オオヒルメノミコト
「アメノミナカヌシとの契約でグリース・アステリ星のプリュギアにて二百年間預言者として過ごしていたのじゃ」
おかずもなしに炊きたての白米のみを美味しそうに頬張る黒髪幼女は、これまたぶっ飛んだことを言い放った。
そして俺は飴乃みなかの言葉を思い出す。
――うん☆ 今ね、具体的には二百年くらい前から、地球には神様は居ないんだよねー☆ 出張中っていうのかな?☆
――地球の神様の出張先が、マリナちゃんの世界なの☆
要するに、居間でテーブルについて白米をもぐもぐしているこの目の前の幼女は、二百年前にマリナの世界に行き、プロフェットとして過ごし、役目を終えて戻ってきたということか。
この幼女がアメノミナカヌシと呼ぶ人物は、飴乃みなかのことで間違いなさそうだ。
「それで、お名前はなんて言うんですか?」
「名前のう。二百年前はここでは何と名乗っていたか。卑弥呼……と名乗っていたのは千八百年前くらいじゃったか。
ちょっと待ってお嬢さん。
白米ほっぺに付けて、すんげえこと言ってますけど。
「失礼ですが、おいくつですか?」
「いくつとは、年齢のことじゃな? んー、億はまだいってないはずなのじゃが、よくおぼえとらんでのう」
あー、すごく長生きってことでいいです。もうぶっ飛んだ存在にも慣れてきました。
「それで、その…………えーと、なんてお呼びしたら?」
「そうじゃのう。んー、では
今風ねえ。凝り過ぎて少しイタイ源氏名か年寄りチックな名前にしか思えん。
「では、ルメさん。訊いてもいいですか?」
いつまでも白米を頬張る幼女に、俺の本来の目的についての懸案を含めて訊くことにする。
ちなみにヘカテーには部屋に残ってマリナに付き添っていてもらっている。
「なんじゃ。面倒事でないならよいぞ。旨い田の実の礼もあるしのう」
「ルメさんが最初に言ってた、無理な相談っていうのは、飴乃みなかさんを呼ぶのが無理ってことですか?」
「その通りじゃ」
「どうしてですか?」
「あやつは今地球にいないからじゃ。わらわがこうして地球に戻ってきたというのがその紛れもない証拠じゃ」
――今は地球に不在の管理者の代わりに、地球に住んでまーす☆
飴乃みなかの星ばんだ声がフラッシュバックする。
そう考えれば、エリュが地球の神になった時点で地球を去っている可能性があるのか。
「そんな……」
でも待てよ、この目の前の幼女、大火ルメも、元神様ってことだよな?
外見はどう見ても異色な格好の幼女だけど、
「ルメさん、マリナをなんとかできないでしょうか」
というか俺、現実離れした状況や存在に慣れ過ぎじゃないか?
神とか概念とか異世界とか、他人に話したら確実に精神科を勧められるだろうな。
「マリナとは誰じゃ? あの半死の金髪のことかのう?」
「え……半死って」
ルメは頬に白米を二粒付けたまま、厳しい顔付きを俺に向けて、
「そうじゃ。さっきの部屋に寝ていた女じゃろう? どこかで会ったことがあるような――」
「マリナは生きています! 呼吸もしているし、体温だって」
「じゃが、暫くあの状態が続いてるんじゃろう?」
「それは……」
声が震えた。
元神様に、自分の恋人が半分死んでいるなどと言われれば無理もない。
「旨い田の実のお礼ついでに教えてやろうかのう」
ルメは目を閉じてそう言うと、一つ大きく深呼吸をしてから再度口を開いた。
「男よ、人間はいつ死ぬと思う?」
「いつって、それは人によって、様々というか」
「訊き方を変えようかのう。人間はどんな時に死ぬと思う?」
「寿命だったり、病気だったり事故だったり、でしょうか」
「そうじゃな。七十点の答えじゃがまあそれでいいじゃろう。厳密に言うと、身体の機能が完全に停止した時じゃ。その原因は男の言う通り様々じゃがな。ではもう一つ。悪魔などの魔族といわれる存在はどんな時に死ぬかは知っているかのう?」
「え、違うんですか」
「違うのう。まあ地球には
どうしてか心地よい声のルメは、綺麗な茶色い瞳を真っ直ぐ俺に向けている。
幼女相手に少し照れてしまっているなんて、マリナには絶対見せられないな。
まあ幼女って年齢じゃないんですけどね。
「例外もあるのじゃが、魔族は基本、己の希望が無くなった時に絶命する。無意識的にしろ魔族は必ず信念に近い希望を持って生まれ出ずるのじゃ。それは忠誠を誓う魔王の為のものなのか、己の欲望なのか、基本はその二つじゃ。稀に特例もあるみたいじゃがのう」
