◆回想 ユウスケ・つかさとの出会いまで
中学校に入るまで俺はごく普通の男子生徒であったと思う。
そうでなくなったきっかけは中学二年の時にたまたま出会った一冊のライトノベル。
山嵐先生の『
引退する部活の先輩から頂いた物だった。
自分で言っていてアレだが俺はあまり信心深い後輩では無かったため、最初は読む気などサラサラなかったが、部屋の片づけがてら断捨離をしていた時に『捨てるくらいなら少し読んでみてからにするか』などと思ったのがきっかけだった。
結果、野球しか能が無かった俺にとっては、それは人生に革命が起こるほどのものだった。
キザでクール、しかし熱い信念を持つ主人公の生き様、戦い様に、俺は心底惚れた。
こんな風になりたい、こう見られたいと思った。
手っ取り早く俺は主人公の真似をすることにした。
言葉遣いや、よく食べている物を真似したり、挿絵にあるイラストに近い格好をしたり。
俗にいう成りきり型の中二病というやつだった。
群れを好まない性格の主人公であった為、俺もそれに倣って孤独を選んだ。
ぶっきらぼうな口調も真似した。
そうしているうちに、気づけば俺の周りには誰も居なくなってしまった。
よく遊んでいた友達も、同じ野球部のやつも、まともに話すことが無くなった。
当たり前と言えば当たり前だ。自分で孤独を作り出したのだからな。
そんな中二病期間も一年足らずで終わりを告げることになった。
しかしながらどうだろう、主人公になりきるのをやめても、失った交友関係が戻ることはなかった。
周りに根付いた『あいつは頭がおかしい』というレッテルは剥がれることはなく、俺は中学生活の残り数か月を
ほぼ、と言うのも、奇跡的に野球部の後輩に俺と同じ様な趣味のやつがいたからである。
そいつもライトノベルを読んでは主人公に共感し、真似や模倣をすることが好きだった。
クラスで孤独でも、部活に出ればそいつが大抵話し相手になってくれる。
「ユウスケ先輩、俺はユウスケ先輩が
最後の夏の大会が終わり、三年は引退という時にその後輩に言われた言葉。
俺はもう中二病は卒業したが、ここまで良くしてくれた後輩に最後の感謝をこめて、力いっぱい俺は声を作って叫んだ。
「女を泣かせる奴はァ、悪魔だろうが神だろうが容赦しねえ! 蒼き翼に誓ってな!!」
「うおぉお、ユウスケ先輩かっけえっす! その信念、ずっと貫いていってくださいっす! ありがとうございました!!」
その時は恥ずかしさのあまり鳥肌が発射されるんじゃないかと思ったね。
よくもまあ一年近くもこんなキャラで生活していたもんだ。
それでも後輩の心からの笑顔が見れて俺も嬉しかった。
こんな笑顔の為なら、俺は本当に蒼き翼の信念を持ち続けてもいいかもな、なんて名残惜しくも思ってしまったのを覚えている。
* * *
数か月が経ち、俺は無事に高校生になった。
俺が過ごした中学校からの入学生はほぼいなかった。
寂しい中学生活を過ごした俺は、高校こそはと意気込んでいた。
中二病は卒業、普通に友達を作って普通に高校生活を楽しみたい。
そんなひっそりとした夢は、一瞬で打ち砕かれることになる。
それは入学式から三日も経たないある日。
車道の隅に敷き詰められたような桜の花びらが風に踊るのを眺めながら校門に着くと、傍の桜の木の元に一組の男女の姿が目に入った。
樹を背にして凭れ掛かる小柄な女子に壁ドンスタイルで覆いかぶさるようにしている長髪長身の男。
リア充は一刻も早く爆発してくれよ……と念じながら大げさな呼気と共に通り過ぎようとした時に、小さく聞こえてきたのは、
「やめて、ください……」
女子の泣き声だった。
「えー? 大丈夫、俺は見かけより清純だからさ。色んなこと教えてあげるからさ、どう?」
「あの、やめて……ぐすっ」
ピタリと俺の足が止まる。無意識だった。
俺は別に元々正義感が強い人間でもなければ、不正を許せない潔癖症という訳でもない。
嫉妬したわけでも、風紀を整えようとしたわけでもない。
中学生活後半の俺の心を支えてくれた、後輩の言葉を思い出したのだった。
「おい」
考えるより先に身体が……なんてのは本当にあるんだな、と自分でも思った記憶がある。
「んあ? 誰? キミ」
樹から手を離した長身男は、想像以上に大きかった。ガタイもいい。
――俺はユウスケ先輩が
「そこの女の子、泣いてるじゃないか」
女の子は両手を顔の前で握りしめ、目からは水脈が見て取れる。
長身の男はちらっと女の子を見てから俺に向き直り、
「ああうれし泣きってやつじゃね? てかキミ誰だよ、邪魔しないでくれる?」
――その信念、ずっと貫いていってくださいっす!
