時を司る神
一刻も早く探しに行きたい俺を、ルメは「焦らずともよい」と一喝した。
「明日の正午頃になれば、わらわの弟はここに最も近い場所に居るはずじゃ。連れてくるならその時を狙うが良い」
再度俺に白米を要求したルメがそう教えてくれた。
また美味しそうな笑顔で食べやがって。おかずは要らないんですかね。
会社に暫くの休暇を申し出た後、明日に備えて俺は早速寝ることにしたのだが……。
「うぬ。それでは寝るとしようかのう」
先日届いたばかりの布団を敷き、俺が寝ようとしたところに眼を擦りながらルメがやってきた。
いつの間にか髪飾りや厳かな服装ではなく、白いワンピースのような薄い恰好になっている。
解けた髪は引き
「あの、ルメさんも俺の家で寝るんですか?」
「そうじゃが、何か問題が?」
「ご自分の住処に戻られはしないんでしょうか……」
「今は他の者が神をしておるのじゃろう? ならば、わらわに住処などない。ここに住む」
えー、マジで俺の家ヤバい奴の巣窟みたいになってるかないですかー、やだー。
でも仕方がない気もするし、助けてくれる元神様を無下にもできない。
「わかりました」
俺はテンションを数段階落としながら机と仲良く並ぶ椅子に座った。
布団が届いて椅子就寝生活も漸く終わったと思ったが、元神様が使うならしょうがない。
もう何セットか布団買っておこうかな。
「おい、男、何をしておる?」
「なんですか?」
「ほれ」
ルメは入り込んだ布団の片側を捲り、ポンポンと叩いた。
「はよう、こい」
「はよう、こいって……いやいやいや!」
いやいやいや。
まさかの同衾!?
しかも彼女が眠るすぐ傍で他の女の人と……なんという背徳感、じゃなくて!
「どうしたのじゃ? はよう、こい」
「しかし……」
「なんじゃ男よ、なんでもすると言ったのは虚言じゃったのか?」
「いえ、そんなつもりは」
「じゃったらはよう、こい。安心するのじゃ、取って食うたりなどせん。ただ男の温もりを借りるだけじゃ。久しく人肌に触れてなかったからのう」
ルメは遠い目で寂しそうにそう言った。
人肌恋しいって、神様でもそんな風に寂しさを感じたりするのだろうか?
俺は不意に、罰ゲームと称して異界の地で預言者として二百年間孤独に過ごしていたのであろうルメを想像して、胸が苦しくなった。
孤独の辛さは、よく分かる。
「ただ、添寝するだけでしたら……」
「ふむ、男がそれでいいならそれでよいじゃろう。とにかくはよう来るのじゃ」
ほんのり笑顔になったルメは、再度布団をポンポンと叩いた。
俺は椅子から立ち、叩かれた部分へ忍び足で向かう。
マリナ、これも君を救う為なんだ。
ただ幼女っぽい元神様と添寝をするだけだ。やましいことなど何もないんだ。
だから、許してくれるよな? ぐふふ。
「失礼しまーす……」
なんとなくできるだけ音を立てずに、俺はルメとは少し離れた布団の端のほうに入った。
と思った矢先に、仰向けの俺に横からしがみ付くようにルメが抱き付いてきて、俺は全身が硬直した。
「ふむ、やはり人間の温もりというのは良いものじゃのう。しばらくぶりじゃ」
「ル、ル、ルメさんは、その、旦那さんとかいないんですか?」
「旦那さん? 伴侶のことかのう?」
俺の右腕にスリスリと頬を擦るルメ。
気絶しそうなくらい良い匂いがして、頭がおかしくなりそうだ。
