第23話
その後の数日で、島への非難は急激にボルテージを上げていった。報告される猫の罹患数、そして死亡数が増加の一途を辿ったことが原因だった。実のところ死亡した猫は十数匹なのだけど、急激な上向きカーブのグラフとして示されたそれが人々の強烈な反応を引き起こしたのだ。
さすがに大手のテレビ局はある程度トーンを抑えていたが、SNSではもう言いたい放題などというレベルじゃない。害悪、科学を理解しない馬鹿などという表現など可愛いもので、世界から抹殺すべきだなどと言い出す人達までいた。
『このウイルスが日本全体に広がれば信じられないほど多数の猫が死ぬということになる。その損失を考えれば島全体を焼き払って、住んでいる数百匹の猫を殺すぐらいのことはなんでもない』
『人間も感染源になるのだから、いっそのこと島の人間をこのまま一生閉じ込めるべきだ。これほどの恐ろしいウイルスが広まっているのに、それを防ぐための行動を取らない連中なんて、それぐらいの罰があっても良い』
僕たちの行動が百点満点でないことは分かっているけどさ。そこまで言われるほど悪いことをしたのだろうか。
「数字が急に増えているのは、島の人々の行動が変わったからでもあるんだ」
そう叔父さんは指摘する。島の人々は猫の死体を探して報告し、飼っている猫の調子が悪ければ直ぐにPCR検査をするようになっていた。
「検査数の増大と、積極的な参加の相乗効果。本来これは疫病対策として望ましい変化の筈だ。しかし世の中の人はそれを不快に感じる。数字が増えることによるイメージの悪化、という理由だけで」
真面目に対策を取ることで、無策であるよりも低く評価されてしまう逆転現象。そして、なまじっか情報が増えることで却って対策が上手く行かなくなることもあるという。
「君がやっているゲームで例えてみよう。偵察のコマンドは直接判明した内容だけが重要じゃ無い筈だ。むしろ偵察で得られなかったことの方が大切なことも多いんじゃないかな」
まあ確かに。
偵察で見つけたのが雑魚だけだったら、他に本命があると分かるもんね。
「戦力がオーブンになったカードのうち、一番戦闘能力の高いそれを集中攻撃する。常にそんなプレイングをして良い結果を残せると思うかい?」
「それじゃ出来の悪いボットみたいだよ。多分、ボロ負けすると思う」
「素人がエビデンス重視なんて理屈を振りかざすと、往々にしてそんなことになりがちだ。だから現代において、手当たり次第に情報を収集してそれを公開するのは悪手でしかない。良くも悪くも、そういう時代なんだ」
世の中の人の言い分がどうにも信頼おけそうにないものであることは、僕も薄々感じていた。猫の放し飼いが拡大の原因だという説に確かな証拠はないのに、多くの人が無条件にそれを信じている。
時折、叔父さんに近いようなコメントが出されるときもあった。判明した感染者数が実態の数字ではない。出されるグラフだけを見て判断するのは間違いだとか、あるいは新型コロナウイルスのケースを考えれば、現在の猫の死亡率は見かけ上高くなっているだけだとか。だけどそういった発言は証拠が無いと一蹴され、翌日には謝罪と撤回に追い込まれるのが常だった。
僕には良く分からない。ウイルスの危険性を低く評価する際には明白な証拠を出せと言うくせに、ウイルスが広まる可能性についてはその場で思いついたような発言でもべらべらと語るのが許されている。自分が信じている内容に証拠は不要で、気に入らない意見にだけそれを求めるなんて不公平だよ。
テレビの画面が切り替わった。スタジオでのトークが始まる。ゲストとして呼ばれたタレントが、たかだか一万人程度の島の話ならば、自衛隊を派遣して一軒ずつ強制的に調査と隔離をすれば即座に解決できるはずだと叫んでいた。
「なんだかさ」
僕は思わずぼやく。
「テレビでもネットでもみんな猫コロナについて語ってて。どうすれば良いのか、何をすれば解決するのか。その答えを知っている人が日本中に溢れているみたいな調子なんだけど。なんで本当にこの事態を解決できる人がどこにもいないんだろう」
叔父さんが面白そうな顔をする。
「自分で解決する気が無いからだろうね」
「どういう意味?」
「現場で本当に戦っている人間は、その大変さを知るが故にお気楽な解決策など提示できない。だから報道されるのは自分では何もせず、他人が自分の考え通りに都合良く動いてくれることを夢想する人の言葉ばかりになってしまう」
腕を組んで、どこか上から目線の態度。
「個人的な意見を言わせて貰えば、これも現代社会の病理だね。誰も彼もが、言葉を発するだけで世界を変えようと目論んでいる。しかし、言葉を力に変換する作業こそが最も難しいんだ」
画面の向こうで空疎な熱弁を振るう人々の群れを冷たく眺める。まるで熟練のプレイヤーが素人の手並みを論評するように。
「呟きを垂れ流すだけで世界が変わってくれるのを待つのは、宝くじを買うのと変わりない行為だ。私にはそうとしか思えないけどね」
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