邪悪な大妖怪ヤマコ(※杠葉視点)

「ブモオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」


 太陽の下、人のように二本の脚で聳え立つ、体長が五メートルほどもある黒毛の牛が悲鳴を上げる。

 そして、高い壁のような巨体がゆっくりと仰向けに倒れていき、轟音とともに大地を震わせた。


 目の前に横たわった黒い牛の、筋骨隆々とした巨躯を見つめて、所詮はこんなものかと落胆する。

 大きなあやかしだったので少しは期待していたのだが、結果はというと、見かけ倒しの小物だった。

 大した力もないのに図体ばかりが大きなあやかしなど、邪魔なだけだ。

 当然ながら、式神にする価値はない。


 俺は自らの式神たる、丈の短い巫女装束を身に纏った、白く長い髪に紅い目の幼い少女――白髪毛しらばっけに命じる。


「喰え」


 紅玉こうぎょくのような瞳を爛々とさせた白髪毛が、新雪のごとく真っ白な長髪と首輪から延びる荒縄をひるがえして、一飛びで倒れている牛の胸に乗る。

 そして、牛の胸に手刀を突き刺して心臓を抉り抜き地面に下りると、異様に尖った歯が綺麗に並んだ小さな口を開けてかじりついた。


 期待外れだったなと小さく嘆息して、俺は心臓を食べ終えた白髪毛の首輪から垂れ下がる荒縄の端を握る。


 白髪毛は禁術を用いて、人の手により作られたばかりの式神だ。

 名のある鬼の木乃伊みいら化した右腕を器に、一族にかけられた呪詛により三十歳まで生きられない兄弟子をにえとして、幼いころに亡くなった俺の双子の妹――譲羽ゆずりは魂魄こんぱくを宿して生みだした、人造の式神。

 まだ式神としての調教も済んでおらずその精神は赤ん坊のようなもので、先日誤ってよその祓い屋を一人喰ってしまったこともあり、今は様々な術を施した首輪と曰くつきの荒縄で暴走を抑えている状態だ。


