俺の彼女は給仕(ウェイトレス)

 というかいきなり制服を着せられているということは、マリナは早速合格ということだろうか?


「さて。それじゃ、面接を始めようねー。ほら、そこの彼もおいで、事務所でやるから」


 たれ目の女性は雑に右手を振り回して俺にこっちに来るよう合図しながら奥に消えていった。

 やっぱり面接はするのね。まあそうですよね。


 両手で短いスカートの裾をギュッと握るマリナを引き連れてたれ目店員を追うと、飲食店とは思えない程の繁雑な事務所に着いた。

 長いテーブルが奥に一つ、その上には大きめのパソコンとモニターが一つ、その他にも書類やら小さな箱やらが山積みになっている。

 窓の傍にロッカーがあり、一つは何かがはみ出している状態で扉が閉まっている。

 他にもそこらじゅうにダンボールが置いてある。


 壁に立て掛けてあるパイプ椅子を二つ手に取ったたれ目女性店員が部屋の中央にそれを並べ、


「んじゃまあお二人さん、座ってよ」


 俺とマリナの方を向いて白い歯を見せた。

 俺は会釈と声にならない挨拶を混ぜながらそれに座り、マリナもそれに倣った。


 ひんやりとした空気が流れている事務所に俺とマリナとたれ目女性店員の三人。

 他には誰もいない。


「テキトーにはじめますかぁ」


 立ったまま、卒然と制服のポケットから煙草を取り出して一本咥えはじめるたれ目店員。

 おいおい、そんなだらしなさだと店長とかに怒られるんじゃないか? それともこの店の方針とかだろうか。


「私はこの『喫茶よしむら』の店長、月弓つきゆみ みことでーす」


 お前が店長かよ! 全くその風格がない。

 月弓つきゆみと名乗った店長はそのまま長テーブルに凭れ掛かり、パソコンの傍に置いてあったライターと携帯灰皿を拾い上げてタバコに火をつけた。

 ふう、っと一息。直上の換気扇に向かって煙が穏やかに動いていく。

 俺とマリナはただそれをじっと見ていた。


 ……。

 っておい! 面接は?


「あの、すみません、面接をするんじゃ?」

「あー、そうだったねぇ。忘れてたわ」

「なんでこの短時間で忘れるんですか!」

「いやぁ、タバコ美味しいなぁっておもったらつい」


 ミラクル記憶力!? 思わずつっこんじまったし。

 月弓は天井に顔を向け、煙をふうっと吐いている。面接は?


