楽しいサービスエリア
サービスエリアの広い駐車場で、
私と一緒に二列目シートに座っていたバッケちゃんも車を降りてきたので、バッケちゃんは暑いのも寒いのも平気らしいが、キッズサイズの首元に白いファーがついた薄桃色のウールコートを着せて、念のために手をつないでおく。
最近気がついたのだが、バッケちゃんは車が走ってきても避けようとしないのだ。殴ってぶっ飛ばせばいいとでも思っているのかもしれないが、車に乗っている人が死んでしまいかねないし、大変危なっかしいので車が通るような場所では放っておけない。初めて出会った時には
助手席に乗っていた杠葉さんに続き、普段はドジなのになぜか車の運転は上手なアンコちゃんが運転席から降りてきて、「どんなお店があるんでしょうねー」といつもと変わらない微笑み顔で私に話しかけてきた。
お屋敷を出発する前に起きた例の事件は、彼女の中で無かったことになったのだろうか? 当たり前だがアンコちゃんは私服に着替えており、今は可愛いお花の刺繍が入った紺色のファーコートを着ている。
杠葉さんが、数時間前には私が着ていたトンビコートの
「制服」
びくんっと、すぐ隣にいたアンコちゃんの肩が跳ね上がった。さすがに本当に無かったことにはできなかったようだ。
「ッ――はっ……ふぅっ……っう、ぃ……ぃい!」
今までに見たことのないような、追いつめられた表情でアンコちゃんが何か言おうとするが、まったく言葉になっていない。かわいそうだけど、反応がめちゃくちゃ面白いな……。
ただでさえ私に命を救われてしまっている上に、こんな弱みまで握られてしまって、アンコちゃんはもう私の奴隷ということでいいんじゃないかな? でも、
トイレに寄ってから、自動ドアを通ってサービスエリアの施設内に入ると、とりあえず
「わあ。おそば屋さんとうどん屋さん、あと丼物のお店もありますね~。ヤマコさんはどこで食べたいですか?」
「フードコートがいいです」
「えっ、フードコートですか?」
そんなバカなといった表情でアンコちゃんが聞き返してくる。
いや、だって、せっかくサービスエリアに来たんだし、フードコートで食べたいじゃないか。フードコードって色んな物を食べられるし、なんだか気分が
なんだ? まさか奴隷の分際で、主である私に文句があるのか?
「制――」
「あっあっ! いいですよね、フードコート!! 杠葉さん、たまにはフードコートで食べてみませんか? ねっ? ねっ!?」
魔法の言葉を囁こうとした私を遮って、本当は店員さんが食事を運んできてくれるタイプのお店に入りたかったのだろうアンコちゃんが凄い勢いでフードコートに行きたがる。
まったく、奴隷が主に逆らおうとするからこうなるんだぞ、身の程知らずめ。
なお、フードコートでの食事は人目につきやすいので杠葉さんはきっと苦手だと思うのだが、いつにないアンコちゃんの勢いに押されたのか、杠葉さんは困惑しつつも「俺はどこでも構わないが……」と言ってフードコートでの晩ご飯を了承した。
フードコートに入り、私はふんふふ~んと鼻歌をうたいながら、ずらりと並ぶ飲食店のメニューを眺めて歩く。
前回の遠征とは違って今回はアンコちゃんが一緒なので、バッケちゃんの面倒はアンコちゃんが見てくれるから楽ちんだ。
フードコート内のそば・うどん屋さん(フードコート外のお店はそば屋とうどん屋で分かれていたが、こっちは一緒だ。)の前に
「杠葉さんは何にするんですか?」
「人のことを気にしていないで、自分の分をさっさと注文してこい」
「別に教えてくれたっていいじゃないですか、このお店に決めてるんですよね? 前から思ってましたけど、杠葉さんはいちいち秘密主義すぎますよ。私みたいな美少女に話しかけられて緊張しちゃう気持ちはなんとなくわかりますけど、もっとコミュニケーションを取りましょうよ、コミュニケーションを」
「……山菜そばを頼むつもりだ」
「へー、なんかジジくさ――おっと、渋いですね。あ、そういえば私山菜よく採るんですよ。お好きなんでしたら今度持って行きましょうか?」
「俺は料理をしないから、そういうのは
しっしっと杠葉さんにジェスチャーで追い払われた私は、まずは定食屋で大盛りローストビーフ丼を注文する。そして、ローストビーフ丼ができるまでの待ち時間を利用して、ワクドナルドでてりやきワックバーガーのポテトセットを買った。
てりやきワックバーガーのバンズを外してポテトを載せて、定食屋の前に置いてあったマヨネーズのボトルを手に取り、ポテトの上にマヨネーズを思い切りかけてからバンズを戻す。すると、ちょうど注文していた大盛りロースト―ビーフ丼が完成したので、ローストビーフ丼の上にもマヨネーズを大量にかけた。
すでにみんなはフードコート内の四人掛けテーブルについており、食事を始めていた。
マヨネーズで真っ白になった大盛りローストビーフ丼と、マヨネーズとポテトがはみ出しまくったてりやきワックバーガーと、メロンソーダが載ったトレイを私がテーブルに置くと、杠葉さんとアンコちゃんがぎょっとした顔をする。
「え、二人ともどうしたんですか?」
「う……ヤマコさんのそれ真っ白ですけど、もしかしてマヨネーズですか?」
