消えたホラー作家
金曜日の午後、いつものように私が
身バレを防ぐためにブリキのバケツを頭に被り、制服の上から杠葉さんの黒いトンビコートを着て、私も一緒に話を聞こうと
座布団に座っていた三十代半ばほどのスーツ姿の男が、私を見るなりぎょっとした顔をして固まった。
杠葉さんがよそ向きの嘘くさい笑顔で言う。
「ああ、どうかこれのことはお気になさらないでください。邪悪なあやかしではありますが、私の式神です」
「あ、ああ……いや、あまりにもおかしな恰好だったので、つい……これが式神ですか、初めて見ました」
「それはどうでしょうね。式神もあやかしも意外とその辺に居たりもしますし、人間のように振る舞っている者もいますから、本当はこれが初めてではないのかもしれませんよ」
「はあ、そうなんですか……だとしたら、やっぱり、
お客さんの口から出てきた名前に、思わず私は反応してしまう。
「東根先生って、ホラーミステリ作家の東根
「えっ、あ、はい。そうですが、えっと、妖怪の方なのにご存じなんですか?」
「ファンです! 私ホラーってあまり得意じゃないんですけど、先生の作品はミステリとしてもとても面白くて、先が気になっちゃって怖いのにどんどんページを
私が東根先生の作品の良さを語り始めた途端に、お客さんが泣き出してしまった。
見ず知らずの大人の男が泣いてる姿って、なんか怖いな。
「うっ、うぅ……! 邪悪な妖怪が、先生の作品のファンだなんて……きっと、先生が知ったら凄く喜ぶと思います……っくぅ」
「えっ、えっ? な、なんで泣いてるんですか?」
「ぐすっ、私は
「ゆ、行方不明ですか!?」
つまり、もしもこのまま東根先生が見つからなかった場合、もう二度と先生の新作を読むことができなくなってしまうということか? それは困るぞ。
「ええ……冷光先生には粗方お話ししたのですが、新作小説の構想を練っていた東根先生が『お
飯尾の話(感情が不安定になっているせいか、取り留めもなく、凄く長かった。)を要約すると、次のようになる。
四日前の月曜日、飯尾は東根先生に半ば強引に誘われて、お札の家と呼ばれる
屋内にはお札の家が廃屋と化す前に暮らしていた家族の生活の痕跡が、数多く残されていた。お札の家と呼ばれているだけあってお札が沢山貼られていたが、飯尾にとっては幸いなことに異常な出来事は何も起こらず、カメラで撮影しながら廃屋の中を一通り見て回ると二人は外に出た。
周辺には他に家もない寂しい場所だったが、お札の家には高い
蔵を囲む塀の高さは二メートルほどもあり、首と腰に持病がある東根先生が乗り越えるには少々無理があったため、仕方なく一つ目の蔵への侵入を諦めた二人は二つ目の蔵を見に行くことにした。
二つ目の蔵を囲む塀は塞がれておらず、入り口の鍵も開いていて難なく中に入ることができた。お札の家とは異なり、蔵の一階は片付いていて、特におかしな物も見当たらない。しかし、二階に上がった瞬間、飯尾は恐怖のあまり呼吸ができなくなった。二階にはお札の家で亡くなった家族の人数と同じ数の、四つの
何はともあれ、東根先生が落ち着いたので、後はまた明日の朝にでも見に来ようという話になった。早く外に出たくて仕方がなかった飯尾は、東根先生よりも先に階段を下りる。飯尾の後に続いて、東根先生も階段を下りてきたのは確からしい。音も気配もしていたし、東根先生の持つ懐中電灯の灯りもちゃんと飯尾の後についてきていたという。
先に飯尾が外に出ると、蔵の中から東根先生の「こっちにも階段があるな」と言う声が聞こえてきた。しかし、その後は階段を上がるような音もしなければ、声もしない。外からいくら呼び掛けても返事がなく、いつまで経っても東根先生が出てこないのでさすがに変に思い、飯尾は様子を見に蔵の中に戻った。恐怖に抗い二階の棺の中までも見て回ったが、しかし、蔵のどこにも東根先生の姿がない。もっと言えば、一階にも二階にも他の階段なんて存在しなかった。電話をかけたり、名前を呼びながら散々探し回り、念のためにお札の家にも戻ってみたがやはりどこにも東根先生はおらず、そうこうしているうちに朝になってしまった。
これは本当におかしいと思った飯尾はその場で警察に通報したが、警察官四人が軽く周辺を一緒に捜索してくれたものの結局東根先生は見つからず、大人が失踪したというだけの話では事件性も薄いからかあまり相手にもしてもらえなかった。
それで、飯尾は同じ出版社に勤務する上司のツテを頼り、こうして杠葉さんに東根先生の捜索を依頼しにやって来たとのことだ。
「ちなみにですが、行方不明になられた作家の東根さんは、そのお札の家や蔵について事前に何か仰っていましたか? 飯尾さんは、『お札の家で亡くなった家族の人数と同じ数の、四つの棺のような木箱が並べられていた』とお話しされていましたが」
杠葉さんがそう
「まず、昭和の半ば頃の話らしいんですが、お札の家に住んでいた一家が心中しています。このことについては東根先生が確かめていまして、どうやら事実だったようです。それで、その内容というのが、心中事件にしてもちょっと異常でして……当時16歳だった長女が深夜に寝ている両親と弟を殺害したあと、薪割り用の斧で三人の頭を割って、最後に自身の頭を何度も床に強く打ちつけて自殺したとかで」