「ユウスケ様、あの方は何を口にしているのですか?」


 マリナが口に手を当て、俺に小声で訊いてきた。

 俺も月弓に聞こえないよう、できる限りマリナの耳に近づいて小声で返す。


「あれはタバコといって、嗜好品のひとつだ」

「シコウヒン? それはどんなものですか?」

「あー、うーん上手く言えないけど……そうだ、コーヒーなんかも嗜好品の一つだぞ」

「そうなのですか……ではやはり、あのタバコというものも苦いのですか?」

「何なら、吸ってみるぅ? マリナちゃん」


 俺とマリナは揃って「わあ!」と声を出してしまった。

 いつの間にか月弓のたれ目顔が目の前まで近づいていたからだ。


「ほれ、吸ってみるぅ?」

「ダメです! マリナはまだ未成年ですよ!」

「えー、ケチぃ。男の子ならそのくらい許してあげなさいよねー」


 そう言いながら月弓はつまらなそうな顔で、タバコを片手に数歩後退して再びテーブルに凭れ掛かった。

 俺が許しても、法律が許さないっつーに。


「あの月弓さん、面接をするんじゃないんですか?」

「えー、そうだったっけぇ」


 遂に失念し始めたぞ。こんなのが店長のバイト先で大丈夫だろうか。


「あ、それと」


 月弓はショートボブの髪をタバコを持っていない手でチリチリと摘まみながら俺の方をしっかと向き、


「私のことは、みことちゃんってよんで?」

「……」


 マリナ、悪いことは言わない、バイト先変えようぜ。

 つかさも全くなんて店を斡旋してくれたんだよ。


 * * *


 月弓が持つ煙草に視線が夢中のマリナを横目に俺が溜息をついていると、「よし」と小さく月弓が発声した。

 すぐに携帯灰皿にタバコを突っ込み、傍にあったパイプ椅子を俺とマリナに対面するように置き、落石のように座った。

 ギシッと音が鳴ると共に、月弓の胸部がぐわんと揺れる。制服の下に大変なものをお持ちで……。


「では、面接を始めます」


 おお、いきなり真面目な感じに……顔付きも変わった気がするぞ。

 マリナを真っ直ぐ見つめる月弓の表情は、俺が経験してきた面接官のそれに似ていて、俺はトラウマがちょっぴり蘇った。


「まず、履歴書を提出してくれる?」

「リレキショ……」


 マリナはぼそっと呪文のようにそう言うと、ゆっくりと俺の方を向いた。泣きそうな顔だった。


「すみません月弓さん、つかさからの話が急だったもので、マリナは履歴書を準備できませんでした。必要でしたら後日必ず持参させます」


 取り急ぎフォローはしたが、つかさよ、一体どんな風にこの月弓さんに仲介したんだ?

 マリナも俺も、特に準備せずに今日を迎えてしまっているぞ。

 いや、準備したとして履歴書に何を書けばいいんだって話なんだけど。


「ユウスケ君、だっけ?」


 月弓が鋭い眼光を向けてきた。

 昨日の今日で準備は難しいですって、そこは許してください。


「はい」

「ダメじゃない」

「いえ、しかし――」

みことちゃんって呼んでくれないと」


 真顔で言うな、真顔で。

 こっちはちょっぴりトラウマ蘇って弱り気味だから紛らわしいことしないでくれよ。


「はぁ……しかし、失礼ですが年上のようですし、はちょっと」

「あら、本当に失礼ね。女性に年齢は関係ないのよ」

「はぁ」


 それはもういいから早く面接進めてくれよ……。


「まあいいけど。じゃあ続けるわね。履歴書が無いなら、マリナちゃん、簡単に自己紹介をしてくれる?」

「はい!」


 ここで、俺は背中に冷や汗が一つ伝った。

 もっとちゃんと事前に対策を練るべきだった。


「私はマリナストライア・ヘイリオス、十六歳です。プリュギアから地球ここへやってきました」

「プリュギア?」

「はい、私はプリュギアの勇者の子孫で、以前までは国を脅かす悪魔たちから守るために日々鍛錬してきました」

「あら、勇者の……それは大変だったわね」


 止めるに止められなかった。どうしようッ!

 てかなんで会話が成立してるんだよ、悪魔とか口にしてるのに少しは疑わないのかよ。


「そして今現在は、この身も心も全てユウスケ様に捧げ、付き従うのが私の役目です」


 あああああああああ!


「ふーん、ユウスケ君、そういう趣味なのね」

「え、違いますよ!!」

「えー? だってマリナちゃんそう言ってるけど? ね?」

「はい、ユウスケ様が望まれるのでしたら、私はどんなことでも……致します」


 あああああああああああああああああああ!

 もう、マリナさんアディショナルアタックやめて!


「ほらぁ。やっぱりそういう趣味なのね、ユウスケ君ったら」

「違いますって! その、この子が勝手に言っているだけで――」

「え、ユウスケ様、違うのですか? 勝手にって……」

「いや、違くはないんだけどもッ」

「ほーら、やっぱりそうなんじゃない。ユウスケ君ったら、見かけによらず変態さんなのね」

「ヘンタイサン……それはどういう意味でなのですか?」


 ああ、もう。

 どうにでもなれ!! というか面接をちゃんとしろよ!!


 * * *


「さて、ユウスケ君が変態だと分かったところで面接の続きをするわね」

「はい、お願い致します」


 もう俺帰っていいですかね。


「特技はある?」

「特技……かどうかは分かりませんが、剣技と魔法は鍛錬しておりました」


 ……もう俺は知らん。

 マリナに事前に面接の練習をさせなかった俺が悪いのだろうか。


「どんな魔法? おいしくなーれ♪ みたいなやつ?」

「いえ、そのような魔法は聞いたことがありませんが……」


 こんなしっちゃかめっちゃかな面接で、合格するのだろうか。

 マリナ本人は至って真面目に返答しているが、まともなバイトの面接の内容とは思えない程のやりとりだ。


「うん。それじゃ最後に一つ。マリナちゃんが最近経験した嬉しいことは?」

「嬉しいことですか」


 なんだその質問は、と思ったが月弓店長の表情は今までになく真面目な表情で、何かを探るような眼光をマリナに向けていた。

 そんな顔を見て俺は思い出したことがある。

 面接対策の書籍に書いてあったこと――優秀な面接官は、質問の内容よりも答えているさまや表情からその人の本質を見抜く。

 もしかしたら、だらしなく見えてこの月弓という女性は洞察力や選球眼に優れているのかもしれないな。


「え、ええと」


 マリナは急にくずおれそうな声を捻りだし、言葉に詰まってしまった。

 見れば顔は真っ赤で、綺麗な碧眼は右往左往し、口を一文字に結びプルプルと震えている。どうした?