「はい、そうですよ。ボトルで置いてあったんで、いっぱいかけちゃいました」
機嫌よく答えた私だったが、アンコちゃんが返事をしてくれない。どうしたんだろうと思い様子をうかがってみると、アンコちゃんも杠葉さんも私のマヨローストビーフ丼を見て物凄い顔をしている。
「え、そんなに引きます? 大げさですって、今時の若い子はみんなこんな感じですよ!」
「……ヤマコは普段妖怪らしい振舞いをあまりしないが、
「ええ!? 全然異常じゃありませんよ! 杠葉さんたちの育ちが良すぎるだけですって、多分! きっと凄くおいしいですからね、これ!」
「そもそも、何が起こるかもわからない山奥の廃墟に向かっている状況で、まともなやつはそんなに沢山食べはしない」
「――んまっ!? んまいです! やっぱりマヨネーズがいいアクセントになってます、完璧な味です! っん……!? てりやきワックバーガーも化けましたねっ、一段階上の味になっていますよ、これは! ポテトを大量に挟んで、マヨネーズを追加したことでとにかく油分が増してジューシィです! はあぁ……♡」
おいしすぎて魂が飛び出してしまいそうだ。脳内物質が大量に分泌されているのがなんとなくわかるぞ、幸せに包まれている。
我慢できずについ食べ始めてしまったが、そういえば杠葉さんが何か喋っていたような気がするな。ちゃんと聞いていなかったけど、どうせ小難しい話か意地悪な皮肉だろうしまあいいか。
おや? さっきまで目を輝かせてお子様ランチみたいなのをパクついていたバッケちゃんが、いつの間にかてりやきワックバーガー春子スペシャルをじっと見ているぞ。
もしかして食べたいのかな?
「はいバッケ先輩、アーン」
「あー」
バッケちゃんの、先の尖った小っちゃな歯が綺麗に並んだお口が大きく開かれる。
そこにポテトとマヨネーズがはみ出しまくったてりやきワックバーガーをもふっと押し込んでやると、ぱくんっと噛み千切られた。
その瞬間、バッケちゃんの真っ赤なおめめがキラキラに輝く。
「あ、やっぱり気に入っちゃいました? ですよね、最強のてりやきワックバーガーですし当然です。じゃあ、私はお姉さんなのでこの最強のてりやきワックバーガーはバッケ先輩にお譲りしますよ。見たところバッケ先輩のお子様ランチには油分が足りていませんし、この私特製の最強のてりやきワックバーガーと一緒に食べたらそっちもおいしくなると思いますよ」
「ん!」
バッケ先輩がほんの少し嬉しそうな雰囲気で、いつもよりも力強く頷いた。
しかし、アンコちゃんと杠葉さんが凄く嫌そうな顔をしてこっちを見ているが、いったいなんだろうな?
晩ご飯を終えてフードコートを出て、駐車場でフランクフルトをかじっていると、アンコちゃんが近づいてきて「
私はバッケちゃんに悪いことを教えたことなんてないし何か誤解があるような気がしたが、大量にかけたケチャップをできるだけこぼさないようにフランクフルトを食べるのに忙しかったので何も言えなかった。
再び車に乗り込み、アンコちゃんの運転に身を任せる。
サービスエリアのスターバッカスで買ったバニラクリームフラペッチノをバッケちゃんとシェアして飲みながら、車載テレビで私の好きな女児向けアニメを鑑賞する。
主人公の少女が『みんなも一緒にハジケちゃお☆ えいっ、恋のポップコーンパーティ!』と必殺技を放つたびに、バッケちゃんの手足を動かして同じポーズを取らせて遊ぶ。バッケちゃんは小っちゃいしかわいいので、アニメで魔法少女が取るようなポーズがとても映える。インスタグラフに載せたいくらいにかわいいぞ。
アニメを二話見終わったところで飲み物がなくなったので、最近スイちゃんが気に入っている『超濃い北海道メロン
「んま。0カロリーなのにどうしてこんなに甘いんでしょうか、魔法ですかね?」
だから、さっきサービスエリアのコンビニで買ったビーフジャーキーとスッペームーチョも開けよう。甘いドリンクと塩辛いおつまみはマリアージュするからな。マリアージュって動詞なのかな? なんだか使い方を間違っているような気がしなくもないが、まあいいか。
がじがじとビーフジャーキーをかじっていると、ドリンクだけでは
もう一つ買っておいたウーピーパイの袋も破いてサイドにパスすると、「ん!」と受け取ったバッケちゃんがパクパクと食べ始めた。ウーピーパイはバッケちゃんも大好きなのだ。
ルームミラー越しに、困ったような顔をしたアンコちゃんと目が合う。
「ヤマコさん、あの……今日はなんだか、異様に食べる量が多くありませんか?」
ふむ、気づかれてしまったようだな。
そもそもジャンクな食べ物が好きな私ではあるが、確かに普段はもうちょっとセーブしている。花盛りの女子高生なのだし、せっかく美少女に生まれたのだから私だって太りたくはないのだ。
ただ、こうして、ヤバそうな現場に向かっている時なんかは別である。
単純な話なのだが、なんというか、これからまた怖い目に遭うんだろうなって思うと
自分でもよくわからないが、ヤなことと楽しいことのバランスを取りたくなるのかもしれないな。
このまま家に帰りたいなあと、しんみりと思った。
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