友達の先輩の話

口一 二三四

友達の先輩の話

 生徒であっても教師であっても、学校で聞く話に大きな違いはない。

 授業がどうだとか、部活がどうだとか、テストがどうだとか、色恋がどうだとか。


「ねぇねぇ、これは友達の先輩が実際に体験した話なんだけどね」


 校内でちょっとしたブームになっている怖い話もそんな頻繁に話される話題の一つ。

『友達の先輩が実際に体験した話』のありきたりな出だしから始まるそれは、ここの卒業生である先輩が帰る前に使われていない教室で居眠りしてたら不可思議な目にあった、という内容の怖い話。

 話す人によって時間や場所は変わるが、出だしと大筋が変化することはない。

 他の怪談話同様また聞きのまた聞きで語り継がれる。


「先生はこの話知ってる?」


「もちろん」


 自分の学生時代から続いている伝統的な話題でもあった。

 あの時異様に盛り上がった話を同じ学校で教師になってからも聞くのは、なんとも感慨深い。

 と言うのもこの話、発端は自分が当時の友達から聞いた『先輩が部室で仮眠とってたら夜になっていた』というエピソードをホラー仕立てに着色したモノなのである。

 現在話されているような不可思議な展開も無ければ大袈裟な山場も無い。

 ただ一人の生徒がうっかり学校で寝ただけの何の変哲も無い出来事。

 面白半分にいじくった創作話がまさかこんなに広まり何十年も語り草になるなんて、学生であった当時は想像もしなかったし、教師になった今でもどういう顔で聞けばいいのかと困惑してしまう。


「これは友達の先輩が体験した話なんだけどね……」


 昔から変わらないお決まりの出だしは本屋で立ち読みした本に書いていた一文を真似てのもの。


 二十歳の頃。

 友達主催で開かれた飲み会でその先輩と初対面した時、「なーにオレの話勝手に盛ってんだよー!」とゲラゲラ笑っていた姿が懐かしい。

 楽しいことも悲しいこともネタにして場を盛り上げるのが好きだと豪語していた先輩は「まぁ、悪い気はしないよな。オレで盛り上がってるようなもんだし!」なんて言いながら自分の面白半分を容認してくれた。

 あれ以来連絡は取っていないけど、元気にしているだろうか?

 先輩の今が気になったのと、うちの学校定番の怖い話になってますよと教えるため、飲み会の時に教えてもらったきりの連絡先を引っ張り出す。


『送信先が存在しません』


 間を置くことなく返ってきたメッセージ。

 連絡先変えたのかなと、今度は先輩の話を最初にした友達の番号を探す。


「先輩? あぁ、亡くなったよ」


 電話口から久々に聞いた声は、自分の知らない事実を静かに知らせた。

 先輩は一昨年の冬、仕事場から自宅へ帰る最中に事故に遭い帰らぬ人となっていた。

 居眠り運転の車に轢かれての即死。苦しまずに逝けたのが唯一の救いだっただろうと。

 連絡と葬儀は家族の希望により特に親しかった人と近親者のみで行われたから、知らなくても仕方ない、と。

 その時を思い返しながら友達は話してくれた。


「先輩目立つの好きだったからさ、多分向こうで喜んでるんじゃない?」


 しんみりとした笑い声で言う友達と久し振りに飲みに行く約束をして電話を切る。

 ディスプレイに映る番号を眺めながら感傷に浸る。

 たった一度会っただけではあったが、それでも先輩の人柄は察することができた。


「向こうで、喜んでる、か」


 本当はどう思うのか。

 今となっては確認しようがない。


「……これは『友達の先輩が実際に体験した話』なんだけどね」


 ただ、話す人間や話される時代が変わっても何故か変わらない出だしと大筋に。


 ――オレのこと忘れんなよ!


 場を盛り上げるのが好きな先輩の、遺志みたいなものを感じた。

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