オリエンテーリング
友達が一人もできないまま、今日という日を――オリエンテーリングの日を迎えてしまった。
そもそも、私はオリエンテーリングをバスに乗って遊園地とかに遊びに行くようなイベントだと勘違いしていたのだが、どうやら中学の時にあったオリエンテーションだかレクリエーションだかとは全然異なるものみたいだ。
先生の説明を聞いた感じだと、コンパスと地図を持って
ただでさえハッチーと山越えをした日から足腰に激しい筋肉痛が続いている上に、今朝からなんだかお腹の調子も悪いというのに、こんなコンディションでろくに話したこともない人たちと一緒に最大3時間も探検せねばならないのか。
「山田氏ー! こっちでござるよー!」
明るい声に名前を呼ばれて、振り返る。
ブロンドの髪をポニーテールに結わえた青い目の小柄な子が、笑顔でこっちに向かって大きく手を振っていた。
その隣に、結んだ黒髪をバレッタか何かで留めてアップにした、さらに小柄な子が腕を組んで立っており、きつい目つきで私を睨んでいる。ジャージのサイズが合っておらずぶかぶかだが、体が小さすぎて合うサイズがなかったのだろうか。
とりあえず、はっきりと山田と言っていたし、呼ばれているみたいなので彼女たちのもとへと歩いていく。
「山田氏はそれがしたちと一緒の班でござるよ、よろしくでござる!」
「お前、クラスメートの名前まったく把握してないんだろ。こいつが呼ぶまでいつまでたっても来やしないんだからさ」
ふむ。
ござる口調というか昔のオタクみたいな喋り方の、見た目は外国人な美少女と、八重歯が特徴的で目つきの悪い、見た目は女児なヤンキー美少女か。
どうやらこの二人が私のパーティメンバーらしいが、悪くないな。だって二人とも可愛いし。
「山田氏は高校からの編入生な上に通学生でござるから、まだ四月でござるしみんなの名前がわからないのは無理のない話でござるよ。気にすることはないでござる」
「あー、なるほど。どうも見かけないなと思ってたけど、お前通学生なのか。いいなー、羨ましいぜ。ボードゲームは中学の三年間で飽きたよ、あたしもテレビゲームがしたい」
んん……? なんか、通学生が珍しいものであるかのような言い方だな。
そういえば、私の
うーむ、みんなが中学から一緒だった中で私は高校からの編入生なので、そこは大きいだろうなと思っていたけど、寄宿舎に関してはあまり考えていなかったな。
ちょっと聞いてみよう。
「えっと、あの、通学生ってあんまりいないんですか?」
「この立地だぞ、ほとんどは寄宿生だよ。ほんと、刑務所みたいなもんだ。スマホは持ち込めないし、外に出るのにも許可が必要で、よほどの理由がなきゃその許可だって下りない。脱走しようったってマジで山の上だからな、まさに陸の孤島だよ」
そんなことを言いながら、ヤンキーちゃんがつつっと近寄ってきて、声を潜めて耳打ちしてくる。
「なあなあ、囚人みたいな自由のない生活を送るかわいそうなあたしに、なんかお菓子とか持ってきてこっそり差し入れてくれよ。夏休みになったらお礼するからさ」
「あ。山田氏、耳を貸してはならないでござるよ! 妖怪
慌てた様子でそれがしちゃんがヤンキーちゃんを抱き上げて、私から引きはがす。
実際に口が二つあるようには見えないので、妖怪二口女というのはただのあだ名だと思うけど、由来としては何でも二口で食べてしまうとかそんな感じだろうか? ランドセルを背負っていても違和感がなさそうな小柄な体型なのに凄いな。
ちえっと口に出して言ってから、ヤンキーちゃんが提案する。
「とりあえずじゃあ、出発前に自己紹介しとくか。あたしは
「それがしは
「あ、私は山田春子っていいます。よろしくお願いします」
えっと、ヤンキーちゃんがもなかちゃんで、それがしちゃんがねるこちゃんか。正直、ヤンキーちゃんとそれがしちゃんの方が覚えやすいな。
「それじゃあ自己紹介も済んだことだし、出発すっか。誰か地図見るの得意な人いる?」
「えっと、私は無理です」
「それがしも多分、迷子になるでござるよ」
「マジか。あたしも自信ないんだけど、まあいいや。迷子になってもあたしを責めるなよ」
「はーいでござるー」
