第3話 再会したら、宣告
「まいったぜ……」
「まったくだ」
はぁ、と深くため息をつきながら卓に突っ伏す3人。
未だ青いままの顔には汗をかき、気を紛らわせるために注文した酒にも手を付ける気力も体力もない。
「何であんなことに……」
はぁ、ともう一度大きくため息をつく女。
彼ら3人こそ、つい先ほどまで魔狼とゾンビの集団に襲われ命からがらに逃げ延びてきた戦士と魔法使い、そして僧侶である。
しかし呼吸を整えるように息をつくその顔には3人とも安堵と呼べるような色はない。
あるのはただ疲労とある種の恐怖に近いもの。
「……」
「……」
「……」
森から逃げ出し辿り着いたのは彼らの所属するギルドの集会場。
かけられた声にも応えず空いている椅子に腰かけため息をついたのはもう何度目だろうか。
お互いに顔を見合わせるわけではないがその胸の内は言葉にすることもなくわかっている。
「……なぁ」
その沈黙は果たしてどれほど続いていただろうか。
限りなく長かったようにも思えるし瞬く間のことでもあったかのようにも思える時間の後、呟くように口を開いたのは魔法使いの男だった。
しかし神経質そうに眉間に皺を寄せている男の何か言いたげな口が次の言葉を吐き出す前に、
「やめろ」
断ち切るように戦士の男がそれを止めた。
「やめろ」
「……」
同じ言葉をはっきりと言い聞かせるように言う戦士に僧侶の女は沈黙したまま俯いている。
「……あぁ」
戦士が言わんとしていることは当然魔法使いの男にも理解ができており、その言葉に従い口を閉じる。
皆の頭に浮かんでいるのは先ほどまでの命を賭けた戦い――そして一人の男のこと。
だがそれを口にしては触れてはならないものに触れてしまうことを3人ともがわかっていた。
故に闘士のその言葉を境にもう口を開こうとするものはいなくなった。
そうしてそのまま全てを忘れてしまおうか、と戦士の男が卓上に置かれた酒に手を伸ばそうとしたその時、
バァン――
と勢い良く開けられた集会場の扉の音に自然と顔をそちらに向けてしまった。
「―――――っあ」
そしてそこに立つ一つの影に戦士の男はぽかん、と口を大きく開けながら椅子から立ち上がってしまった。
*
バァン――
と思ったよりも大きな音を立てて扉を開けてしまったのはつい腕に力が入ってしまったから。
ここまで走ってきたことと、生きているという実感があるということ、そしてもう一つ――きっとここには会いたい奴らがいるという予感に気持ちが高ぶってしまったのだろう。
「―――――っあ」
そして想像よりも早く、目当てのものは見つかった。
開け放った扉の先には人が多く、ざわざわと賑やかではあったが椅子から立ち上がり呆然とした目で俺を見るその視線のおかげか探す手間は省かれた。
「……」
同じ卓に座っていた他の2人も立ち尽くし口をパクパクとさせる男の異変に気が付き、少し遅れて俺と目が合う。
「んなっ!?」
素っ頓狂な声は騒がしい集会場内でも不思議とはっきりと聞こえた。
明らかに俺の存在を歓迎している声ではなかったがそんなことは気にもせずまっすぐに3人の元へと向かう。
何せ大切な俺の仲間なのだから――
「あ……あっ……」
「――よぉ」
バンッ、とあえて大きく音が鳴るように卓を叩くと注がれたまま口をつけられていなかった酒がゆらりと揺れ、こぼれそうになる。
「タ、タク……ト…」
だが、そんな卓上のことなど最早気もしていられないのだろう、立ち上がった3人の6つの目は真っすぐに俺に釘付けになっている。
戦士、魔法使い、僧侶のその瞳には漏れなく驚きと恐怖の色が満ちていた。
まるで幽霊か何かを見るような――ここに来るはずもない人間を見たかのような、そんな瞳。
「――あんまり助けが遅いからよぉ、こっちから来ちまったよ」
そんな顔をしている仲間たちを少しでも落ち着かせてやりたかったのだが、声は低くまるで怒りに溢れているような言い方になってしまった。
大切な仲間に対してそんな気持ちになるわけもないというのに、不思議なこともあるものだ。
「――で? 俺の助けってのは一体いつ来てくれそうなんだ?」
なので、これは純粋な質問に決まっている。
先ほど俺を置いて走り去っていってしまったが確かにそう言っていたのをはっきりと覚えている。
まさかそれはただの嘘で仲間を囮に逃げだして、辿り着いたここでどうしようもなく3人で座っていたなど、そんなことはあるはずもないだろう、と俺はなるべく顔を笑顔にするように心がけてそう尋ねた。
「タ、タクト……いや、あのっ……」
「えっと……違うのよ、わ、私たちっ、その……」
だというのに、どいつもこいつも怯えた表情であわあわと口ごもるだけでその姿はとても見ていられたものではない。
――まぁ、もう助かるはずもないと思っていた奴がこうして目の前に現れたのだからそれも仕方がないだろうが
「っ!」
戦士の男は顔を真っ青にして今にも泣きだしそうな顔をしているが泣きたかったのはこっちの方であり、その表情にカッ、と心が燃え上がり腕を振り上げ――
「ひぃっ!」
――そこでそれを下ろした。
それは戦士の男の今まで聞いたこともないような情けない声に同情したからではない。
ただ何となくそういう行為が虚しく思えたから。
今日まで頼りになる仲間だと思ってはいたのだがどうやらそれは俺の思い違いだったのだ。
見捨てられた原因が或いは俺にあったのだとしても結局のところこの3人は
「……まぁあんたらも無事でよかったな」
はぁ、と一度大きくため息をついて立ち尽くす3人に背を向ける。
もうこの3人と関わることはないだろうし、そのつもりもない。
「ま、待ってくれ! タクト!」
呼び止める戦士の声は謝罪だったのかもしれないがそれを聞きはしない。
今からならやり直せる、そんな可能性もあったのかもしれないがもう俺たちが行動を共にすることはない。
奴らは奴らで好きにすればいい。
それに何より、俺はもう先ほどまでの俺ではない。
まったく理由もわからないが俺は力を手にしたのだから。
今ならばこの力で何かもっと大きなことができるのではないか――
そんな確信めいた予感を感じつつ、開けたままにしていた扉の方へと歩みだそうとしたその時、
「やぁ」
その足を止めてしまったのは目の前に立塞がる影があったから。
「君、なかなか面白い目を持っているね」
声をかけてきたのは一人の女。
いつの間にそこにいたのか、長い髪に真っ黒なローブを身に纏った女が俺の顔を覗き込むように見ていた。
――ドクンッ
瞬間、世界がぐわんと揺れるような感覚と共に俺の視界の先に淡く光る文字が浮かび上がる。
【
Ⅰ:怪しい女から逃げる (効果なし)
Ⅱ:怪しい女から逃げる (効果なし)
Ⅲ:怪しい女から逃げる (効果なし)
――訂正。
発動3回目であるがどうやらこの力は万能ではないらしい。
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