全てを束ねる主

 さて。

 現在、俺の家の居間に居る者は、俺ともう一人を除いて全員眠っている。


 マリナは床に横向きで。寝顔も凄く綺麗だ。

 ヘカテーは同じく床でうつ伏せのまま。某男子バレーの監督みたいだ。

 エリュはテーブルについて先程俺が必死になってコンビニで買ってきたおにぎりを大口で袋ごと頬張っている途中で。自分の銀髪も食ってるよ。

 つかさもテーブルに突っ伏すように。コイツの寝顔は初めて見たな。


 何故、二十時過ぎのまだ浅い夜に全員が熟睡しているのかと言えば、それは勿論起きているもう一人の仕業だった。


「ユウくん以外、おやすみー☆」


 みなかが青いポニーテールをぐわんと揺らしながらそう言うと、俺以外の全員が電池が切れたように動かなくなり、すぐに寝息をたてて眠り始めたのだった。

 やっぱりみなかは只者ではないのだな、と再認識していると、みなかは星の入った目を俺に向けてから、


「なーんとなく、ユウくんと二人きりでゆっくり話したかったからさ☆ キャー☆ ナンパみたいだね☆ エヘ☆」


 エヘって……。

 年齢考えてくださいよ、とは言えなかった。色んな意味でそのツッコミが通用する存在じゃないし。


 * * *


「改めて、自己紹介をお願いしてもいいですか」

「はーい☆ ウチは飴乃みなか、百億以上歳、この宇宙の管理者でーす☆ 今は地球に不在の管理者の代わりに、地球に住んでまーす☆ ここ数年はライトノベル書いて生計立ててます☆」


 そんな大家さんみたいな軽い感じで……。

 相変わらずの星ばんだ軽口で、ウィンクしながらピースをするみなか。

 宇宙の管理って、スケールが違い過ぎて全然ピンとこない。


「要するに、みなかさんは神様ってことですか?」

「んー。地球の人間は世界の管理者のことをそう呼んでるみたいだねー☆ でも、ウチはその神様ではないよ☆」

「違うんですか」

「うん☆ 今ね、具体的には二百年くらい前から、地球には神様は居ないんだよねー☆ 出張中っていうのかな?☆」

「出張中……」

「うん☆ そのせいでもしかしたらちょっぴり繋がりやすくなっちゃったってのはあるかも☆」

「繋がりやすくって、何がですか?」

「世界☆ マリナちゃん達の世界と、地球だよ☆ 地球の神様の出張先が、マリナちゃんの世界なの☆」


 異世界に出張とか、とんだブラック企業ですね……。


「みなかさんは、神様じゃないなら、何なんですか?」

「えー☆ 地球の言葉だと何になるんだろう……神様達を束ねる者、的な?☆ ユウくん、何て呼んだらいいと思う?☆」

「俺ですか」

「うん、決めちゃっていいよ☆」


 随分とテキトーな管理者だこと。


「じゃあ……最高神とか?」

「それだと結局神様ってことじゃーん☆」

「えーと、じゃあ界王とか?」

「それだとドラゴン○ールみたいじゃーん☆」

「えー……」


 ドラゴン○ール嫌いなのかな?

 しかしそんなこと決めろと言われても……想像力も発想力も全くないぞ、俺は。


 そう思いながらも、俺は先程のみなかのことを思い出す。

 髪はおどろおどろしく広がり、異空間を作り出して、恐ろしい笑顔を向けてきた尋常ではない威圧感。

 あの姿を脳裏に描き、俺は


「絶望……」


 と呟いてしまった。


「ひどい☆ ユウくんひどいよ☆ こんなにも一生懸命宇宙を管理しているウチに向かって絶望だなんてッ☆」

「いえいえ、ごめんなさい! 嘘です!」

「まあ、嘘だけど☆」

「…………」


 何が嘘なんだ。


「ま、ユウくんがそう感じるのも無理ないよねー☆ ウチに対して恐れを抱くようにこの宇宙の生物を作ったのはウチだし☆」


 ……確かに、異空間で対峙していた時、言葉や映像では言い表せられない、本能的な恐怖や畏敬といった感情が無意識に沸々と湧いていた。

 それはヘカテーも同じだったんだろう。凄い冷や汗と震えようだったし。

 でもマリナやエリュは全く恐れていなかったような?