そんなこんなで、かなり緩い雰囲気で探検を開始した我々だったが、10分も経った頃には「実はこのイベントって結構きついんじゃないか?」と感じるようになっていた。
そもそも、この学院のある
そのせいで、斜度はそれほどきつくない緩やかな上り坂なんかも、歩いているとかなり疲れる。
「や、やばたにえんでござる……」
「おい、過去に流行してた言葉を使うのはよせ。
「恥ずかしくてもいいから、ギブアップしたいでござる……」
「確かに思ったよりもきついけど、まだ始まったばっかりじゃんか。なあ、山田? ……あれ、山田?」
「ぜえ、はあ、ぜえ……あの、私も、もう無理です……あとは任せますから、置いていってください」
「え、嘘だろ? 三人のうち二人が脱落したら、この班あたし一人じゃん。山の中で一人ぼっちとかあたしも無理なんだけど」
「それがしが思うに、ここでしばらく休憩を取るべきでござる。休憩に賛成の人、はーいでござるー」
「わた、私も賛成です……」
「えー、まあ別に一着でゴールしたいってわけでもないし、いいけどさ」
そんなこんなで、開始早々にして休憩を取ることになったが、お尻を汚さずに座れそうな場所がどこにも見当たらない。飲み水が入っていて重たいので、せめてリュックサックだけでも下ろしたかったが、それさえも難しそうだ。
仕方がないので、しばらくの間ただ立ち止まったまま、呼吸を整える。
近くに生えている木の根元を見つめながら、もなかちゃんがぼそっと言う。
「このキノコ、食えんのかな?」
「こんな赤い色をしたキノコ、少なくともそれがしは食べたことがないでござるよ」
「そうだよな。あーあ、お腹空いたな……あたしは体力的にはまだ大丈夫だけど、胃袋が悲鳴を上げてるぜ」
「もなか氏は本当に燃費が悪いでござるなー」
実は私のジャージのポケットにポキットカットと飴玉がちょうど二つずつ入っているのだが、どうしようかな。
お腹が空いたときにこっそり食べようと思って持ってきたんだけど、でも寄宿生の人たちはどうやらお菓子に相当飢えているようだし、あげちゃった方がいいかもしれない。私一人でこっそり食べているところを見られでもしたら逆恨みされそうだ。
「あの、これあげます。ちょうど二人分ありますし」
「そ、それは――ポキットカット!? あ、飴まであるぞ! 幻覚じゃないよな!?」
「わ、わわわわわ! ほ、本物? 本物でござるか!?」
「は、早く食べるんだ! 誰かに見られたら事だぞ!?」
「はっ!? そうでござった、見つかったら大変なことになるでござる! で、でもほんとに頂いてもよろしいのでござろうか……?」
「バカ、ためらうな! 早く食うんだ! こんな機会、もう二度とないかもしんねーぞ! モグムシャアッ!」
「そ、そうでござるな! それがしもいただくでござる! アムハムムッ!」
二人はポキットカットを一口で食べて、すぐに飴玉を口に入れる。
中学生の頃からこの学院で寄宿生をしている二人の実家は多分かなりのお金持ちだと思うのだが、長年に渡りお菓子も好きに食べることのできない日々を送っているとこうも飢えてしまうのだな。やばたにえんとしか言いようがないぞ。
「ふう……これであたしたちは、ここを釈放されるまで山田の奴隷だな。薬物を手に入れるためなら手段を選ばない薬物中毒者のように、あたしもお菓子を手に入れるためなら何だってするぜ」
「刑期はあと、約3年でござるな」
「えっと、あの、なんだか大げさすぎませんか? なんでもって……」
「おいおい、甘いものを舐めちゃいけないぜ。神武天皇は武力を用いずに天下を治めようとして水飴を作ったんだぞ、たしか日本書紀にそんなようなことが書いてあった」
「え、見た目メスガ――げほっ、げほ……ヤンキーなのに、そんな難しそうな本を読んでるんですか?」
「なんだお前、いきなりめちゃくちゃ失礼なこと言うな。お菓子をくれたから許してやるけどさ」
「あっ、えと、そんなことないです、そんなつもりじゃなかったんです」
「いや、まあいいよ。実際のところ、日本の歴史に興味があるわけでもなけりゃ、難しい本が読みたかったわけでもないしな。単純な話で、囚人には娯楽がないんだよ。小っちゃいテレビが1台だけ各学年ごとのプレイルームに置かれてるけど、自分たちの部屋にはないし、一人で暇を潰そうとしたら図書室の本を読むくらいしかないんだが、図書室の蔵書がひどい有り様でな。漫画はおろか、日本語で書かれた娯楽小説なんて一冊も置いてない。洋書なら娯楽小説も少しはあるみたいだけど、英語で読むのも面倒くさいしで、結果として興味のない本ばかりを読んでるってわけだ」