不思議なことに、その時俺は今までにないくらい力が湧いてきた感覚があった。
まるで
「女を泣かせる奴はァ、悪魔だろうが神だろうが容赦しねえ! 蒼き翼に誓ってな!!」
「はあ? キミ何言って――ブフォッ!!」
自分でもどうやったかよく覚えてはいない。
我に返ると長身の男は少し離れたところで顎と口を押えて倒れていた。
次に自分の右拳に鋭い痛みが走った。俺が殴ったのか。
樹にぴったりと身体を付けていた小柄な女子は、両手で眼以外を覆って立ち尽くしている。
後輩よ、俺は君との約束を守れたかな。信念を貫けたかな。
間もなくして、教師が二人駆けつけてきて、俺は連行された。
登校中の生徒数名の証言により、俺は暴力行為で入学早々一ヶ月間の停学をくらった。
* * *
停学中は地獄だった。
外出は制限され、毎日昼夜二回、代わりばんこで教師が自宅に訪問してくる。
面談の他にも膨大な量の反省日誌、反省文を書かされた。
親からとやかく言われることはなかったのは救いだったが、それでも復学までの一ヶ月で俺は流石に冷静になれた。
信念もいい、約束もいい、ただ社会のルールを無視したのは自分だった。
遅すぎるくらいの精神的成長と共に復学した俺を待っていたのは、これまた地獄だった。
俺が謹慎していた入学から一ヶ月の間に、ある程度学年内には交友関係は構築されており、俺が絡める場所は無かった。
俺に近づく者はいない。ヒソヒソと聞こえる『暴力野郎』という声。
復学した俺は、『暴力野郎』という
孤独にはなれていた、寧ろ望んでいた、なんて黒猫みたいなことを言えたら楽で良かったかもしれないが、夢を持って入学した高校生活も、やはり中学生活後半と大差なくなってしまった。
さらに言えば、停学したことで部活動に入るタイミングも失っている。
したがって奇跡的に気の合う後輩などが今後できるなんてこともあるはずもない。
完全な孤独だった。
しばらくの間、暴力野郎として孤独な高校生活を過ごしていて気づいた事が一つ。
いかに中学時代のあの後輩が俺にとって救いだったか、ということだ。
自席で独り読書をしていても、陰口やあからさまな避け方をされても、中学時代なら溜まった鬱憤を吐ける後輩が一人いたのだ。
それが
それは想像以上に地獄だった。
全校生徒、教師にすら軽蔑を込めた目で見られ続ける生活。
縋るようにして読むライトノベルですら補いきれないマイナスな感情。
日々心が擦り減っていく中、春がまた来て二年次に進級した。
クラス替えがあっても、やっぱり教室に俺の居場所はなかった。
もう学校に行きたくない。
義務教育ではない高校、やめてしまおうか。
春だというのに、後ろ向きな感情が積み重なっていく中のとある昼休み。
「それ、山嵐先生のラノベだろ? お前センスあるな!」
女の声が聞こえた。まさか、俺に話しかけてるとは最初思わなかった。
「おーい、お前聞こえてんのか?」
視界は文字列の俺は、肩を斜め後ろから強めに叩かれた。
実に数年ぶりの自分へのアクション。戸惑ってしまうのも無理はなかった。
「あ?」
気付けば俺はそう言ってガンを飛ばしていた。救いようがないね。
飛ばした先は小柄目な女。制服を着崩し、スカートを折り、クラス内でも権力を持ってそうな女――そんな印象だった。
「それそれ、その本。『最終的には妹が最強の敵』だろ? それマジで面白いよなあ」
腰まで伸びる髪を揺らして、俺の読むラノベを覗き込んでくる男勝りな口調の女。
きっとこいつは俺のことをよく知らないんだな。この春のクラス替えで初めて一緒になったわけだしな。
「お前、俺と関わらない方がいいぞ」
「はあ? なんでだよ」
「俺が誰だか知らないのか?」
話しかけてきたのが嬉しいはずなのに、突っぱねてしまうのは俺の愚かさだろうか。それとも優しさだろうか。
「しらねえ。けどソレ読む奴に悪いやつはいねえって!」
無知ってのは怖いものだ。俺が暴行野郎と知ったら話しかけすらしないだろうに。まだ知らないやつもいたんだな。
「俺は入学早々停学くらってるんだ。暴力でな。誰も俺に近づきすらしない。関わっているところ見られたらお前も嫌な噂されんぞ? ……わかったらどっかいけよ」
この女の為だ、これでいいんだ、と思いながらも俺は後悔がトルネードのように脳内で暴れ回る。
普通の高校生活、とまではいかなくとも、せめて地獄から這い上がれるチャンスだったかもしれないのに。自分から突き放していては世話が無い。
