いかけることを拒絶している圧があり、俺は次の言葉を続けることができなかった。


「じゃあ、こういうのはどうかな?」


 その俺の沈黙を疑いと受け取ったのかエルナは小さく首を傾げながら、


「私は自分の知的好奇心で君の持つスキルを確かめる。君は好きに行動をしていいから私はそれに着いていく。ね?」


 そう提案をしてきた。


「……」


 俺はしばらく沈黙をしていたが、最後には首を縦に振ってしまったのだった。



  *



選択視セレクト

 Ⅰ:後方へ回避(効果なし)

 Ⅱ:魔法発動(効果なし)

 Ⅲ:剣を振り下ろす(効果あり)


「うぉおおお!!」


 停止していた時間が動き出すと同時に俺は今見えた文字の通り手にしていた剣を上から下へと振り下ろす。


『Poooooo……』


 体当たりをするように向かってきたスライムはその刃に断ち切られ二つに分かれ溶けていく。


「今ので最後みたいだね」


 静かになった辺りを見回しながら岩から飛び降りたエルナがこちらに歩み寄ってきた。


「だな」


 少し荒くなった呼吸を整えつつ俺も周囲の安全を確かめ剣を納める。


 昨日の一連の騒動から一夜明け、俺はギルドに依頼が上がっていた最下級クラスの『スライム退治』クエストを受けてみることにした。


 とりあえずの小銭稼ぎと俺が手に入れた『選択視セレクト』の力を確かめるためだったのだがどこでそれを知ったのかいつの間にかエルナが後から着いてきていた。


 だがあくまで昨日の言葉の通り手助けをするわけでもなくただ遠巻きに眺めていただけだったのだがその顔は満足げであった。


「で、何かわかったことはあるかな?」


 俺は俺で今の戦いの感触を反芻するように振り返っているとエルナが顔を覗き込むようにしてそう尋ねてきた。


「あ、あぁ。まあな」


 日の光の下でふわりと揺れる栗毛色の髪とその顔は夜の集会場で見たものとはまた違うように見え、思わずどきりとしてしまいながら俺は小さく頷いて答えた。

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