ガイコツのムラタ先輩

富山 大

骨が来た。


 ある日。

 骨が訪ねて来た。

 何を言ってるのか分からないと思うが、オレも何を言ってるのか分かってない。

 ただ見たままを、そのまま伝えてる。

 骨はドアベルを鳴らし、扉を開いたオレに朗らかに片手をあげて挨拶した。

「よう、俺だよ、俺。久しぶりだな」

 と、骨ばった手で握手を交わし、靴も履いてない骨々しい足でリビングに上がり込んだ。

 そしてどっかりとソファーに腰掛けたのである。

 骨盤で。

「え~っと、どなたですか?」

「俺だよ、俺」

 いや分からな~い。

 どんなに人相が変わっても、せめて肉が付いてれば想像は出来ただろうけど、輝くように真っ白なガイコツを見ても、それが誰かなんてオレには想像もつかない。

「分かんない? ムラタだよ、ムラタ」

「ムラタ先輩!?」

「そうだよムラタだよ。久し振りだな~オカザキ」

 ムラタ先輩が行方不明になったのは、いまから五年も前の事だ。

 当時。

 真面目で人当たりもよく、周囲に何のトラブルも抱えてなかったムラタ先輩の失踪事件は、それなりに大騒ぎになった。

 それがいま、文字通り、お骨になって戻って来るなんて誰が考える?

「あ~っと、ムラタ先輩?」

「うん?」

「ムラタ先輩ですよね」

「そうだよ」

 と、骨が答えた。

「なにがあったんですか?」

 我ながら間抜けな質問だと思ったが、それ以外に言葉が出て来なかった。

「いや~、参ったよ。あの日な、彼女と大喧嘩した後に、酒をしこたま飲んでな。そのままだらだらとCSでな釣り番組を見てたんだよ俺。で、突然、あ~夜釣りがしたいな~って思ってな。そのまま海に行って、防波堤の上でキャストしたんだよ。そこそこ手応えがあったんだけどね。酒が入ってたからかな~。足を滑らせて海に落っこちたんだ」