「へえ……停学か。んで、お前他にラノベ何読んでる?」
「は?」
「山嵐先生の作品以外に好きなのあるか? 俺は飴乃みなか先生が好きだぞ! 『転生先の違和感』ってのが最近出たんだが、これが面白くてよ――」
「お前、話聞いてた? 俺と関わらないほうがいいって言ってるだろ?」
「でも、お前ソレ好きで読んでるんだろ?」
「だったらなんだよ」
「ソレ読む奴に悪いやついねえって! んで、他に何読んでるんだ?」
「あのなあ……」
必死の抵抗
「おっと、またあとでな!」
女は長髪を揺らして去っていった。
心臓が激しく四つ打ちを刻む感覚が残る中、俺は書店のくすんだベージュのブックカバーを外して表紙絵を見る。
ダンテちゃんという妹キャラの一人が、なぜだか『大丈夫』と言っている気がした。
それからも女は何度も何度も俺に付きまとった。
その女の為を思って、俺は何度も突き放すが、聞いちゃいない。
「俺諦め悪いんだよ。そろそろ観念しやがれよぉ?」
一ヶ月以上そんなやり取りが繰り返されて、俺はその女と普通に話をするようになっていた。
事あるごとに俺の席に来ては俺の読むライトノベルについてや、自分の最近読んだライトノベルについてつらつらと話してくる。
まだ読んでない作品のネタバレをしてきた時には俺は本気で怒ってしまったこともある。
地獄だった高校生活は、この女のおかげで変わった。
相変わらずその女以外は俺に近づきすらしなかったが、たったひとり、心を許せる人間ができるだけで、こうも心は救われる。
噛みしめるように痛感しながら、俺は高校生活を過ごしていった。
その女こそが、秋山つかさである。
暴行野郎という外れないレッテルを背負いながら望まぬ孤独に苛む俺を、突き刺す視線や蔓延る陰口の地獄から救い上げてくれたのが秋山つかさだった。
もしかしたらつかさにとっては、俺はただのライトノベルの話ができるヤツ、くらいなのかもしれない。
ただ俺はそれでもいいと思えるくらい、つかさに救われた。
感謝してもしきれない程、つかさには恩を感じている。
俺の荒む心を持ち前の明るさと笑顔で優しく
高校生活終盤、諸都合で俺は一人暮らしをするようになった。
そのことをつかさに告げると、それから週末になる度に良く家に来るようになった。
家事全般を教えてくれたり、差し入れを持ってきてくれたり、特に用の無い時もつかさは俺の家に上がるのが習慣になった。
最初こそドキリとしたのは否めない。だがつかさは本当にサッパリとさばさばとしていて、男よりも男勝りで次第に違和感はなくなっていった。
「いいよいいよ、ほら友達だろぉ?」
一度俺が風邪で寝込んだ時に看病をしてくれるつかさに向けて、迷惑を掛けていないかと一抹の不安を覚えて訊いた時にはそう返ってきた。
友達――いつぶりの言葉だろう。
太古の時代に俺にも存在し、最近はかけ離れて輪郭すら思い出せないものだった。
わけのわからない感情が数種類湧き出て、自然と目から水分が出てきたのを布団で必死に隠したのを今でも覚えている。
間違いなく、俺にとって恩人だった。孤独な俺は本当に救われた。
高校を卒業するときに俺はある程度覚悟をした。
俺は就職、つかさは大学へ進学。
今まで通りって訳にもいかない。後は自分の力で、孤独や労働と戦いながら生きていくしかない。
幸い、連絡することができる
と思っていたのだが。
「おーっす、ユウスケ。おじゃまするぞー! 今日はシュークリーム持ってきたぜ! 先週出た飴乃先生の新刊もう読んだかー?」
卒業してもつかさの来訪の習慣は有り難いことに変わらなかったのだった。
変わった事といえば、つかさが長かった髪をバッサリと切ったことくらいだ。
何かあったのかを問うても気分の一心としか答えてはくれなかったが、それはまあいい。
生活環境が違えても、俺とこうして交友を続けてくれるつかさには一生感謝をし続けよう。
つかさの為なら俺もできることはしてあげよう。
唯一の友達に俺はそう誓った。
ただ――。
いつしかそんな日常に俺は慣れ過ぎて、麻痺してしまっていたのかもしれない。
二人で一緒に家に居ても特に何も感じない。空気のような存在。
当たり前、という単語を勝手に当てはめて、違和感のない居心地の良さに甘えて、本質や裏を模索し追求することを放棄していた。
行動の原理や、真の意味。
つかさが本当はどう思っているか、を。
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