グリースの四半魔

 夜の十時を既に回った俺の家の居間で、俺はつかさとテーブルで向かい合っていた。


 あんなことがあった直後だというのに、なぜこうしているのかと言えば、つかさに訊かなければならないことが二つほどあったからだ。

 特別急ぎの質問ではないが、ものはついでである。


 かれんは先に帰り、マリナはお風呂を沸かしに行ってくれている。

 という訳で早速訊きたいところなのだが。


「ヘカテーちゃん、そろそろテーブルから降りてくれない?」


 そこまで妹扱いがショックだったんですかね。未だにテーブル上で落ち込んでいる。


「所詮男はそういう生き物……やはり私にはマリナストライアしかいませんわ……」

「あのー、ヘカテーさまー?」


 俺がヘカテーの耳に少し近づいて呼ぶと、ヘカテーは顔だけを俺にのっそりと向けた。


「あら、まだいたんですの、おっぱい星人」

「おっぱッ! 何だよそれ! それにまだいたってここは俺んちだ!」

「確かにマリナストライアはそれなりに大きな胸ですものね。私や秋山つかさは慎ましやかだから眼中にない、というわけですのね」

「ふーん、ユウスケはおっぱい星人なのか」


 こら、つかさも乗っかってこないで!

 そりゃ無いよりは有ったほうが……ってそうじゃなくて。


「そんなことより、俺はつかさに訊きたいことが」

「そんなこと? そんなこととは聞き捨てなりませんわね」


 ヘカテーの赤と紫の瞳がじっとりと俺を睨む。

 つかさも心なしか俺を睨んでいる気がする。勘弁してくれ。


「分かった分かった! 今度好きな食べ物でも買ってあげるから! 今はつかさに質問をさせてくれ」

「……ふん。まあいいですわ」


 ヘカテーはようやくテーブルを離れ、肘枕の姿勢で空中を浮遊し始めた。


 あらためてつかさと面と向かい合う。

 俺の唯一の親友。ショートボブで女の子らしい格好で、見慣れ過ぎて失念しかけていたが相当整って可愛い顔立ち。

 そんなつかさが昔から俺のことを好いてくれている。

 その事実が蘇り、俺は鼓動が早くなり顔が熱くなるのを感じた。


「おーい、黙ってどうしたーおっぱい星人」

「それやめてくれよ!」

「あはは、冗談だよ冗談! んで質問ってなんだー?」

「ああ」


 直近で訊きたいと思っていたことは二つ。

 まずは軽いほうから訊くことにしようか。


「まずは、マリナにバイトを紹介してくれてありがとうな」

「おう、マリナちゃん本当良い子だよなー。全部ユウスケの為に、だもんな」

「それはまあ、本当嬉しいというかありがたいというか。んで、あの店長、月弓さんって言ったか。つかさはあの人とどんな関係なんだ?」

「どんな関係、なんだろうな?」

「ん? 俺が訊いてるんだけど」

「あーうん、俺もよくわからねえんだ。いつの間にか仲良くなってて、いつの間にか連絡先交換してて。よく覚えてないんだよな」

「なんだそれ」

「いや本当な。昔っからの知り合いな気もするんだけどよ。でも最近知り合った気もするって言うか」


 何それ怖い。顔が広いってのも考えものだな。


「よく分からないが、あの人の下ならマリナを安心して任せられる気がするな」

「それなんだよな。なんか妙に信頼できるって言うか。根拠はねえんだけどよ」

「とにかく、良いところ紹介してくれてありがとうな」

「今度一緒に行こうぜ? マリナちゃんの制服姿見てえしよ!」

「そうだな」


 つかさのいつも通りの笑顔と口調。

 いつもと変わらないことがこれほど嬉しいと感じたことはない。ありがとうな、つかさ。


「それともう一つ」


 さて、本題だ。

 俺はふわふわと浮くヘカテーを一瞥してから、ちょっぴり目の腫れ気味なつかさの目をしっかと見据えてから、


「つかさ、お前思い出したんだろ? 魔族について」

「え! 何のことだ?」

「『グリースの四半魔』に出てくる魔族のことだ。今地球に三人の魔族がいるってことは前話したよな? ヘカテーちゃんとエリュちゃん。もう一人が誰なのか、俺は知らないといけない」

「いやー、俺も思い出したいところなんだけどよー。なにせ昔のことだからなー」


 明らかに目が泳いでいるつかさ。昔から嘘は下手だ。


「残念ながらそれは通らない。な? ヘカテーちゃん」

「ふん。秋山つかさ、あなたには悪いですけど、魔法で心を聴かせていただいたのですわ。そこであなたが魔族について思い出したことが分かっていますわ」

「おいおい、なんだよそれ。人の心を聞く魔法とか、そんなのズルくねえか」

「勝手に聴いたことに関しては謝る。だけど、思い出したなら教えて欲しい。もしかしたらそれが今地球に居る三人目の魔族かもしれないし、それが分かれば――」


 ――マリナを元の世界に戻してあげられる何かしらの足掛かりになるかもしれない。


 俺は口にはしなかったが、胸の奥底で鈍痛を感じていた。

 

「なあユウスケ。あんまり言いたくないって言ったらどうする?」

「オーホホホ! その時はまた心情カーディア・具現メタトロフィを使って強引に聞き出すまでですわ」

「……そうか」


 顔を曇らせるつかさを見て、嫌な予感がビリビリと脊髄に迸る。

 そしてヘカテーの言葉も思い出す。


 ――でもあの言葉の汚い女の方が強く思念してまでひた隠すのですわ、きっと何か簡単にはいかない理由があるのですわ。心して問うことをおすすめしますわ。


 俺は大きく息を吐いてから、


「頼む、教えてくれ」


 真っ直ぐにつかさを見つめて訊いた。

 数秒目を泳がせていたつかさも、意を決したのか俺を真っ直ぐに見返してきた。


「わかった。記憶だから完全ではないけど、多分間違いはないと思う」


 つかさはそう言った後、辺りをきょろきょろと見渡してから身体を前に乗り出した。


「俺が読んだ『グリースの四半魔』に出てきた悪魔……魔族は、三人。一人目は純悪魔のエリュアーレ。二人目は半魔のヘカテー」

「は? わたくしが、半魔?」

「ああ。確か人間とのハーフて書いてあったと思うな」


 ヘカテーが空中でピッタリと動きを止めた。

 明らかにショックを受けている顔だが、俺はつかさに「続けてくれ」と言った。


「三人目は、四半魔。クオーター? ってやつだな。そいつの母親の母親が悪魔だって、あとから分かるんだ」

「四半魔、タイトルにもなってるな」

「ああ。その通り、そいつがあの時俺の思い出した魔族だ」

「それで、何て名前なんだ? その四半魔は」


 冷や汗が、何かを俺に暗示している。


「タイトルになるくらいだから、主人公だよ。主人公が実は悪魔の子孫だってことが後々に分かるんだ」

「主人公って……まさか」

「ああ。主人公の名前は前も言ったよな? 十六歳の少女、マリナストライア・ヘイリオス。――マリナちゃんだ」

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