「そ、それで」

「それで、このザマだよ。思い立ったが吉日なんて言うけど、ありゃ嘘だな~」

 鎖骨と肩甲骨をすくめたムラタ先輩がカラカラと笑った。

「あ~っと、もう一つ質問」

 冷蔵庫から勝手にビールを取り出したムラタ先輩が、プルタブを開けてビールを喉に流し込んだ。

 あ~、あ~、床がびしょびしょに⋯⋯。

「なんでオレの所へ?」

「いやな、な~んでこんな姿になったのに死ねないのかな~って思ってな」

「生きてんですか?」

「まさか!? 見ろよ!! 骨だぞ、骨。骨だけで生きてるヤツなんているか?」

「でも、動いてますよね」

「うん」

「会話もできるし」

「おう。喋れるよ」

「ビールまで飲んでる」

「こりゃ気分の問題だな。実際には一滴も飲めてない」

 それは見たら分かります。

「それで、いったい何の用で?」

「いやな。こんな有り様になりながら、なぜか死にもせずに動けるってことは、な~んか心残りがあるんじゃないかな~と思ってな」

「心残り?」

「うん」

「それはいったい?」

「俺さ、オカザキに十万貸してたろ」

 借りてた。

 なんに使ったのかは忘れたけど、確かにムラタ先輩に十万円借りてた。

 返す前にムラタ先輩が失踪したから返さずにいたけど、まさか白骨になって取り立てに来るなんて。

「あの~先輩」

「あん」

「いま、その持ち合わせがなくて。いや返せない訳じゃないんですが、これを先輩にお渡しすると、あの~、今月の生活費がですね、その~」

「あ~、いいよ、いいよ、こんなザマになって十万返して貰ったって使いようがないじゃん。俺、骨だぞオカザキ」

「え~っと、じゃあいったい?」

「そこでだ。俺の心残りを、一緒に探してくんないかな?」

「へっ?」



 ♠



 奇妙な事になった。

 五年前に失踪したムラタ先輩が、白骨になって戻って来たかと思ったら。

 心残りがあるから、それをオレに探すのを手伝って欲しいというのだ。

 心残りがあって成仏できないってんなら、さっさと片付けてしまえば良さそうなもんなんたけど、本人にも何が心残りなのか分からないらしい。

 昔っから真面目だけどノープランな人だったからな~

 そんなんだから誰にも告げずに夜釣りに出かけて、防波堤から海に落っこちるような目に遭うんだ。

「なあオカザキ」

「はい」

「お前太った?」

 オレのズボンを履きながらムラタ先輩が言った。

「ええ、太りましたよ」

「ブカブカじゃん」

 そりゃアナタが骨だからですよ。

 ベルトを締め、骨盤に引っ掛けたムラタ先輩が裾を見て言った。

「脚、短えな~オカザキ。なんだよこれモッズスタイルか?」

「うるさいですね。別につき合わなくてもいいんですよ、オレは」

「本気か~、オカザキ。このまま取り憑いてもいいんだぞ」

「やめて!! アップはよして、さすがに恐いです」

 素肌に、いや素骨にジャケットを羽織ったムラタ先輩が鏡の前でネクタイの位置を調整した。

「でも、なんでいまさらキャバクラなんですか?」

「いや、ほら、俺って真面目なヤツだったじゃない」

 ええ、クソがつくほどね。

「夜の街で遊んだ記憶がほとんどないのよ。もしかすると、それが心残りなのかな~てな」

「でも、大丈夫なんですな? キャバクラに白骨が行くんですよ。大騒ぎにならなきゃ良いけど」

 なるに決まってる。

「いや、それがなオカザキ。お前以外の人には、俺、見えてないらしいのよ」

「へ?」

「オヤジにも、オフクロにも見えてない。感じても無いらしい。霊感が無いんだな、たぶん」

「はあ」

「で、オカザキは、ほら、昔から霊が見えるのなんのって言ってたろ。そこで会いに来たら、ドンピシャでな。参ったよ俺も、直感って大切な」

 確かに、そんな事を言ってた記憶はある。

 ただ目立ちたいだけで、実際には見えても無いし、感じても無い。

 第一、金縛りにすら掛かった事が無いんだぞ。

 なんでムラタ先輩だけ見えんのよ。

 って、

「実体は無いんですか?」

「無いんじゃないの」

 じゃあ何で服が着れるのよ。

 握手をした時も、確かに硬い骨の感触があった。

 それなのに実体が無い!?

 なんで!!

「あの~先輩」

「うん?」

「オレ以外の人に見えてないんでしよね」

「うん」

「なんで服を着るんですか?」

「なんでってお前、全裸で女の前に出るか? 恥ずかしい」

「恥ずかしいって⋯⋯、その格好で帰って来たんでしょ!?」

「そうだよ~、タクシー乗れないから、バスを乗り継いで、ここまで帰って来るのに三日も掛かった。その間、赤面しっぱなしよ。なんてったって全裸だから」

「でも見えてないんですよね?」

「うん」

「だったら服着なくても大丈夫じゃないですか」

「いや~、そこまで自分の身体に自信がないよ、俺は」

 骨じゃん!!

 喉まで出掛けた言葉を必死に飲み込んだ。

 この人は、本当に、なんというか天然だ。

「まぁ、いいや、出かけましょう」

「おう」

 と、返事をかえしたムラタ先輩がオレのお気に入りのソフト帽を目深に被った。

「どうだ? 似合うか!?」

「先輩、それオレの⋯⋯」

 って、あれ!?