「次に行くぞ」


 そう告げて縄を引いた瞬間、白髪毛がぴくりと首を竦めて、弾けるように後ろを振り返った。


「どうした?」


 たずねるが返事はない。

 白髪毛は完全に足を止めており、縄を引いてもびくともしない。

 彼女の見据える先は茂みに覆われており、その奥に何が潜んでいるのかはようとして知れない。

 だが、そうは言っても強い妖力ようりょくなどは感じられないので、例え妖怪がいたとしても小物だろう。


「向こうに何かいたか? 見つけたなら、それも喰ってしまえ」


 襲いに行く許可を出して、握っていた縄を手放す。

 しかし、白髪毛は立ち止まったまま、ひたすらに茂みを見据えている。


 何かがおかしい。

 白髪毛にはまだ考える頭などない。獲物がいて、許可が下りれば迷わず喰らいに行く。

 許可を与えたのにもかかわらず動かないなんてことは今までになかった。


 蛇に睨まれた蛙、という言葉が脳裏をよぎる。


「白髪毛のこの反応……小物ではないのか? しかし、妖力はどこからも感じない。つまり、俺の目を欺くほどの力を持つ、大妖おおあやかし……ッ――!!?」


 突如として全身に悪寒がはしった。

 着ていた着物のふところから、焦げたような悪臭が漂う。

 手を入れて確認してみると、いつも肌身離さず持ち歩いている強力な護符が腐ったようにぼろぼろになっていた。


「これは、邪視じゃし、なのかッ……!?」


 邪視。ただ睨むだけで人を害する、魔のまなこ

 邪視を持つ妖怪には何度か遭遇したことがあった。

 邪視を持って生まれてしまったという人間にも会ったことがある。

 しかし、いずれにも、ここまでの危うさは感じなかった。


 これは、今までに見てきたそれらとは比べものにならない。まったくの別物、もっとずっと致命的・・・な何かだ。

 肉のおりが溜まった、反吐へどの底に沈んでいくかのような絶望感に包まれて、思考が働かなくなっていく。

 一刻も早くこの視線から逃れなければまずいと理解しているのに、小指の先すらも動かせない。


 ああ、俺は生きて、家族を守らなければならないのに。

 こんな何でもない日に、こんな何でもない野山で、俺は死ぬのか。


 意思に反して、意識が途切れそうになり、これで終いかと思われたその刹那せつな


「フッ――!!」


 白髪毛が鋭く息を吐いて、全身をぶるりとふるわせた。

 そして、スイカほどの大きさの火球を生み出して両手に掲げ持ち、のけぞるようにして振りかぶる。

 こんなにもおぞましい視線にさらされて、まだ動けるとは……俺の妹の魂は、俺が思っていたよりもずっと強いらしい。


 すると、ガサッという音を立てて。

 茂みの向こうにいた邪視の持ち主が、勢いよく立ち上がった。


 そのあやかしは、一見すると人間の少女のような姿をしていた。

 黒髪をポニーテールに結わえており、普段は人間社会に紛れて生活しているのかスウェットの上下にロングダウンコートを羽織った、強力な邪視を持つ性質たちの悪い妖怪とは到底思えない今風の恰好をしている。

 だが、今まで何も感じられなかったのが不思議なくらいの、これまでに感じたこともないほどの強い妖力をその身に宿していた。ここまで強い妖力をこの俺を持ってしても見抜けぬほど巧みに隠していたのだから、妖力の操作もかなりのものだ。


 とはいえ、やはり何よりも恐ろしいのはそのである。


「なんだ、あれは……」


 翠色すいしょくの、底なし沼のように深い色をした双眸そうぼう

 今は意識されていないのか、先ほどまで感じていたような悍ましい感覚はない。

 だというのに、やはりその眼がとてつもなく恐ろしい。

 あの眼は邪悪だ。顔立ちだけを見ればどこか間の抜けた感じがする頭の悪そうな少女だが、まるでまったく別のところから持ってきたかのごとく、両の瞳だけが場違いな存在感を放っている。


 本能的な恐怖を呼び起こす翠色の邪眼じゃがんに当てられたのか、はたまたあまりに強い妖力に反応したのか、白髪毛の両手の中にあった火球が急激に膨れ上がる。


「だ、駄目です! 投げちゃ駄目です! ストップ! タイム、タイムです! えと、えと……降参、降参します!」


 邪眼の大妖が両手を上げて、白髪毛と目を合わせて大きな声で言った。その声もやはりどこか間の抜けた、やわらかい声だった。

 しかし、凶悪な邪眼を白髪毛に向けた状態で戦う意思はないなどと言われても、信じられるはずがない。

 現に、白髪毛は巨大化した火球を維持したままだ。


 だが、戦ったところでおそらく、こちらに勝ち目はない。

 まさしく絶体絶命の危機的状況と言えるが、ピンチはチャンスとも言う。戦えない以上はできることなど限られているが、死ねない事情があるのだから、せいぜい足掻くしかない。