「そもそも伴侶など必要ないのじゃ。わらわ神たちは、人間のように生殖器による繁栄ではないのでな」
「……ソウナンデスカ」
変に緊張してカタコトになってしまった。
これが神による試練というやつでしょうか。寝れる気がしない。
「まあ尤も、わらわの
「ぃえゃ!?」
たたたた試すってなんですかどういうことですか助けて母ちゃん。
ヘカテーは既にベッドの上でマリナに寄り添うように熟睡中で恐らくこちらの緊急事態には気付いていない。かわいいいびきが聴こえる。
「はっはっは! 冗談じゃよ、男よ」
「あ、は、冗談、ですよね、あはは」
変な汗がドッと全身から噴き出した気がする。
さらに言えばルメの右手は俺の左脇腹に巻きついていて、かなりの密着状態。
いっそ、気を失って早く明日になってほしい。
「まあ、よい。男よ、ここ数日まともに休養できていないのじゃろう。わらわの腕の中で眠るとよい」
ルメがゾ○マみたいなことを言うと、唐突にルメに触れている部分が温かくなり、同時に強烈な睡魔が襲ってきた。
「……しばかり男のこ――――ませて――――が、じゅんす――――ではないようじゃの――――」
俺の右肩付近でルメが何かを言っていたが、睡魔に負けて遂に聞き取れないまま俺は意識を失った。
* * *
次に気が付いた時には、目の前にヘカテーの仏頂面があった。
鼻息が顔面にかかるほど近くにいるヘカテーは、
「やっとお目覚めですわ。一体いつまで寝ていれば気が済むんですの?」
赤と紫の目に軽蔑を込めて俺を見つめているヘカテーに、掠れてしまった声で「おはよう」と告げると、
「ふん、会ったばかりの堕落者のチビと一緒に寝るだなんて、人間はとことんはしたないですわ」
「いや、それはルメさんが強要を」
「ふん、ではお互い一糸纏わぬ姿なのも強要されたのですの?」
「え?」
段々としっかりしてきた意識を頼りに目を回して視界を拾うと、俺の右側で寝ていたはずのルメはいつの間にやら何も着ていない状態で布団から飛び出してうつ伏せになっていた。
可愛いつるっとしたおしりがコンニチワしている。
嫌な予感がしてそろーり掛布団を捲ると、言う通り俺も全裸だった。
なんで? なんで!?
「はしたないですわ。そんなにもソチラ方面の欲が溜まっているなら
「バッ、ち、ちがうよ!!」
俺は恥じらう乙女のように掛布団で身体を隠しながら悲鳴のような声で否定する。
視野を更に広げると、部屋のあちこちに散乱する俺やルメの服を見つけた。
寝ている間に一体何が……。
酒に負けて記憶を失い、気が付いたら全裸で女と寝ている、のような、酒を飲まない俺とは一生無縁だと思っていた状況に、俺は逆に冷静さを取り戻して、
「大丈夫、俺は男だ」
などと意味不明な呟きをしてしまった。
「
「やめて! 本当に俺寝てただけだし、記憶がないんだって!」
「ふん、クズは皆そう言うのですわ。マリナストライアに聞かせてあげる面白い話ができて、
それはシャレにならないって! 剣の餌になっちまう……。
* * *
どうして服が脱がされていたのかを、炊き立ての米を頬張るルメに問うと、
「うむ、わらわは昔から寝相がわるいのじゃ」
とだけ言った。
いや、寝相とかそういうレベルじゃないだろ……。寝相で衣服脱がすか?
「昔じゃが、寝ている間に
超能力レベルの寝相?