「うわあ……」
寄宿舎での生活って、想像していた以上に大変なんだな。友達は欲しいが、それでも寄宿舎に入らなくて本当によかったと思う。
「さて、さすがにそろそろ行くか。ゴールできないどころか最初のポストも見つけられませんでしたとなったら、サボったと
「実際、お菓子を貰ってこっそり食べたりと、それがしたち非行少女でござるよ。でも、飴玉おいしいでござる……」
再び、のそのそと歩き始める。
二人は何も言わないでも、ひどい筋肉痛で思うように足が動かない私の歩調に合わせてくれる。
「それがしの両親は外国人なのでござるが、山田氏はハーフとかなのでござるか? 目が凄く鮮やかな緑色でござるが」
不意にねるこちゃんからそのような質問を投げかけられて、言葉に詰まる。
何せ、妖怪がどうのこうのだの、私の中に邪神のような美少女が巣食っていてだのと、正直に説明したら電波女だと思われてしまいそうだ。
「あ、でも、それがしは日本生まれの日本育ちでござるよ。外人なのは見た目だけで、剣道一筋でござる」
「いや、お前はなんつーか、その謎のござる口調とか、剣道に入れ込んでるところとかが逆に外人っぽいんだよ」
「えー、それがしは日本人でござるよー。サムライでござる、サムライ」
歩きながら、ねるこちゃんがブンブンと竹刀を振るような動作をする。
先頭を行くもなかちゃんが振り返って、なかなか質問に答えられないでいる私を見て心配そうな顔で言う。
「ん、大丈夫か山田? ねるこはこういうやつだから、答えづらいことだったら無理して言わなくていいぞ」
うーむ、優しいもなかちゃんに心配をかけたくはないが、しかし、電波女だと思われるのも困る。
仕方がない。嘘をつくことになるが、ここは誤魔化すしかないな。
「えーと……突然変異なんです。両親は日本人で、目の色も普通なので」
「もしかしたら、実はお父さんが違うのではござらんか?」
「えっ、何お前さらっとヤバいこと言ってんの!? おま、お前そういうところだぞ! マジで、そういうところだからな!? 何もわかってないだろお前!?」
「え? またそれがし、言っちゃいけないことを言ってしまったのでござるか? でも、可能性としては十分にあるでござろう?」
「こわっ! 怖いわ! なんもわかってないのが怖すぎるわ! ああもう、やだ。なんであたしの周りってこんなやつばっかりなんだ? えっと、ごめんな、山田。できればあんまり、その、気を悪くしないでくれ。こいつ悪気があるわけじゃないんだけど、結構こういうことがあって……なんていうか、ズレてるんだ」
「えっと、はい、ぜんぜん気にしてないですよ。あの、今何か、そんな変なこと言ってましたか? 私もよくわからなかったんですけど……」
実際には違うわけだが、ねるこちゃんからすれば実は私の本当の父親が外国人だったという説は可能性として十分にありえる話である。別におかしなことは言っていないと思うのだが。
もなかちゃんがぞっとしたような表情をして、じっと私の目を見て言う。
「え……? まさか、山田もわかんないのか? え、マジか……私の周り、わかんないやつばっかじゃん」
「ほらー、やっぱりそれがし、おかしなことなんて言ってなかったでござるよ。もー、やーでござるよー、それがし焦ったでござる」
「もういーよ、そしたらあたしも、もうなんも気にしないから。もうお前らみたいなのには振り回されないからな、ふんだ」
なんか急に拗ねたぞ、この人。よくわからないけど、ちょっと神経質なのかもしれないな。
とにかく、もなかちゃんが拗ねたせいで会話が途絶えてしまい、しばらくの間黙々と森の中を歩いていく。
すると、白いポールに支えられた看板のようなものが目の前に現れて、地図とコンパスを持って先頭を歩いていたもなかちゃんが足を止めた。
「……お、これだな、ポスト」
「おー、ようやく一つ目でござるな」
「お前らのせいだぞ、体力つけろ体力」