 つかさに関してはうっとりしていたぞ。


「ま、本当の本当の最初の頃はヌシ、なんて呼ばれていたけど、別に呼称はどうでもいいんだよね☆ ユウくんはみなかって呼んでね☆」

「はあ……」


 対面でニッコリと笑うみなかからは、先程の威圧感は全く感じられない。今は地球上の作家モードってことだろうか。


「それでその、最初に言ってたことなんですけど」

「ああ、どっちもハズレー☆ ってやつ?☆」

「そうです。それってどういうことなんですか?」


 俺がそう訊くと、みなかは星の入った目を逸らし、気まずそうに青いポニテを両手で弄りだした。


「『グリースの四半魔』のことでしょ?☆ あれ、ウチはライトノベルとして執筆したけど、実はただ実話を文章にしただけのものなんだよねー☆」

「実話? というと、マリナの世界で起きた事を書いた話ってことですか?」

「うーん、正確には教えられないけど、大体そんな感じー☆ だから、フィクションっていう注釈は入れないでもらったの☆」


 ということは、飴乃みなかという作家は、地球以外の世界で起きた事を文章として書き起こして、それを本として出版しているということか。


「一体、何の為ですか? 地球にその各世界の出来事を記しておいて、残す為とかですか? 地球はみなかさんにとっては、歴史の保管庫みたいなことですか?」

「ブー☆ 違いまーす☆ ただ、印税が欲しかっただけでーす☆ だってそうしたら働かなくても地球上で暮らしていけるでしょ?☆」

「…………」


 ちょっと、イラッと来たぞ。いや、何も言えはしないけど。

 というかそんなことしなくても、神様的力で何とでもなるんじゃないのか?


「えー☆ まあ、折角地球の管理を代わりにやるんだから、地球のルールに縛られてみようかなーって☆ 所謂、縛りプレイってやつ?☆ だけど普通に働くのはめんどくさーい☆ だから頭の中の多世界の記憶を上手い具合に文章にしてみたの☆ それを物語にしたら、売れるかなーって☆」


 ドМなんだか怠惰なんだか真面目なんだか、もうよく分からんな。

 しかし、ということはだ。

 飴乃みなか著の作品は全て、この宇宙での実在する世界の話ということか。

 背筋がぞわつくのを感じる。


「質問はもういいかな?☆」

「いえ、まだ」

「えー☆ もうめんどくさいよー☆」


 ……いや本当だいぶ怠惰目な神様ですね。神様ではないんだっけ。

 みなかは唇を尖らせてテーブルに顎を付け始めた。

 その姿はどう見てもただのめんどくさがる人間だった。


「じゃ、最後に一つだけ」

「オッケー☆ 最後ね☆」

「エリュが言ってました。今、地球には魔族が三人いるって。ヘカテーとエリュが悪魔で、あとの一人は誰なんですか? どこにいるんでしょうか」

「ユウくん、わからないのー?☆ まあ地球の人間だし無理ないか☆」


 みなかは怠そうな表情のまま、星の入った目だけを俺に向けた。


「それを知ってどうするの?☆」

「どうするって……えと」


 どうするんだっけか。

 ……もう駄目だ、頭の中が混乱しすぎてぐちゃぐちゃだ。


「ユウくんやっぱり頭悪ーい☆ しょうがないから整理してあげる☆」


 みなかはそう言って、腕を伸ばして俺のおでこに人差し指を付けた。

 と同時に頭の中がものすごい勢いでこれまでの記憶で満たされた。


 ――そもそも魔法陣の作成には魔族や怪物の亡骸が必須ですもの。この世界にそれらの類は居ないようですわ。

 ――でも悪魔は悪魔を殺める事はできないのです。

 ――俺の想いは変わらない。マリナを元の世界に帰してあげたい。


 マリナと出会ってから、これまでの今までの記憶が正しく整理される感覚と共に、俺はどんどんと冷静になっていった。

 そうだ、俺はマリナを元の世界に帰す為、その方法を模索していた。

 その時にエリュが言って知ったのが三人の魔族。


 そもそもで地球にはもともと魔族なんていない。

 はずなのに、エリュはもう一人地球にいると言ったのだ。


 もしも、その魔族が地球の危機となる存在であって、その亡骸が手に入れば、マリナ達を元の世界に戻す魔法陣を作成し、五次元干ディアスタシー・渉魔法レイトロギアを発動することができるかもしれない。って発想がちょっと物騒かもしれないけど。