 覚悟を決める。


「……本当に俺の目を欺いていたとは、驚いた。これほど強大な妖力を持つあやかしは初めて目にする。俺は冷光れいこう家当主の、冷光杠葉ゆずりはだ」


 名乗り、頷く程度に会釈をすると、邪眼の大妖は戸惑うようにその視線を白髪毛から俺へと、そして俺から白髪毛が掲げる火球へと振る。


 普段ならば油断させるか騙すかして名を聞き出し、名を縛ることで言うことを聞かせるのだが、これほどの大妖を相手にそんなことをすれば俺の身がもたないだろう。

 例え騙し討ちをしようが、勝てる見込みのない格上が相手なのだ。

 弱者たる俺は真正面から願うしかない。


「俺の式神になってほしい」


「は?」


 間髪をいれず聞き返された。

 邪眼の大妖は何やら渋い顔をしているが、それも当然のことだろう。本来であれば、彼女ほどの大妖が人に仕えるメリットなどないも同然だ。

 しかし、俺はこと彼女に限ってはそうでもないのではないかと思ってもいた。


「何が欲しい? お前ほどの大妖怪を式神にできるのならば、腕でも足でも一本ずつくらいならば今この場でくれてやる」


「ええ……? い、いらないです。お金とかならともかく、腕や足なんてもらってどうするんですか?」


 ――そら、きた。


 思った通り、やはり金に困っていたようだ。大妖怪だろうが、人の社会でやっていくには金がいる。しかし、まともに金を稼げる妖怪なんてまずいない。


 宗教法人であり、税金に関してはよそよりも優遇されている冷光家であるが、実のところ金銭面においてそれほどの余裕があるわけではない。とはいえ、金で確実に家族を守れるのならば安いもの、ここは多少の無理はすべき場面だ。

 それに金なんて、いざとなったら妖怪を使って、かねてより付き合いのある無知な代議士や大企業の創業者一族、地主などといった資産家から大いに巻き上げてやればいい。

 そのあたりも計算に含めて、いくらまでならば捻出できるだろうか。


「そうか、金か。人間社会に混ざって暮らしているのならば当然必要だろうな。ならば俺が死ぬまでの間、毎月100万円支払おう」


「んんっ、んえ、ひゃっく、ひゃくまんえん!?!?!?」


 よし。

 いい反応だ、だいぶ揺れているな。

 邪眼の大妖は、100万円って1万円札が100枚!? だの、それも毎月!? だのと、頭の悪そうな独り言を繰り返している。

 もう一押しで落ちそうだ。


「他にも要望があれば、できるだけ叶える。お前が好んでいるらしい人間社会風に言えば、式神契約というのはお前たち妖怪にとっての就職のようなものだ。例えば勤務時間などについても、できる限り希望におう」


 そう言って力強く頷いてみせると、翠色の瞳が俺を上目遣いに見上げてきて、目の色を除けばそこら辺にいる人間の少女のような姿をした大妖がおそるおそるといった様子で訊ねてくる。


「し、しばらくは……えと、最初の三年間は、学生アルバイトみたいなシフトでもいいですか?」


「ほう。スウェットにダウンコートなどという恰好をしているから人間社会に慣れているのだろうとは思ったが、アルバイトやシフトといった言葉まで知っているのか……いいだろう、三年くらいならば構わない。土日は朝から晩まで、平日は夕方だけ働いてもらって、休みは平日に二日やる。とはいえ、何かあった際には泊まり掛けで働いてもらうこともあるかもしれないが、まあ稀だろう」


「お、おお……! それで、えっと、あの、その三年間は、お給料は……?」


 大妖が期待を隠し切れない表情で、邪眼をきらきらさせて聞いてくる。

 式神として契約すれば術者を裏切れないので心配はいらないはずだが、金や物で簡単に釣られそうだ。

 しかし、それだけ金の面では苦労していたのだろう。

 そもそも、妖怪が人間と同じように生活しようと思うこと自体が異常なのだ。金など稼げないのが当たり前で、人間社会で暮らそうという考えを持っているだけでも驚嘆に値する。


「そうだな、25万でどうだ? うちもそれほど金に余裕があるわけではないが、大妖怪を式神にできる機会などもう二度とないかもしれないからな。先行投資ということで、少し多めに支払おう」