ふむ、これがポストなのか。郵便ポストのようなものをイメージしていたのだが、全然違ったな。アルファベットのAの一字が割り当てられた看板に、『首にかけることのできる一般的なロザリオの珠はいくつ?』という問題文が書かれている。
「えーと、12珠が5回分でござるから……」
「プラス、先端の十字架との間に5珠あるから、全部で65個だな。多分、ここから65度の方向に行けば次のポストがあるんだろ。よし、行くぞ」
コンパスを片手に、再び先頭に立って歩き始めたもなかちゃん。その後ろに、ねるこちゃんと私も続く。
「ミッションスクール歴が長いだけあって、二人ともさすがですね。私なんてまったくわからなかったです」
そう私が褒めると、あまり嬉しくなさそうな顔でもなかちゃんが言う。
「あたしら囚人は毎日のようにロザリオを握らされてお祈りさせられてるからな。三年間『早く釈放されたいです』ってお祈りしてるけど、未だに願いは叶わない」
「ええと、よっぽど嫌なんですね、寄宿舎での生活……」
「もちろん、何もかもが嫌ってわけじゃない。風呂はバカでかいし、人が大勢いるから寂しくはないしな。だけどやっぱり、あまりに自由がなさすぎるんだよ。一日のスケジュールを管理されるくらいならともかくとして、今の時代にスマホもゲームも漫画も持ち込み禁止って狂ってるぜ。それに自分の意思で引きこもってるのならともかく、あたしらは閉じ込められてるんだぞ?」
「なんか、そう聞くとほんとに刑務所みたいですね」
「だろ? せめて糖分が欲しいよ。毎日おやつの時間になんか甘いもんを一個だけ貰えるけど、たったそれだけなんだぜ。それもだいたいは市販のアイス一個とかだぞ、ここにいる期間はずっとそうなんだからな?」
本当に不自由しているんだな。なんだか、聞いているだけで辛くなってしまうぞ。同じ学校の生徒である私は、毎日好き放題に甘いものを食べているというのに。
「でも、一月に一度でござるが当たりの日があって、ハーゲンダックが出ることがあるのでござる。寄宿生の多くが毎月の献立表を見ながら、その日を楽しみにしているのでござるよ」
「ああ。ハーゲンダックが出なくなったらいよいよ暴動が起こるだろうな」
かわいそうにな、私は毎日のように食べてるぞ、ハーゲンダック。なんだか哀れな実状を知ってしまったせいで、今後は寄宿生を相手に優越感を抱いてしまいそうだ。
ねるこちゃんが前方を指さして、弾んだ声で言う。
「次のポストでござる!」
しかし、近づいてみると、先ほどと同じくアルファベットのAの一字が割り当てられた看板に、『首にかけることのできる一般的なロザリオの珠はいくつ?』という問題文が書かれていた。
三人でポストを囲んで、首をひねる。
「んん? どういうことだ? 間違えて同じプレートを二枚作って設置した、なんてわけはないよな?」
「それよりかは、もなか氏がコンパスの見方を間違っていて元の場所に戻ってきてしまったという可能性の方が高いのではござらんか?」
「バカ言うなよ、コンパスくらいちゃんと使えるぞ」
「ほんとでござるかー?」
「おいこら、ムカつく言い方しやがって。でも、実際に最初のポストにはちゃんと辿りついただろ? ほんとに、コンパスを見間違ったなんてことはないと思うぞ」
「となると、これはいったい、どういうことでござろうか?」
意外と頭がいいらしいもなかちゃんも、ひらめきが必要になる問題には弱いようだな。私は一つの可能性に気づいてしまったぞ。
「あのですね、思ったんですけど、誰も間違っていなくて、これはこういう問題なんじゃないでしょうか?」
「なに? ふむ……つまり、学校側が意図的に一か所目のポストと全く同じポストを二か所目にも設置していて、それ自体が一つのなぞなぞみたいになっているってことか?」
理解が速いな。女児でヤンキーなのにやっぱり頭がいいんだな、もなかちゃん。
「そうです、そういうことです。私は賢いのですぐにわかりましたが、ほかの班の人たちは苦戦しているかもしれませんね。なぜならばバイザウェイ、ほかの班には私がいないので」
「山田が賢いのかはともかくとして、ほかの班のやつらの姿は見当たらないな。さすがに学校側もそんな生徒を混乱させるような問題を山ん中に用意しないだろうとは思うけど、仮にこれがお前の言うような問題だったとすると、解き方がまったくわかんないぞ。あと、なぜならはビコーズだ」
