かれん乱舞

 結論から言うと、今目の前で黙々とショートケーキ頬張る黒パーカの少女は三人目の魔族でもなければ、異世界から来たわけでも、ましてや神や概念といったぶっ飛んだ存在でもなかった。

 純粋なる地球生まれ地球育ちの人間。そして――。


「秋山かれん、つかさお姉ちゃんの妹です」


 頬に白いクリームを付けながら笑顔と真顔を混ぜたような顔で再度少女はそう名乗った。

 つかさ、アイツ妹いたのか。


「それでかれんちゃん、どういうことかな? 許さないってのは」


 テーブルを挟んで俺はかれんに問う。

 こいつは俺のことをと言い、マリナのことをと言い、俺ら二人を許さないと言っていた。

 またあれか? 前世の恨み的なやべえ話か? これ以上厄介な話になるのは御免被りたい。魔族やら神やら概念やら、今の現状ですらキャパシティはとっくに限界値を超えているというのに。


「ユウスケさんは、心当たりはないのですか? 自分がしたことに!」

「えー……んー特には」

「罪の意識もゼロですか! やっぱりユウスケさんは最低です! 尚更許せません!」

「き、貴様! ユウスケ様を悪く言うとただでは済まさんぞ!!」


 テーブルに着く俺の後方に守護霊のように立つマリナが、かれんの怒号に耐えかねたのか負けじと咆哮した。


「とにかくさ、何に怒ってるか分からないと話し合いにすらならないから、説明してくれる? マリナ、コーヒー淹れてくれるかな」


 睨み合うかれんとマリナを遠ざけようと俺は思いつきで提案した。穏やかに事を進めるに越したことはないしな。


「あの、コーヒーはちょっと」

「かれんちゃんコーヒー苦手?」

「いえ、砂糖とミルクをたくさん入れてくれたら飲めます!」

「だってさ。マリナごめんね、お願いしていいかな」

「はい、ユウスケ様のお願いでしたら何なりと」


 マリナは口ではそう言ったが、怪訝な目をかれんに向けながら横を通り過ぎてキッチンに向かっていった。


「罪の意識って、俺そんな大変な事しでかしたのかな」


 俺はあらためて頬にクリームを付けるかれんに訊く。


「ユウスケさんは、お姉ちゃんのことをどう思ってますか?」

「どうって」


 水分を吸収してじんわりと広がっていくように、少しずつ俺はかれんの言うことの輪郭が見え始めた。


「お姉ちゃんの気持ちを無下にしてあの金髪の人と付き合ったユウスケさんを、私は絶対に許しません!」


 どうやらやっぱり俺は勘の良いガキだったようだ。


 * * *


 厄介なことというのは、放置していても見て見ぬ振りをしても、必ずどこかで形になって自らに襲い掛かってくる。

 それは分かっていたはずだ。小さな頃から幾度も経験してきた。


 分かっていたはずなのに、どうして放置した? 忘れようと努力をした? 無かったことにしようとした?

 結論を言えばこうだ。

 つかさの言葉に甘えていたから。


 俺は頭の中につかさの映像が浮かんだ。

 野球をした中学校の倉庫での表情。ライトの下で陰影をつけて異様な雰囲気を醸し出していたときの表情。


「まさか、知らなかったとは言わせませんよ。ラブコメの主人公じゃありませんし。お姉ちゃんがどんな気持ちでユウスケ様と会っていたか、考えたことありますか」


 かれんの言葉は俺の鼓膜を揺らすが、意味を上手く咀嚼できずに文字だけが物質化して頭蓋骨の中に溜まっていく。


「高校生の時からずっと、です。ユウスケさんの為に努力しているお姉ちゃんの姿をアタシはずっと見てきました。それなのに、それなのに」


 かれんはちらりとキッチンに居るマリナを一瞥し、すぐに俺に向き直って、


「どうしてあの人とくっ付くんですか! お姉ちゃんは何の為に……」


 綺麗な黒い長髪をはらりと垂らしてかれんは少し俯いた。


 俺がつかさの気持ちを明確に感じ始めたのは、マリナと付き合った後だった。

 だがそれ自体も言い訳に過ぎないのかもしれない。

 明確でないにしろ、心の奥底で不透明な感情が発生していたのは否めない。

 ただ気付かないふりをして、放置してきた。


 ――お前の親友だ。安心しろよな、ユウスケ。


 つかさの言葉に甘えて。


「お姉ちゃんが、どれだけユウスケ様の為にたくさんの事をやってきたか、分からないんですか!?」


 涙目で前のめりになりながらかれんが声を荒げる。


 知ってるさ。俺はつかさに救われた人間なのだから。


「お姉ちゃんというのは師匠のことですよね。ユウスケ様と師匠はどのような馴れ初めなのでしょうか」


 キッチンから戻ったマリナがコーヒーを淹れたマグカップを二つ握って、俺とかれんの目の前に置きながらそう言った。

 まろやかに滲むような香りが広がる。


「……」

「あの、ユウスケ様が話したくないのならいいんです。ちょっと、気になってしまって。ごめんなさい」

「いや、謝ることでもないし、話したくない訳じゃないんだ」


 黒い液体から立ち上る湯気をぼんやりと見つめる。

 それから自分自身に言い聞かせるように、俺は口を開いた。


「俺にとって、つかさは大切な人だ。恩人とも言えるかもしれない」


 俺は秋山つかさとの出会いから今までの記憶を遡る――。

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