ルメは最後の一文を何故か疎ましそうな顔で言った。
「あの金髪からは魔族の匂いがするからのう。何か心当たりはないかのう? あの金髪が希望を失ってしまうような出来事じゃ。絶望してしまう出来事でもよい」
ああ――ガッツリある。
自身が勇者の子孫であり、それを幼少より聞かされて育ったマリナ。
その勇者である両親を殺し、国や国民に実害をもたらしている悪魔を根絶やしにするために心も体も鍛え、その信念を持っている。
実際には地球に転生をし、プロフェットのお言葉――目の前の幼女が言った言葉なのか――に従って俺に付き従うことにはなったが、悪魔は許せない、勇者の子孫という信念はマリナの中で変わらずに在ったはずだ。
それが――。
本当はマリナの母親は半魔――魔族の血をひき、マリナ自身にもその血が流れている。
今まで許せなく根絶やしにしようとしていた魔族の、その血が自分に流れていると知った時のマリナの途方の無い絶望。
「多分、マリナは自分が魔族の血を引いていること自体に絶望したんだと思います」
「ふむ。まあ理由はどうあれ、人間としては生きておるが、魔族としては死んでいる状態じゃな」
「ルメさん、どうにかできませんか!? このままマリナが目を覚まさないのは嫌です!」
「そうやって人間どもはすぐに神に縋る。己自身の力で何とかしようともせずに、何とも他力本願な存在じゃのう」
ルメの蔑むような眼が浴びせられた。
「太古の時代からそうじゃ。雨を降らす為にわらわに祈り、生贄を捧げ、耳の痛い念仏を唱え、供物を祀る。そうまでしてわらわに縋る人間どもは、己の力で何をしてきたのじゃ?」
唐突な厳しめの口調に、俺は何も言えなくなった。
「祈りの依り代にするのも結構、信仰の対象に定めるのも好きにするがいい、じゃがのう」
ルメは頬に米粒を付けたままだが、オーラの感じ取れない俺でも確かな威厳が伝わってくる。
「わらわはこの星の為の神なのじゃ。そこに巣食う人間の為の神、ではない。穿き違えて
どこかで聞いたような言葉だ。
そう、地球の新たな神に成りたてのエリュも同じようなことを言っていたな。
「じゃが、奇跡の象徴としてわらわが人間の心根に座ることで、人間という生物は真に奇跡を起こしたりするものじゃ。人間はそのようにできておる。故に信仰や祀ること自体を否定したりはせぬ。そのように考えれば人間という存在は、長きを生き
そうは言われてもだ。
俺に何ができる?
神力や魔法を持たない人間の俺には、マリナの目を覚ます術がない。
マリナの絶望は、覆らない事実に基づいている。
マリナが魔族の血を引いていることも、母親が半魔であったことも、勇者の子孫ではなかったかもしれないことも、全て覆らない事実だ。
このままではマリナは目を覚まさない。
それこそ、奇跡でも起こさなければ。
「どうすれば……」
俺は拳を痛くなるくらい握りしめて、強く目を閉じた。
奇跡など起こせるような人間ではないことは自分が一番わかっている。
それでも、このままなんて嫌だ。
マリナは俺の彼女なんだ。
眠ったまま、なんておとぎの世界の住人になんてしたくない。
「ふむう、しかしどこかであの金髪を見たことがあるような……」
唸るルメに、俺はマリナのことを伝えることにした――
「マリナは言ってました。プロフェット、つまりあなたに十五の時にお言葉を貰ったと。それで俺と一緒になってくれているんです」
「なんじゃ、プリュギアの子であったのか……ふむう」
――のだが、それは予想とは大きく違う事実を知らされることになった。
「おお、思い出したのじゃ! わらわは確かにあの金髪の子に言葉を授けたのう――」
俺がここまで、マリナのことを転移者ではなく
「少し懐かしいのう。マリナストライアじゃったか。今から百年近く前のことじゃったな。真っ直ぐな女子じゃったのう」
「えっ」
飴乃みなかに『グリースの四半魔』について俺が問うた時の反応。
――実話? というと、マリナの世界で起きた事を書いた話ってことですか?
――うーん、正確には教えられないけど、大体そんな感じー☆
マリナはこの時間軸の人間ではない。
それがヘカテーが発動し、飴乃みなかが存在ごと消失させた
マリナ達は、約百年前のプリュギアから現代の地球に転生した、転生者だった。
その事実を、俺や、無自覚であったヘカテーは、この後知ることになる。
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