「そ、そんなにですか!?」


 パートタイムにしてはかなり高めの報酬を提示しただけあり、人間社会をある程度知っているらしい大妖の反応も上々だ。

 前のめりになる彼女に、俺は「ただし」と言葉を続ける。


「三年後からは平日も朝から晩まで、できれば屋敷に住み込みで働いてもらいたい。それと、俺が死ぬまで契約は継続されるから、そのつもりでいてほしい」


 もしも嫌がられたら少々面倒だと思ったが、人間よりも圧倒的に長い寿命を持つ大妖からすれば悩むようなことではないのか、特に不満はなさそうだった。

 凄い勢いで頭を下げてきた大妖が、大きな声で言う。


「ぜ、是非とも、よろしくお願いします!」


「ああ。ではこの場で契約を交わしてしまおう」


「はいっ!」


 悟られぬように落ち着いた素振りでいるが、実際のところこの機を逃したくないのはむしろ俺の方だ。

 内心の焦りを表に出さないように気を使いつつ、あえてゆっくりとした所作でふところから契約に使う呪符じゅふを取り出す。


 ほかの何を差し置いてでも一刻も早く契約を結んでしまいたかったが、しかし火球を向けたまま契約を進めるのはさすがに印象が悪すぎるだろう。

 仕方なく、俺は生まれたばかりのポンコツな人造式神に訊ねる。


「白髪毛、いつまでそれを持っている?」


 白髪毛が、その頭上に掲げた巨大な火球を見上げる。

 そして僅かに首をかしげると、突然火球を適当な方向に投げ捨てた。


 てっきり火球をそのまま消滅させるだろうと思っていた俺は、自らの式神の横着なやり方に唖然としてしまう。

 俺や邪眼の大妖に当てなければいいという話ではない。山林に火球を落としたら当然だが、山火事になる。


 取り乱した様子で、邪眼の大妖が早口で言う。


「へっ!? ちょっ!? ここ、うちの山なんですけど! 早く火を消してください!!」


「なるほど、この山はお前の縄張りか」


 そうだろうとは思っていたが、こいつはこの辺り一帯のぬし、というわけだ。おそらく、連なるいくつかの山々をあやかしなりのやり方で治めているのだろう。

 ひとり納得して頷いていると、邪眼の大妖が泣きそうな顔になって言う。


「っていうか、頷いてないで火をどうにかしてください!」


「わかっている。さすがにこれは俺からしても予想外の事態だ。火をむやみやたらに投げ捨てないように、あとできちんと言い含めておく」


 そう答えて白髪毛を見やるが、悪いことをしたという意識がないのだから仕方ないのかもしれないが、首をかしげて不思議そうにしている。

 これを教育するのは骨が折れそうだと思い、小さく嘆息しつつ、不測の事態に備えて用意してきていたいくつかの呪符の中から使えそうな物を取り出す。

 そして天に向けて祝詞のりとを上げると、頭上遥かに真っ黒い巨大な雨雲が形成されて、瞬く間に大雨が降り出した。

 日常ではそうそう経験することもないだろう集中豪雨が、広がりつつあった火の手をたちまちに消し止める。


「お、おおっ……凄いです!」


 こうした術には詳しくないのか、大妖が感嘆の声を漏らした。

 そして、見るからに安心した様子でほっと息をつく。


「これで問題ないな。そうしたら、このふだを額に貼れ」


 式神の契約を交わす儀式を行うために必要な呪符を、邪眼の大妖に手渡す。

 彼女は特にためらう素振りも見せずにおとなしく指示に従い、自らの額に呪符を貼りつけた。

 それを確認して、俺は意を決して彼女に訊ねる。


「式神の契約を結ぶために、お前の名が必要だ。教えてほしい」


 彼女ほどの大妖がたかだか人間の術者を警戒する必要などないのだが、それはそれとして、本来であれば名を使って自由を奪ったり呪詛をかけたりといったことができるため、妖怪に名を訊ねるのは妖怪を怒らせる危険な行為だ。

 こうして会話をしていると、案外友好的な妖怪なのではないかと錯覚しそうになるが、出会い頭に容赦なく邪視で睨んできた相手である。

 まだ式神になっていない彼女の機嫌を損ねたくない。

 額にうっすらと汗がにじむ。


「――ヤマコ」


 拒絶されたらどうしようかと思ったが、特にそんなこともなく、すんなりと教えてもらえた。

 高額な給金によほど惹かれたのだろう。だが、わかりやすくていい。その方が安心できる。


「ならば、ヤマコ。今この時より我が身朽ち果てるまで、お前の名は俺の物だ」


 そう告げて、揃えた人差し指と中指の先で、呪符の上から彼女の額を軽く突く。

 そして、契約に必要となる呪文を唱えた。


 冷光家は、妖怪にも人間にも随分とあくどい真似をしてきた。妖怪からはもちろんのこと、他家の祓い屋連中からも嫌われており、まったく信用されていない。

 そのため、新たに強力な妖怪と契約できる可能性は低く、かといって代々の当主が引き継いできた式神も一体しか残っていない現状では、もはや人の手で式神を生み出すという邪法に頼りつづける他に生き残る道はないと思っていた。