なるほど、わけがわからないな。だけどまあ、東根先生が興味を持ちそうな話ではあるのかもしれない。
「事件の前から長女の様子がおかしかったらしく、両親は長女をそういった病院にも通わせていたんですが、担当医に長女は『頭の中に何があるのかわからない。怖い。外に出したい』などとしきりに訴えていたようで、このことから警察は長女には強烈な殺人衝動があったのだろうと判断したみたいです。しかし、『頭の中に何があるのかわからない』ではなく、本当は『頭の中に何が居るのかわからない』と言っていたという話もあって、今でもオカルト愛好者が集まるインターネット掲示板なんかでは時折話題になるようです」
「ふむ。大量に貼られていたというお札の由来は、どのように伝わっているのでしょうか?」
「確認が取れていない話なんで真実かどうかはわからないんですけど、一家心中事件が起こった後にお札の家を相続した親族が家族と一緒に住み始めて、怪奇現象に悩まされて家中にお札を貼るも、ある日突然全員が失踪してそのまま行方がわからなくなっているとインターネット上では言われています」
それから料金の話などもして、最後に「東根先生を見つけてください、どうかよろしくお願いします」と杠葉さんに言って飯尾は帰っていった。
居間に私と二人きりになると、いつもの偉そうな口調で杠葉さんが言う。
「一家心中が起こった家を引き継いで、家族と一緒に自ら住み始めるというのは不自然だ」
「そうですかね? 気にする人もいるでしょうけど、家自体が綺麗だったら私ならそんなに気にしないかもしれません。いえもちろん、ほんとにオバケが出たりしたら別ですし、見るからになんか嫌な感じのする建物とかでしたら住まないと思いますけど」
「一家心中ともなると、老人が病気や事故で死んだのとは受け取る印象がだいぶ違う。たとえ相続はしたとしても、大半の人間は自分で住もうとはしないだろう。証拠はないが、実際には怪奇現象が先にあり、家中にお札を貼った後に一家心中が起こったのではないかと思う」
ふむ。なるほどな、確かにそっちの可能性の方がありそうだ。さすが杠葉さんだ、私に負けず劣らず頭がいいな。
「ちょうど明日は土曜日だったな」
「ですね。じゃあ、明日現地に向かう感じですか?」
「いや、東根が行方不明になったのは四日も前だ。現地まで距離があるし、すぐにでも出発した方がいいだろう」
「ええ~……」
「どうした? 東根の小説が好きなんじゃないのか?」
「確かに先生の書く小説は好きですけど、お札まみれの廃屋と棺が並ぶ蔵とか凄い嫌じゃないですか。行きたくないですよ」
「そうか。妖怪の言う好きなんて、所詮そんなものだろうな。だが、ヤマコは俺の式神で、俺は飯尾の依頼を受けた。早く準備をしろ」
「はーい……」
杠葉さんのトンビコートをその場で脱いで返す。しかし、杠葉さんはまったく嬉しそうな顔をしない。私という美少女の体温であたたまったコートを着ることができるのだから、多分嬉しいはずだと思うのだが、もしかして杠葉さんは男の人が好きなのだろうか? ありえるかもしれないな。
そんなことを考えながら私はアンコちゃんの私室に行って、バケツと制服も脱いで、押し入れに入っていた黒いスウェットを借りて着る。私が普段家で着ているのも黒いスウェットだが、これはもっとシュッとしたデザインで、上着にもポケットがついていたりするオシャレなやつだ。もうすぐ五月になるがまだ山は薄ら寒いし、これから夜になるのでモンクレーンの白いニット帽も借りて頭に被り、同じくモンクレーンの白いダウンコートを上に着る。
アンコちゃん、あんなにドジなのに高いブランドの服を結構持ってるんだよな。杠葉さんの弟子ってお給料いいのかな?
廊下に出ると、どうやら今回は
用を足していると、そういえば脱いだ制服をハンガーにかけ忘れていたことを思い出した。
しわしわの制服を着て登校するのは嫌だったので、トイレを出るなり急いでアンコちゃんの部屋へ向かい、襖を開ける。
すると、私の制服を着たアンコちゃん(31歳)が鏡に向かってアイドルみたいなポーズを取っていた。
「んえ?」
目の前の光景をすぐには受け入れることができず、私は間抜けな声を漏らした。
すると、アンコちゃんが物凄い速さでこちらを振り返って、物凄い悲鳴を上げる。
「きゃっ、きゃあああぁぁぁあああっ!!!???」
アンコちゃんの物凄い悲鳴に驚いた冷光家の住人たちが、何事かと集まってくる。
鼓膜がおかしくなっているのかよく聞こえないが、ハッチーが多分「どうしたのじゃ!?」的なことを言って開いたままの襖から室内を覗くと、アンコちゃんが再び音波攻撃を放ったらしく、人間よりも耳が良いハッチーが目を回して倒れた。
それを見て、はっと我に返った私は急いで襖を閉める。
廊下の少し離れたところに立っていた杠葉さんが、説明を求めるような視線を向けてくる。しかし、アンコちゃんには服を借りたり、ご飯やおやつを食べさせてもらったりとお世話になっている私は何も言えなかった。
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