「ちなみにバイダウェイはところてんでござるな」
「あれ? 私、バイザウェイなんて言ってませんよ、ちゃんとビコーズって言ったはずです」
「二人して嘘つくな。んで、お前らはこの状況どうしたらいいと思う? なんも意見が出なければ、とりあえずこのポストになんか目印をつけてわかるようにして、もう一度65度の方向に進んでみようと思ってるけど」
「それがしはそれでいいと思うでござるよ」
「私もお任せします」
「んじゃ、ポールの周りに適当に枝でも立てて、出発しよう。念のために、今度は二人も自分のコンパスをよく見ておけよ」
みんなで枝を拾ってきてポストのポールを囲むように地面に突き立てて、そうしてまた、もなかちゃんを先頭にして歩き出す。
もなかちゃんに言われた通り、今度は私も自分のコンパスを見ながら歩く。
「……やっぱり、どう考えてもおかしいぞ。同じ問題が書かれたポストが複数個所に存在しているとなると、さすがにややこしすぎる。この学校の生徒向けの内容じゃない」
「学年首席のもなか氏が言うと説得力があるでござるな」
「えっ、首席だったんですか!? やっぱり頭よかったんですね、そんな見た目なのに」
「山田はあたしのこと、持ち上げてる振りしてディスってるだろ?」
「へ? いやいや、そんなことないですって! 誤解です、誤解!」
そんなことを話しながら歩いていると、またもやポストが見えてくる。
アルファベットのAの一字が割り当てられた、『首にかけることのできる一般的なロザリオの珠はいくつ?』という問題文が記された、見慣れたポストだ。
まさか、と言うべきか。
やはり、と言うべきか。
その足元には数本の枝が突き立てられていた。
「……なあ? あたしら、ずっと65度の方向に進んでたよな?」
「間違いないでござるよ、多少のブレはあったとしても、ほぼまっすぐ進んでいたはずでござる」
突然、もなかちゃんが「おえっ」とゲロを吐いた。
ねるこちゃんが慌てた様子で駆け寄り、もなかちゃんの背中をさする。
「あわわ、だ、大丈夫でござるか!? 山田氏は知らないでござろうが、もなか氏は怖いのとか不気味なのがすごく苦手で、ストレスにも弱いのでござる……ちょっとこれはヤバい感じでござるよ!」
「うぐ……ごめん、あたし、もう無理かも……でも、怖いから、置いてかないで」
「実はもなか氏が寄宿舎を嫌がる理由の一つは、古めかしくてやたらに広くて、オバケが出そうな雰囲気だからという理由も大きいのでござる! あと複数人部屋の都合上、寝るときには電気を消して真っ暗にしなければならないのでござるが、それも怖いようで……」
「そんな話、してないで……ホイッスル、吹いて」
「あっ、ホイッスル! ホイッスルでござる! 山田氏、ホイッスルを吹いてほしいのでござる!」
「あ、はい!」
首にさげていた銀色に輝く小さな笛を持ち上げて、口にくわえて息を吹き込む。
ピイイイイイイイイッと、ヤカンが沸騰したような甲高い音が森の中に響いた。
「マジ……意味が、わかんない……なんで、同じ方向に進んでるのに、戻ってくんの……地球、一周してんの……? お、おえ……うえっ……!」
「ああっ、もなか氏、ダメでござるよ! 考えちゃダメでござる! どんどん怖くなってしまうでござるよ!」
なるほど、もなかちゃんはそういう恐怖と戦っていたのか。
全然気がつかなかったが、言われてみれば確かにそうだ。ずっと同じ方向に進んでいるのだから、地球を一周でもしない限り元の場所に戻ってくるわけがない。
本当に少しずつコンパスが狂っていって、知らず知らずのうちに針が半周してしまっており、いつの間にか逆走していたという可能性もなさそうだ。仮に気づかないくらい少しずつ針がズレていっていたとしても、この程度の距離を歩いたくらいで180度もズレることなんてないはずだ。そこまで大きなズレであればさすがに誰か気がつくだろう。
ふむ。
となると、だ。
もしかしなくとも、これは妖怪案件かもしれないな。
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