第10話
その後の数日は瞬く間に過ぎた。テレビでは国会の中継が流れているが、質問をする側も受ける側も、僕たちが置かれている状況を本当に理解しているようには見えなかった。
いや、その言い方は少々上から目線過ぎるかも知れない。なぜなら僕たち自身、置かれている状況がどんなものなのかさっぱり分かっていなかったのだから。
前述のように島の人々はぴんぴんしているし、猫の様子にも変化は無い。本州とのやり取りが出来なければ仕事にならない人、そしてこの島に閉じ込められてしまった人はともかくとして、それ以外の人達にとって日常は変わっているようであり、同時に普段と全く変わっていないようでもあった。老人達は畑仕事に精を出し、うちの父もやむなく魚の世話に戻っている。ウイルスの話は中途半端にされたままだ。
叔父さんはネットを使った長い会議を終えたところだった。猫の糞の輸送について条件を決めていたという。
「貴重なサンプルだけど、同時に危険なバイオ物質でもあるからね。それなりの手続きが必要なのはしょうがない」
考えてみれば結構ヤバい代物ってことだよなあ。
「まさかとは思うけどさ、違法なことしてないよね」
「正規の手順だよ。国や県だってこの騒ぎを早く収めたいんだ。大学がウイルスの調査に協力を申し出た、という形にすれば無下にはされない。交渉の仕方は幾らでもある」
それよりボランティアの方はどうだい、と言われて僕は口ごもる。
「その・・・・・・やっと三人」
僕は同級生その他、島のネットワークを使ってボランティアの参加者を募集しているところだったが、正直なところ集まりは良くない。糞拾いなんて作業が楽しいワケはないので、仕方ないところだ。決して僕の交友関係が狭いからではないと思う。たぶん。
「上等だよ。最初は呼び水だからそれで十分だ」
「呼び水?」
どういうことかと聞いてみたところ、叔父さんは得々として計画を語り出した。
「明日、活動の動画を撮る予定なんだ。県庁からマスコミに公表して貰う」
マスコミは島の情報に飢えている。だから喜んで飛びつきそうなネタとして提供するのだという。
「ウイルスの拡大防止と島の美化運動を兼ねた高校生達のボランティア活動。好意的に報道してくれるに違いない。そうなれば参加者を増やすのは簡単さ」
「ボランティアって言うけどさ、実際にはただのアルバイトだよね、これ」
叔父さんは僕と同額の時給を全員に提示している。
「ボランティアに無償という意味は無いよ。それに私はこの島からなんの報酬も受け取っていない。猫の糞を回収する活動全体としては、無償のボランティアで間違っていない」
「だけどさ。聞く側はもっとこう、純粋なものをイメージするわけでしょ」
大学が研究のために糞を回収するのと、高校生がボランティアでそれを行う、という言葉の間には結構な差があるように思えるのだけど。
「聞き手が勝手にイメージを誤解することについて責任は持てないね」
うわぁ。そういうトコだぞ。僕は叔父さんへの不信を高めた。
「希望するなら君もテレビに出られるよ。全国ネットで配信されるだろう。顔が広まることについては、善し悪しがあるけどね」
どうしようかなあ。
「叔父さんは責任者として出るワケ? それこそ有名になれそうだけど」
「いや、私は出ない」
きっぱりとした否定。
「私は特定の政治家に個人的な繋がりがある。私が関わっていることがバレると、活動そのものに政治的な意図があると思われかねない」
「そうは言っても、叔父さんがやってることじゃん」
「役場に代表者を引き受けてくれる人を探して貰っている。ここから先は、大学とその人の間の協力関係という形になるだろう」
はあ。大人というものは色々面倒くさいのだなあと僕は思う。
「手順さえ決まれば私が直接行う必要も無い。他にやることも多くなるし、テレビに出られるぐらいで身代わりになってくれるなら安いものさ」
どちらかと言えば面倒ごとを他人に押しつけるような口調だった。
「さて、そろそろ次の会議だ。どうにかして獣医を派遣して貰いたいところなんだが、なかなか難しくてね」
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