 そして、その魔族が危なくない凄く良心的な魔族だとしても、それはそれでマリナ達を返すヒントが手に入るかもしれない。


 どちらにせよ、そのもう一人がどこの誰なのか、知って損はないはずだった。


「エリュの言う三人の魔族って、まさかみなかさんではないですよね?」

「ひっどーい☆ ウチはだから神様を束ねる者だってばー☆ 人間でもないし魔族でもないし、神様でもないの☆」

「エリュが勘違いしてるとかでしょうか?」

「地球に今現在、魔族が三人いるのは合ってるよー☆ 正確には純粋な悪魔が一人、半魔が一人、四半魔が一人、だけどね☆」


 四半魔……?

 サラッと凄い事言われた気がするぞ。


「四半魔って、みなかさんの、その、処女作のタイトルもそんなでしたね」

「っそ☆ あとはユウくんが自分で考えてみてね☆ ウチはそろそろエリュちゃんを連れておいとまするよ☆」

「え? エリュちゃん連れて行くんですか?」

「うん☆ エリュちゃん、ウチの髪の毛食べたでしょ?☆ 多分もう少ししたら悪魔じゃなくなっちゃうから☆ 折角だから今不在の地球の神になってもらおうかなって☆ だから、色々と教え込まなきゃなの☆」


 えええええええ。

 エリュちゃんが地球の神に……暴食なのに? 悪魔なのに?


「それに、今のままだとほら、食べ盛りだから大変でしょ?☆ 面白い子だし、暫くウチに任せてね☆」

「はあ……」


 采配に困っていたから、助かるには助かるけど……いろいろと大丈夫なんだろうか。

 これから地球上の人間が何かを神に祈るとき、エリュに祈るってことになるんだろ?


 世界中の人間が、五歳の暴食の悪魔だとも知らずに神に祈ったり誓ったりしてるのを想像して、俺は苦笑してしまった。


 みなかは椅子から立ち上がり、眠っているエリュをお姫様だっこし、フッと宙に浮く。


「それじゃ、ユウくん☆ あとはテキトーによろしく☆ それと、マリナちゃんの世界で言う、五次元干ディアスタシー・渉魔法レイトロギアは今後存在しないものとするから☆ やっぱり基本的に世界同士の干渉はイレギュラーだからさ☆ マリナちゃんと末永くお幸せにー☆ じゃねー☆」


 ウィンクと共に徐々に透度が増すみなか。


「ちょちょ、ちょっと!」


 待ってくれ!


「みなかさん、どうにかして、マリナを元の世界に戻す事って、できますか?」

「えー?☆ それを拒んだのはユウくんたちでしょ?☆」

「そうなんですけど……でも!」


 俺はここでようやく気付いた。


 俺の頭の中では、マリナを元の世界に戻してあげたい欲求と、マリナと離れ離れになりたくない欲求がせめぎ合っているということ。


 たった数日しか過ごしてないのにね。

 どうしてだろう、この透明な感情はなんだろう。


「キャハ☆ ユウくん頭の中ぐちゃぐちゃだよー☆ まあ、その内また顔出すから、それまでにちゃんといろいろと整理しといてね☆ あと、つーちゃんにもよろしく☆ エリュちゃんがちゃんと神様できるまでは、飴乃みなか先生はこれからも執筆をつづけていくので☆ んじゃね☆」


 見透かすような台詞の後に、エリュを抱きかかえるみなかは透明になって消えた。

 俺が知り得る唯一の世界干渉魔法と共に。

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