第4話 誘われたら、どうする

「ん?」


選択視セレクト』の発動によって停止していた世界は俺がぼんやりと目の前に浮かんでいる文字に気を取られているうちにすぐに終わってしまった。


 次の瞬間には先ほどまでと変わらず俺の顔を不思議そうに見つめる女がいるだけ。


(一体……)


 集会場にいるということはこの女もギルドの一員なのだろうか。


 俺もあまり顔が広い方とは言えないが今まで見たこともない人物であり、その存在に少し戸惑ってしまう。


 いや――


(今のは……?)


 戸惑いを覚えている本当の理由は俺の目が捉えたもののせい。


 つい先刻手に入れたばかりのスキル『選択視セレクト』。


 その正体は未だ俺自身が掴み切れていないがてっきりあらゆることに対して正しい答えがわかるもの、と思っていたのだが今見えたものはその全てが”効果なし”であり、それではどうしようもない。


「おーい」

「あっ……」


 などと立ち尽くして今の出来事を振り返っていると女が俺の顔の前で手をひらひらと振ってきた。


「ああ……えっと、すまない」


 継ぎ目のない真っ黒なローブに身を包みふわり、と栗毛色の髪を揺らし俺を見つめてくるのでとりあえず反応だけしてみるがしかしどれだけ記憶を遡っても目の前の人物には見覚えがなく何と言えばいいのかがわからない。


「そんなぼんやりして、何かおかしなものでも見えたのかな?」

「なっ……」


 そうしている俺をまるで何か面白いもので見るかのように女は小さく口角を上げそんなことを言ってきた。


「いや、いきなり声をかけて悪かったね。私はエルナ・オルフェリア。こんなところでも何だから座って話でもしようじゃないか」


 そうして俺の答えを待つことなく。エルナと名乗った女はきょろきょろを辺りを見まして空いている卓を見つけるとそちらへと歩んでいった。


 俺は別に招かれているわけでもないが何故かその後を着いていかなければいけないような気がしてあまり乗り気ではない足取りでその背中を追う。


 背後では未だ呆然と立ち尽くしている戦士たちの視線を感じてもいたがそれには今は応じないことにした。



  *



 夜の時間、この集会場は大抵人で賑やかになっている。


 これからクエストに向かうのだろうか、何かを話しあっているパーティーや或いは一仕事終えたのであろう騒がしく食事をしている集団など過ごし方は各々だがそこかしこから聞こえてくる話声が止むことはない。


「で? 君は一体何者かな?」

「はぁ?」


 それでも、まるでその賑やかな空間からすっぽりと切り離されたように端の方には小さな円卓が一つ空いておりそれを見つけたエルナはささっとその席に座ると開口一番にそう問いを投げてきた。


 だがその言葉があまりにも想定していたものとかけ離れており、問われた俺はつい素っ頓狂な声が漏れてしまった。


 だがそれも無理はないと思ってもらいたい。


 何しろ先に声をかけてきたのは向こうだというのに改まって尋ねられたのが“何者か”などというのだから。


 そんなことを言われてもそれはこちらのセリフとしか言いようがなく


「まぁいいか。『知覚ルック』ステータス開示」


 仕方なしに俺が名を名乗ろうとしたその前にエルナはどこからともなく無地の羊皮紙を一枚取り出すと小さくそう呟きながらすっ、とその表面を軽くなぞる。


「?」


 その行為が意味しているものはわからずただぼんやりとエルナの一連の動作を眺めていると


「ふむふむ――タクト・クリアスか」


 じわり、と液体が布に染み込むように何も描かれていなかったはずの紙に黒い文字が描かれていく。


「え……?」

「あぁ気にすることはないよ。私はこういうのが得意なんだ。しっかし――これはひどいなぁ」


 急に名前を呼ばれ不思議に思っている俺には答えずエルナはそのまま卓上に広げられた紙に記される文字にさっ、と目を通したかと思うとあはは、と愉快気に笑い出した。


「剣士見習いだが剣の腕もまぁまぁというところだし、基礎的な魔法スキルも身につけていない……これでよくギルドに加入しようと思ったね」

「お、おい! 何見てるんだよ!」


 興味深そうに、そしてどこか小馬鹿にしたように紙をなぞりながらそう言われようやくそこには俺に関する情報が記されているのではないか、という嫌な予想に思い至った。


 剣の腕が大したものでないことも基礎レベルの魔法も使えないことも全て事実である。


 事実ではあるのだがそれを改めて赤の他人に言われると何だか急に恥ずかしい思いが湧いてきて思わずその紙を取り上げようと少し椅子から立ち上がったところ、


「――けど、これは気になるね」


 ぴた、と紙上をなぞっていた指を止めたエルナの静かなその言葉に感じた圧に腰を浮かしたまま止まってしまった。


「な、何だよ……気になるって」

「うん? これさ。『選択視セレクト:スキルランクEX』、それと『真偽眼ジャッジ:スキルランクEX』……見たことも聞いたこともないスキルだ」


 黒い文字が記された紙に落とされる視線からは先ほどまでの愉快そうな色は消え、じっくりと考察するような値踏みをするような目に変わり、そしてそれはそのまま紙から俺へと移された。


「一体これは何なんだい?」


 うっすらと微笑んでいるようにも見えるがその瞳はどこまでも深く沈み込んでいくようで最奥にあるであろう感情を読み取ることができない。


「何って言われてもな……」


 そのプレッシャーに俺は沈黙をすることができず、ただありのまま先ほどあったことを話してみることにした。




「――ってわけなんだ」

「――なるほどねぇ」


 俺の話は我ながらたどたどしくうまく説明できたとは思えない。


 何しろ当の俺自身が状況をはっきりと理解していないのだから他人にそれを上手く話すことなどできもしない。


 それでもエルナは静かにそれに耳を傾け、最後まで聞いたところで一度深く頷いた。


「えっと……エルナさんには何かわかるのか?」

「エルナで構わないよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ」


 目を閉じて幾度か小さく頷いているのでそう尋ねてみるとエルナはそう言いながら首を横に振り、


「けど君のスキルについてはさっぱりだね。そんなものはやっぱり聞いたことがない」


 ――この私がね、と付け足すエルナだがそこには怒りや不満というよりは興味深いという思いがあるように見えた。


「うん。やっぱり君は面白い目を持っていたね」


 うんうん、と幾度目かの頷きをした後、エルナは閉じていた目を開けると正面に座る俺をまっすぐに見据え、


「私と組まないかい? 見ての通り私は優秀な魔法使いなんだ。君は剣士なんだし良いパーティーになれると思うよ」


 にこり、と目は細めずに口だけを笑顔にしてそんなことを言ってきた。


「えぇ……」


 笑っていない目に見据えられた俺の口からはただそんな言葉しか出てこなかった。


 残念なことにその瞬間に『選択視セレクト』は発動しなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る