とにかく、特に何かあったわけではない (ですよね?)ようで安心した俺は、現在居間でヘカテーとルメと三人で食事をしている。
時刻は十一時半。ちょうどいい頃合いだった。
白米だけで大満足の無垢な笑顔をくれるルメは、なんと経済的な居候だろうか。
元暴食のエリュに居候された日には、俺は破産する自信がある。
ちなみに俺とヘカテーは、先程突貫で俺が作った味噌汁と冷蔵庫にひっそりとあった賞味期限ギリギリの納豆をおかずに白米を食している。
最初の頃は文句が多めだったヘカテーも、ここ最近はなんだかんだこちらの食べ物に馴染んでいるようで、箸を使いこなして食事をする様を見ていると自然と口が緩む。
大きくなったね、ヘカテーちゃん。
食事が終わるといよいよだ。
ヘカテーに片づけとマリナの経過観察をお願いし、俺は家を出た。
手には昨日ルメからもらった金色の欠片を持って、時を司るというルメの弟を探しに。
欠片は最寄駅の方角を差していた。
ルメが言うには、ルメの弟はそろそろもっとも俺の家に接近するであろうとのことだが……。
最寄駅に近づくにつれ、掌の上にのせた欠片の向きが少しずつ曲っていく。
鋭利な矢印のようなそれは、駅を過ぎる前に真横を向き、過ぎると後ろを差した。
要するに恐らくルメの弟は駅の中にいるのだろう。
駅の中に入り、更に欠片の指す方へ歩み進むと、見たことのある店に辿り着いた。
喫茶よしむら――マリナのバイト先。
そして俺はもう一つ大変なことを思い出す。
マリナがバイトできないことを、店長の
指し示す欠片に導かれるまま店内に入ったが、やはりと言うべきか客は一人もいなかった。
案の定カウンターにも誰もいない。月弓は裏だろうか。
「すいませーん」
マリナの無断欠勤を陳謝せねばと声を張ると、数秒遅れて「はいはーい」と聞き覚えのあるだらりとした声が奥から聞こえた。
若干のタバコ臭と共に現れたのは、やっぱり月弓だった。
相変わらずの安定した垂れ目のショートボブで、前と同じコスプレのようなオレンジ制服だった。
「あー! ユウスケくんだ」
「あの月弓さん、あの――」
「こら! ユウスケくん、私に謝ることがあるでしょう?」
月弓は分かりやすく頬を膨らまして怒っている。
年齢的にちょっとキツイのでは、とは言わなかった。というか何歳なんだろ。
「はい、あの……謝りたいことが――」
「月弓さんじゃなくて、
……。
年齢的にかなりキツイのでは、と言いかけたがなんとか喉で
「え、あ、はい、ごめんなさ……じゃなくて、マリナのことなんですが」
「あー、マリナちゃん! いいのいいの、ここはお客さん少ないし、一人でも一応切り盛りできるからねぇ」
「本当にすいません、連絡できずに」
「それで、もう気が済んだの?」
「はい? 気が済む、って」
「えー? だって、マリナちゃんを監禁プレイしてるんでしょ? ユウスケくん変態さんだからさっ♪」
「……」
お前を監禁してやろうか。
* * *
「あらら、そうだったの」
裏の事務所に移動して、マリナが目を覚まさないこと、しばらくバイトに来られないことを説明し終えると、月弓はタバコを咥えながら眉を寄せた。
豊満なバストが喫煙の度に上下していて、俺は少し目線が不安定になってしまう。
「それは大変ね。こっちは大丈夫だから、ユウスケくんも気をしっかりね。きっと大丈夫よ、何かあったら相談してね」
月弓の短い言葉が俺の心に響いた。
感謝で少し涙ぐんでしまった。
「ありがとうございます」
「んーん、そんな大変な状況なのに、わざわざ直接伝えに来たの? 大変な時は電話一本で全然いいのよ」
そうだった、俺はルメの弟探しの途中だった。
「すみません、正直に言うとここに寄ったのはついででした」
俺は言いながら握りしめていた金色の欠片を手のひらに乗せる。
天井の照明を鈍く反射しながら、欠片はゆっくりと向きを変えている。
「げっ」
直後、唐突に
「それ……」
「月弓さんこれ知ってるんですか?」
「知ってるっていうか……うげぇ、それ
たれ目がつり目になるんじゃないかと思うくらいに月弓は目を細めている。
アイツって、まさかルメさんを知っている?
「ルメさんを知ってるんですか!?」
「そうよね、もうそんな時期よね……」
明らかにダウナーなオーラを醸し出す月弓は、半分以上残っているタバコを携帯灰皿に突っ込み、おでこに手を当てている。
そのまま停止し、喋らなくなってしまった。
「えーと……月弓さん? 俺は今、そのルメさんの弟を探しているのですが、何か知ってますか?」
「……」
「多分この辺りにいるはずなんですけど」
「……」
「この欠片が、その弟さんを――」
言っている途中で、俺は金色の矢印状の破片の向く先が、明らかに月弓に向いていることに気付いた。
毛穴が開く感覚と共に、俺は少し横に移動する。
それでも欠片は月弓を指している。
念の為月弓の周りをぐるりと回ってみた。
やっぱり欠片は月弓を指していた。
「えーと、え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます