第2話 脱走


 ドサッ


 職人さんが一生懸命手入れをした茂みの上に落ちた。スンマセン。許してください。


「ふいー、私って天才?あーあ、結婚なんかやめて騎士にでもなろうかな。」


「無理だな。」


「はん?あんたには関係ないでしょ?!てか、誰?」


 うっかり素の出た私に無作法に声をかけてきた人影は逆光で見えない。でも何だか優雅でとてもカッコイイ声だ。顔を見て残念な気持ちになりたくないのであえて見ようとしないことにした。


「…お前…。」


 男の人の声には動揺が滲んでいる。自分を知らない女がいるとは…的な?ナルシストじゃん。これ以上残念な気持ちにはなりたくないし、帰ろ。


「えっと、さよなら?」


「おい待て、名前は?」


 そんなこと聞く?!今名乗ったらアホじゃない!テラスから飛び降りた女として有名になるのは不名誉すぎる!あの浮気カップル!恨んでやる!!


「名乗るか!」


 私はそう叫び逃げ…ようとしたのだが…


「待てと言っているだろう…、」


 気付くと腕を掴まれていた。ふと脳裏に浮かんだのはいつぞやお父様に教わった痴漢撃退法…背負い投げ!!


 ドシャッ!


 人が土に転がる音がした。


「…。」


「…。」


 その場にいたのがその二人だけで本当に良かったと思う。転がったその人は、


「ま…まままままままっ、魔王様?!」


「な…投げられた?…今…女性に…?」


「「…。」」


 私は脱兎のごとく駆け出した。

 …遠くから声がする。


 聞くものか‼どうせあいつを捕えろとかそういうのだろう??

 さようなら、私の人生…。グッバイ、マイ、ライフ…ベリベリ、グット、フューチャーed.(過去形)


「尻に枝が刺さっているぞ!」


 私はあまりに衝撃的な言葉に反射的に足を止めてしまった。そのまま恐る恐るドレスの後ろを見ると…なんと!お尻に木の枝が刺さっているのだ!!


「いやあああああっ、」


「だから待てと言ったのだ。取ってやる。こい。」


「い、いえ…これは、お尻じゃないので平気ですぅ…。」


「そういう問題か!と言うか、そこは絶対に尻だ!年頃の娘が尻に枝を刺しているなんて、ほら!じっとしろ!」


「嫌ですってば!年頃の殿方が女性のお尻から枝を抜くなんて破廉恥ですわ!」


「ちょっと待て!何を言っているのだ?!お前の頭はどうなているのだ!」


 騒ぎを聞きつけたのか兵士達が駆けて来る音がする。


「待って人が来る!サヨナラ!」


「今出てっても見つかるだろうが!来い!」


 私は茂みに引っ張り込まれた。


 ***


 もう十五分は立っただろうか。もう人の声はしない。


「も…もう平気ですかね…。ありがとうございました。魔王さ…


 お礼をしながら振り返るとそこに魔王様はいなかった。しかし、そのまま下を見ると跪いてお尻の枝を抜いていたのだ。


「きゃあああああああ!なぜ?!お尻の枝はいいとあれほど…」


「ははっ…」


 慌てる私とは裏腹に魔王様は笑っている。とても美しかった…

 …じゃねーよ!!!!!!!


「何笑ってるんですか!ちょっ…やめ…」


「はっはっはっ、お前は魔王が跪いていることより尻の枝の方が重要なのだな。」


「そうです!もう帰る時間なので行ってもいいですか?!」


 私が半泣きで顔を真っ赤にして怒鳴りつけると魔王様は優雅に笑って私の腰を抱き寄せ頬に指の甲をあてて言った。


「そうか、次会ったときはぜひ名前が聞きたい。木の枝令嬢?」


「木の枝?!」


 それだけ言うと魔王様は去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る