希望の欠片
「百年前ってどういうことですか!」
「どういうことも何も、そのままの意味じゃ。どのようにかは知らぬが、あの金髪は約百年前のプリュギアから来ているようじゃの」
いいや、そんなはずはない。
確かにマリナは直前の記憶を保持しているし、それにヘカテーは「
「でも、普通百年前から来てたら年齢とか見た目とか……」
「む? わらわも九千万年以上歳を重ねておるが、見た目はこの通りじゃぞ?」
確かに見た目は変な格好の (失礼)幼女ですが、あなた方はぶっ飛んでる存在ですから……。
「恐らくじゃが、あの金髪は前世の記憶を完全に保持したまま新たに地球に転生していると考えるのが論理的じゃろう。まあ、姿形まで全く同一の転生は相当珍しいものじゃがのう」
頭がこんがらがってきた。
「でも転生だとして、現れた瞬間からマリナは十六歳でしたよ? そう言ってました」
「ふむ。まあ、わらわもよう分からぬが、自然の理では有り得ぬ以上、術式の類が関わっているはずじゃ。詳しくは唱えた者に聞いてみるのが良かろう?」
だめだ。
飴乃みなか。
宇宙を統治する概念なら、真相を知っているだろうが。
それを知るよりも先に俺はしなければならないことがある。
「ルメさん! どうにかしてマリナの目を覚ます方法はないでしょうか! ――」
マリナが百年前の人間?
本当は記憶を保持したままの転生者?
そんなことはどうでもいい。
「――その為なら、なんでもします!」
マリナは俺の彼女だ。
初めての、かけがえのない大切な存在。
あらゆる手段を以って救ってみせる。
「……ほう。男よ、言うたな?」
「はい」
「何でもとは、何でもじゃぞ? 覚悟はできておろうな?」
「はい」
ルメは殺傷能力でも宿っていそうな眼力で俺の顔面を貫く。
しかし俺はたじろがない。
希望があるなら、何にだって縋ってやる。
「ふう。折角面倒な罰ゲームから解放された途端にまた面倒事じゃ」
「罰ゲーム?」
「そうじゃ」
ルメは椅子の背に凭れ掛かり、天を仰いだ。
なお、未だに頬には米粒が付いている。
「あの女、アメノミナカヌシとの勝負に負けた罰ゲームじゃ。罰ゲームの内容が、グリース・アステリ星のプリュギアで預言者として二百年過ごすことじゃ」
「罰ゲーム……ちなみにどんな勝負に負けたんですか?」
「む? どちらが先に隕石を呼び寄せられるかの勝負じゃ。自信があったんだがのう」
なんて迷惑な連中だ! 地球を守れよアホ神!
「まあよい。男の心意気を買って、教えてやろう」
目を閉じて格好よく喋っているつもりなのだろうが、頬に米つけてるただの幼女にしか見えない。
気になって気になって仕方がない俺は、
「あ、すいませんちょっと失礼」
などと言いながら米粒を取ってあげた。
すると切れ長の目を真ん丸にしてルメは俺の顔と米粒を持つ手を交互に見て、徐々に顔を赤らめていった。
おお、神様が照れている。
「わざとじゃぞ!? あとで食べようと頬に保存したのじゃ!」
それはちょっと苦しいですよルメさん。
顔真っ赤ですし。ちょっと可愛い。
* * *
ルメから言われたのはこうだ。
まず前提として、目を覚ますためには希望を取り戻さねばならない。
眠る者に残された感覚は主に視覚。確かに、夢を見ることはあるのでそれは納得できる。
その二つを踏まえ、眠っているマリナに希望を取り戻すような映像を見せるしか方法はない、とのことだった。
「あの赤髪のチビ、そのような力に長けているじゃろう。あの者ならそのような術……今は魔法と言ったほうがよいかのう。その力でできるはずじゃ」
ルメにそう言われた俺は、確認の為ヘカテーに訊いたところ、
「
やはりそんな魔法を使えるようだ。
ちなみに操魔法らしい。冥魔法との違いがよく分からん。
「でも、何を見せればいいんですの? 私もある程度実際に経験のある映像でないと、効力は弱そうですわ」
ここでルメに言われたもう一つの言葉だ。
「わらわは異次元移動を得意としておるのじゃ。プリュギアまで容易に移動させることはできるじゃろう。じゃが、時を戻す
そう言ってルメは頭に付いている太陽のような髪飾りの欠片をポキッと取って俺に渡してきた。
マウスのカーソルのような形の破片は、俺の手のひらの上である一方の方角を指示していた。
「その方角に進んで行けば、わらわの弟の一人に会えるはずじゃ。時を司る
ルメが教えてくれたことを要約するとこうだ。
時を司るルメの弟を、ルメの元に連れて行く。
ルメの弟と共に、ルメの力でプリュギアに行く。
プリュギアにて、ルメの弟の力で百年前に行く。
そこで、何かマリナの希望となり得る情報や事実を獲得し、それをヘカテーの
…………。
ルメに弟がいるんだとか、しれっと時間遡行できるんだとか、希望となり得る事実が見つけられるのだろうかとか、いろいろと言いたいことは山ほどあったが、あれやそれよりも声を大にして言いたいことが一つ。
俺、
いや、助けられる可能性があるなら何でもするけどさ。
まさか自分が異世界に行くことになろうとは……。
これじゃまるで本当にライトノベルの世界だよ。いやまあそうなんだけど。
「何を一人ブツブツ言ってるんですの、人間。気持ち悪いですわ」
ヘカテーから向けられる冷たい目も気にならない程、俺の胸は高鳴っていた。
「そのヘカテーちゃんが使える
「ふん、当然ですわ」
ヒクッと上目蓋を動かした後、ニヤリとしながらヘカテーは返事をした。
「私はマリナストライアの為ならなんでもしますわ。どんなものも人間も、利用しますわ」
「分かった、ありがとうヘカテーちゃん」
「ふん、人間の為ではないですわ。あの堕落者のチビに何を言われたかは分かりませんけど、アレの
賭ける、だなんて言わないでくれよヘカテー。
きっと、いや、必ず助けてみせる。
窓から差し込む夕日に煌めく俺の手のひらの上の欠片を見つめて、俺は強く決意した。
先ずは、時を司る弟探しからだ。
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