 式神を――妖怪を作ることは禁忌とされており、当然ながらリスクも大きいが、まともな式神が手に入らなくなったからといって家業を畳むわけにはいかなかったのだ。


 なにせ、恨みを買いすぎている。

 妖怪からも、人間からも。


「本当に、助かった……」


 彼女ほど強大な妖力を持つあやかしは、他に見たことがない。

 その彼女が式神となってくれたということは、今代こんだいの冷光家に刃向かう者はそうそう現れないだろう。

 両親や妹の死に様は、それはもうおぞましいものだった。未だに夢に見て、夜中に飛び起きることがある。

 だが、これで弟と従姉いとこは天寿を全うできるかもしれない。


 俺はどうなったって構わない。亡くなった先々代が生きていれば怒り狂って反対しただろうが、ろくに身を守るすべも残せない以上、俺は決して子を成さず、俺の代で冷光家を終わらせると決めている。まだ小学生の弟にはそういった話はしていないが、やはり子どもは諦めてもらうことになるだろう。

 だから、せめて今だけは。弟と従姉が生きる間だけは、何をしてでも家を持たせる。もう二度と、俺の身代わりに家族が呪殺じゅさつされるような事態にはさせない。

 そのためならば、俺は進んで地獄に落ちよう。


 そう改めて覚悟をした、数日後――。


 俺は、俺の式神となってくれた彼女が、人の社会でどのように暮らしているのかを知った。

 彼女は山田春子と名乗り、強面こわもてだが人のよさそうな老爺ろうやのもとで、彼の孫のふりをして暮らしていた。

 一見するととても穏やかな家庭に見えた。だが、彼女は人間にはあるまじき強大な妖力を有する、ヤマコという名の大妖だ。


 調べたところ、戸籍は本物だった。

 ならば人間であった、本物の山田春子はどうなったのだろうか。偶然に死んだばかりの山田春子を見つけて成り代わった、なんてわけではないだろう。

 おそらく、ヤマコが山田春子を殺して、喰ったか何かして死体を隠したのだと思う。

 なぜ山田春子という少女を選んだのかはわからない。名前が似ていたから、そんな小さな理由なのかもしれない。

 だが、いずれにしても、やはり彼女はあやかしなのだ。人と一緒に暮らしていても、人とは違う。本質的には相容れない。それを忘れてはいけない。


「そう、ヤマコも所詮はあやかし……温和なように見えても、自らの欲のためならば平気で人を殺す」


 ならば、悪人たる俺が、この悪しき大妖を使うことに躊躇いはない。


「人とあやかしは相容れないが、俺とお前は似合いの主従だな、ヤマコ」


 老爺に可愛がられている、人間のふりをした大妖の姿はひどく滑稽で、同時におぞましくも見えた。

 それでも、幸せそうに笑う彼女を見ていると、少しだけ思ってしまうのだ。

 その邪眼と強大な妖力ゆえにずっと孤独だったのだろう彼女は、こうした生活にひどく惹かれてしまったのではないか。

 そして衝動的に手に入れてしまったものの、幸せに浸るほどに、それと比例するように罪悪感が大きくなっていく。

 なにせ、その幸せは本来ならば他人のものであったはずで、自分が不当に奪ったものなのだ。

 もし彼女がそのように感じることがあるのならば……それこそ、本当に俺と同じだ。


 その痛みは、妹を代償として生きながらえている俺が抱える痛みと、きっと同じものだ。

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