第12話

 叔父さんの予想は当たった。迅速な法改正を進めるはずだった国会で、対策の必要性とその根拠についての疑念が発せられ始めたのだ。たかだか猫の病気で人間用の法律を変えるのはイカンと誰かが言い出した結果らしい。

『国民の権利を抑制するからには、明白な根拠が必要です。猫コロナウイルスが本当に危険な存在であること、そして発生させる被害についての正確な説明を願いたい』

 何を言っているのか分からないと叔父さんは嘆く。

「未知のウイルスが引き起こす被害について、どうやって正確な説明をしろというんだ。話の前提が間違っている」

「この人たちさー」

 僕はもう怒る元気もなくしていた。

「ちょっと前まで、政府の対応が遅いって言ってたはずだよね」

 彼等が単なる難癖をつけているだけであることは僕にだって分かった。どうやっても答えられない質問を延々とぶつけて、時間を潰しているだけだ。

「建設的な批判ではなく、相手が答えられないという負のイメージを積み上げるための言いがかりだからね。戦術としては理解出来なくもないが、これしか手が無いというのがこの国の問題点だよなあ」

 まあ、建設的な批判をしてもそれが評価に繋がらないのが一番問題なんだがとか何とか。誰も聞いていないのにブツブツと呟き続ける。

 別の政治家が質問を始めた。

『島の属する県は政府大臣の地元だ。強引に法改正を進めて助成金の対象にしようとしているのは、利益誘導の意図があると見られても仕方ない。そうではないという証拠を国民に示して欲しい』

 なんだよそりゃあ。島に閉じ込められた人々はとにかく助けてもらいたいだけだ。ウイルス感染で閉鎖されることが利益になるというのなら、ここに来て一緒に生活してみればいいじゃんか。

「長引くな、これは。スケジュールを目一杯使う気だろう」

「どれぐらいかかるの?」

「通常国会だからね。やろうと思えば一ヶ月以上続けられる」

 通常国会ならばどうしてそんなに続けられるのかは理解できなかった。だけど、一ヶ月という言葉が僕の心を暗くした。

「ネットじゃさ、前回は二日で終わったって言ってるけど」

「COVID-19は人間の病気だ。しかも全国規模。野党に対策を進めることに異論を唱える余地は無かったんだ。一方こっちは人間にとって致命的な病気とは言えそうにないくて、従来の法律に当てはめる事自体に無理がある。ゴネられたら簡単には進まないさ」

「それにしたってさ」

「妙な言い方になるが、このウイルスは人体にとっては無害な隣人だ。私たちは簡単に猫コロナウイルスと共存出来てしまう。そうなると、どうしても強引な政策というのは取りづらくなる」

 ふざけんなと僕は思う。

「僕達が一緒に居たいのは猫なの。ウイルスじゃない」

 猫よりもウイルスとの共存を優先すべきだなんてことを言い出す奴がいたら、僕はそいつを決して許さないだろう。

「たしかに人間の病気じゃないけどさ。猫の権利だって守られるべきじゃないの?」

「猫に権利なんて無いよ」

 当然のような顔で返された言葉に僕は反発する。

「なにそれ。動物に権利が無いなんて考え、時代遅れだよ」

「この世から人が居なくなれば、権利という概念自体が消失する。実際に問われるのは、【猫に権利があると主張する人間の権利】だけだよ。猫が自分の権利を主張することは決して無い」

 まーたそういう小難しい話をして話をワケ分からなくする。

「わかったよ。じゃあ、僕たちの権利はどうなるのさ」

 こんな状態で、僕たちはこのまま放置され続けることになるのだろうか。島の人々は一刻も早く方針を決めてもらいたいのに。この中途半端な、事実上の強制である【自主隔離】はいつまで続くのか。不安ばかりが募り、出口が見えない。

 叔父さんは国会中継を眺めながら、無慈悲に正しいことを述べ始めた。

「彼等はある意味、この島のことなどどうでもいいと思い始めているんだろう。島は封鎖した。ウイルスの危険性とやらもそれほどではないらしい。だから肝心のウイルス対策を放り出して、呑気に党利党略の争いを再開したのさ」

 まるで中身を感じられないやり取りがテレビから流れる。彼等は一体何のために何をしているのだろうか。

「おそらくそれはこの島以外に住む日本人の本心でもある。彼等は自分達が守られる権利を主張し、少数派である島の人々の権利を奪うのはやむを得ないと考えている。そんな空気が広まっているから、政治家もそれに応じて動きを変えているんだ」

「ひどくない? それ」

「自分の身に降りかからない限り当事者意識を持つのは難しいものだ。自分の安全や利益を犠牲にしてまでこの島の人々を守ろうとしてくれる人はどうしたって少ない」

 こ、こいつは。

 あーそうですね。お話は間違っていませんよ。論理的で、話の内容は正しいのだろう。だけど少しは僕の心に配慮するとか、気遣うとか。そういう何かはないのか。怒りと共に僕は吐き捨てた。

「島の外の人達だって、安全な保証なんてないじゃんか。こんなことしている間に島中に病気が広まっちゃう。いつかそれが島の外に出るに決まってるよ」

 叔父さんは殴りたくなるほど晴れやかな笑顔で頷いた。

「良いところに気づいたね。その可能性は低くない。というよりも、既にそのプロセスが始まっていると見るべきだろう。ウイルスは人間の都合を待ってくれない」

 そう言って叔父さんは立ち上がった。

「まあ、嘆いても何も進まない。こっちはこっちで対策を考えるべきだろう」

「そんなこと言われてもさ。僕たちにできることなんて何にもないよ」

 叔父さんは、僕の言葉をきっぱりと否定した。

「打てる手に限りがあることと、何も出来ないことはイコールじゃないよ。今はとりあえず、猫の糞集めに協力して欲しいな。あれだって、この先大きな意味を持つかも知れないんだから」

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