 ある。

 ハンガーラックに帽子は掛かったままだ。

 振り向いてクローゼットを見ると、ここにもある。 

 先輩が着たはずのスーツは、依然としてハンガーに吊されたままだ。

「え!? あれ? あれ!? あれ!!」

「どした?」

「いえ、なんでもありません」

 やっぱり霊なんだ。

 と、想った。

 塩振り掛けたらどうなんだろう、と、一瞬好奇心が涌いたが、実行するのはやめにした。

 怒らせると恐いんだよムラタ先輩。



 ♠



 結局、一晩中つき合わされた。

 飲まない(実質飲めない)のにテンション高いんだよムラタ先輩。

 なんかもう強敵に出逢った○空みたいにワクワクしっぱなしでさ。

 一瞬も止まらないのよ。

 つき合ってるオレも先輩のノリに乗せられて、一緒に騒ぐし。

 こんなに楽しい思いをしたのは、大学を卒業して以来かも知れない。

 そうそう。

 前々から自分には霊感があるっていってたキャバ嬢の何人かに、ムラタ先輩が見えるかどうか聴いたけど、結局誰も霊視えなかった。

 あれ営業トークだったのね。

 オレは大あくびをしながらコンビニコーヒーを啜った。

 もう夜が明けてる。

 オレとムラタ先輩が遊びほうけてる間に雨が降ったのか、ほんの少し地面が濡れてる。

 徹夜で遊ぶなんて何年ぶりだらう。

「いや~、楽しかったなオカザキ」

 ガイコツの表情は分からないけど、笑ってるのはなんとなく分かる。

 指先でクルクルっと回してたソフト帽を宙に飛ばし、マジシャンよろしく落ちてきた所を腕に乗せて、そのままコロコロと腕、肩、反対側の腕、掌と転がして頭に乗せた。

 ほんと無駄に器用だよね。

「それで、どーなんです? 心残りは解消されたんですか!?」

「さあ?」

「さあって」

「楽しかったのは確かだな。初めての経験だしワクワクした。ありがとうオカザキ」

 礼を言われてもな~

 心残りが解消されない限り、ムラタ先輩は成仏しないんだろう。

 って、ムラタ先輩仏教徒だっけ?

 ま、そこはいいか。

 天国だか、極楽だか、輪廻転生だか知らないけど、してもらわなきゃ取り憑かれたままだ⋯⋯。

 と、想ったけど。

「先輩。今日はさすがに疲れたから、残りは明日にしませんか?」

「ん、そうだな。俺は別に疲れちゃいないが。オカザキは生身だもんな」

 こーゆー所は気が付くんだよね、この人。

 だから好きだったんだよ。

「タケシくん?」

 突然名前を呼ばれた。

「ヒトミさん」

「なにやってんの? こんな時間に」

 あ~、日曜日の朝八時なんて、確かにまだ眠ってる時間だ。

「ヒトミさんこそ、なにを!?」

「わたし? わたしは日課のウォーキングよ。今日は日曜日だからヒナも連れてね」

 ヒトミさんはシングルマザーだ。

 女手ひとつでヒナちゃんを育ててる。

 ヒナちゃんの父親が誰なのは知らない。

 件の父親はというと、ヒトミさんが妊娠中に逃げ出したんだとか。

 ま~、酷いヤツもいたもんだと思う。

 なのでヒトミさんはシングルだけど、バツイチではない。

 で、オレはというと、いま、真剣にヒトミさんと交際してる。

 確かにハードルは高い。

 親にも相手には子供がいるんだろう、と、言われてる。

 でも、そんな事は関係ない。

 ヒトミさんは素晴らしいひとだし、なによりオレを大切にしてくれる。

 オレもヒトミさんを大事に思ってるし、大切なのはお互いの気持ちだろ。

 それより何より、オレがヒナちゃんの父親になりたいと⋯⋯。

 あれ?

 ムラタ先輩!?

 さっきまで、そこにいてヒナちゃんの前で跪いてたムラタ先輩の姿が消えてる。

「オカザキありがとうな」

 どこからともなくムラタ先輩の声が聞こえた。

「先輩。どこにいるんですか?」

「お前のおかげで、心残りが全部無くなったよ」

「ちょっと、どーゆー事なんですか!?」

「幸せになれよオカザキ。彼女とヒナタをよろしくな」

「ヒナタ!? 先輩!?」

 ヒナちゃんの小さな手が、オレのズボンの裾を引っ張って言った。

「ねえ、パパは?」

「こ~ら、ヒナ。まだパパじゃないてしょ」

 ヒトミさんが慌てた様子でヒナちゃんを抱き上げた。

『パパは? って』

 オレは空を見上げた。

 雨上がりの抜けるような青空に、大きな虹が架かって⋯⋯。



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ガイコツのムラタ先輩 富山 大 @Dice-K

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