「んー、マリナちゃん、どうしたの? 教えてよ、最近経験した嬉しかったこと」

「…………はい、あ、あの」


 最近、経験した、嬉しかったこと――。

 赤面、照れ、沈黙……。


 まさか――!!


「ユ、ユウスケ様と、せせせせせ接吻をしたことです!!」


 時が、止まった。

 いや寧ろ止まってくれ。止めたい。

 帰りたい、いっそ土に還りたい。


 なんで面接でそんな恥ずかしいこと大声で言うのよ! 公開処刑にもほどがあるだろ!


「あーらあら、あははは。ユウスケ君、下僕に手を出すなんて、やるわね」

「いやいろいろと違いますって!」


 俺は頭の中はパンクしそうな程単語がフェスティバッていて、ストレートな否定を口にするだけで精いっぱいだった。

 対して月弓は俺やマリナが狼狽える様を見て楽しんでいるようだった。


 この人には色んな意味で勝てない――何かを悟った俺だった。


「あー、よし面接終了! マリナちゃんもユウスケ君もお疲れ様ー。楽しかったねェ」


 疲れたけど楽しくは無かったです! このやろう!


「あの、みことちゃん様、私は師匠より面接のことしか聞いておらず……私がバイトをするためにはこの後は何をしたらよいのでしょうか?」

「んー? マリナちゃんもう面接受かった気でいるの?」


 月弓はパイプ椅子から立ち上がり、先程と同じように長テーブルに凭れ掛かって煙草を取り出し始めた。

 やっぱり面接する以上、選考があるんですね……つかさのコネによる合格って訳にはいかないのか。というかみことちゃん様ってなんだよマリナ。


「まあ、合格なんだけど」


 合格なのかよ!


「私、合格、ですか?」

「うん、だってマリナちゃんすごく良い子だもの。綺麗な心をもってるねぇ。隣のユウスケ君はちょーっと、心がうるさいけども」


 う、うるさいって……。プチショック。

 そんなに顔に出てたのかな、脳内ツッコミとかその他諸々。


「あの、合格ということは、私はこれからここでバイトをしていいということですか?」

「そ。まずは当面、平日のお昼前にきてくれるぅ? 午前十時にはここに来て、昼ピークが終わるまで。あとは追々教えるから」

「は、はい! ありがとうございます!」


 オレンジ制服のマリナは数段テンションの高い声で謝辞を述べ、フリフリのカチューシャを揺らして頭を二度程下げた。

 本当に嬉しそうな笑顔に、俺も自然と口角が上がった。


「まあ、最初から雇うつもりだったけどねぇ。つかさちゃんの頼みだし」

「それって……面接する必要あったんですか?」

「うーん、私が楽しかったし、いっぱいからかえたし、結果オーライってやつ?」


 結果が決まっているのに結果オーライとは言わねえよ! と心の中で突っ込んで俺は溜息を吐きながら顔を落とした。

 まあ、なんにせよ良かった、のか?


 そんなこんなで、マリナはバイトをすることになった。

 不安は多分にあるものの、マリナが俺の家で家事等を卒なくこなしているのを思い出して、マリナなら大丈夫だなと俺は安堵もしていた。


 もう一つ嬉しいことには、この『喫茶よしむら』は俺の職場からそう遠くない。

 歩いて七、八分。平日に働くと言うなら、昼休憩に通うこともできそうではあるな。


 際どい、もとい素敵な格好のマリナを拝む為にも定期的に来させていただこうと心に決めて、俺はタバコを蒸かす月弓に改めて礼を言うことにした。


「月弓さん、マリナを雇っていただき、ありがとうございます」

「こーらユウスケ君、みことちゃん、でしょ?」

「どうか、よろしくお願い致します」

「はいはい。というか、ユウスケ君来た意味あったの?」


 いや、俺が訊きたいんだけど。


「はあ、つかさからは保護者として付いていくよう聞いていたんですが」

「ふーん、でもまあ折角来たんだし、ユウスケ君もマリナちゃんと同じのどう?」

「え? 同じの? 何ですか?」

「せ・い・ふ・く♪ 着てくぅ?」



 着ねえよ!!!!!!

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