森羅万象のギャル?
異次元空間? とでも言うんだろうか。
そんなグニャリとした空間の中、俺もヘカテーもどうすることもできない。
「一個体につき一つ、
全てを修正? って何だ?
みなかは
風などの物理的な何かがある訳ではないが、目を開けて立っているのがやっとの威圧感だ。
俺は拳を強く握ってから、必死に状況把握の為の問い掛けをした。
「全てを修正って、どういうことですか?」
俺の問いにみなかは恐ろしい笑顔のまま、
「――至極つまらぬ発言であるな☆ 本来相交わることの無い二つの世界を元に戻し、それらに関わる全ての記憶を抹消するということよ☆」
そう言うと、みなかは星の入った瞳を俺からヘカテーに移した。
――世界を戻し、記憶の抹消をする。
要するにマリナの世界と地球との干渉がなかったことにされる、ということか?
そして関わったものの記憶も無くされると。
正直に言うと、俺はそれはそれでいいのかもしれない、と思ってしまった。
もしもみなかにそんな神様的なことができるのだとしたら。
マリナも元の世界に戻ることができるという事だ。
マリナと付き合う時に、俺が想ったこと。
それはマリナを元の世界に戻してあげたい、だった。
今はその千載一遇のチャンスかもしれない状況なのだ。
マリナの幸せが最優先というなら、それはそれでいいのかもしれない。
でもな……。
記憶が無くなるのは嫌だ。
たった数日間かもしれないが、人生で最も感情が暴れた数日間だった。
それを全て、俺が感じた想いまで全てを失くされるのは嫌だ。
と、口を開こうとしたところ、俺は声帯でも消失したように声が全く出なくなっていた。
どうやら俺の発言はさっきので終わりにされたらしい。
俺が横目にヘカテーを見ると、唇を噛んで難しい顔をしていた。
発言の内容でも考えているのだろうか。
「どうした、小さな悪魔☆ 余を楽しませよ☆」
ヘカテーから伝わる震えと垂れる汗で分かる。
やはり飴乃みなかは只者ではないということが。
概念的存在、だっけ?
バリバリ魔法が使えて心のオーラまで読める悪魔ですら、恐れてしまう存在。
やっぱり、神様的な感じなのかな?
「ど、どうすれば修正をされずに済みますの!?」
上擦った声でヘカテーが発言した。
「またしてもつまらぬな☆ 本来は多世界の干渉はあり得ぬように
ちょっと何言ってるか分からないっす。
いや分かるけど分からないっていうか。
ヘカテーさん達バグ扱いされてますよ。
百億歳とか言ったっけ。
それが本当なら、みなかは地球が生まれるよりも前から存在していて、さっきのみなかの発言を信じるなら、幾つもの世界を管理している……?
それってやっぱり、神様的な存在だな。
ヘカテーが概念っていうのも頷ける。
「さて、残るはそこの地球の人間☆ 秋山つかさよ、
あれ、つーちゃん呼びはしないんですね。
つかさは祈りのポーズのままみなかを見つめていたが、やがて口を開いた。
「飴乃みなか様、俺を弟子にしてください!」
つかさの勢いづいた声に、みなかは一瞬青い眉をピクリと動かしたが、
「それは作家としての
なななな、なんだってー!
あのつかさが……そうなのか?(悶々)
「どうやら……これまでの様であるな☆
みなかは恐ろしい笑顔のまま、ゆっくりと首を振った。
「さて、それでは世界を元に戻すとしよう☆」
そう言うとみなかは顔付きが変わり、全てを知り尽くして絶望したような表情になった。
ああ、まずい。だけどどうしようもない。
俺は何でもないただの人間だ。抗えるはずもない。
元々は関わるはずのなかった二つの世界。
それが今関らなかったということに、修正されようとしている。
無力さと諦めで項垂れるしかない。
せめて、最後にマリナと話したかったな――
「――ユウスケ様! ご無事ですか!」
そう思った刹那、背後から芯の通った綺麗な声がした。
必死に振り向くと、そこにはいつの間にかマリナとエリュが居た。
マリナはエリュの銀色の頭を必死に押えている。
よく見るとエリュの目は金色に輝いていた。
「マリナ!」
おっ、声が出る!
「……最後に話せてよかった!」
「最後? 一体どういうことですか? それにこの空間は? ……あの方は誰です?」
マリナが
エリュはマリナに噛り付こうとしているが、がっしりとマリナに頭を掴まれていてカチカチと歯の音が鳴るのみだった。
「マリナ、良く聞いて。世界はもう、修正されるらしい」
俺がそう言っている間に、みなかの身体は徐々に光っていく。
修正が始まるのだろう。
「修正? どういうことですか?」
「全部、なかったことになるんだ。マリナは、元の世界に戻れる」
「なかったことって、どういうことですか! ユウスケ様とはもう会えなくなるという事ですか」
マリナの必死な顔を見て、俺も少し辛くなった。
俺だって会えなくなるのは嫌だ。
それに記憶もなくなるのはもっと嫌だ。
でも、もうどうしようもない。
「短い間だったけど、マリナと会えてよかった。元気でな」
「なんでそんなこと言うんですか! 嫌です! 折角、私が共に居るべき貴方と巡り会えたんです!」
なんて消極的なんだろうと自分でも思う。
でも分かってしまうんだ。
絶対この
「説明してください、ユウスケ様! もしや、あの方が何かしようとしてるんですね? そうなんですね?」
マリナはギリッとした目つきで俺にそう言った後、エリュの頭を鷲掴んだまま、徐々に光る飴乃みなかにタタッと近づいていく。
「そこの方! ちょっと待ってください! やめてください! 私はユウスケ様と共に居たいのです!」
マリナの言葉に、激しく髪を散らすみなかはキッと星の入った目をマリナに向け、
「またしてもつまらぬな☆ 修正は
「ですが――――ッ!!」
マリナの反論は続く事はなかった。
どうやらマリナも声を奪われたのだろう。無慈悲な神様だ。
もう一度。
もう一度チャンスと時間をくれたら、みなかを楽しませることが言えただろうか。
数百億生きる神様を、たった二十年程度の一人の人間がどうすれば楽しませられたのだろうか。
もうすべてが遅かった。
喉元を押さえるマリナを尻目に、みなかはどんどんと光っていく。
全てはなかったことにされ、記憶を消されて。
そしてなんでもない今迄通りの日常に戻る。それだけの事なのかもしれない。
でもきっとそれはここにいる誰も望まないだろうな。
唯一無二の体験を記憶した俺も。
憧れの作家に会えたつかさも。
預言者の言葉を実現したマリナも。
念願の友人を獲得したヘカテーも。
誰も修正を望まない。
エリュは――?
「お腹空いたのです」
エリュがいつの間にかマリナの手から逃れ、みなかのすぐ傍にいた。
そして驚くべきことをし始めた。
光るみなかから伸びて激しくはためく青い髪を、エリュは食べていた。
それはもう、バリバリと。
「え☆」
みなかは光りながらバリバリと音の鳴る方へ視線を遣っている。
脇目も振らず夢中で貪るように青い髪に噛り付くエリュを見て、みなかは急速に光を失っていった。
しばらくの間、エリュがみなかの髪を食べる音だけが響く。
直後、
「アーッハッハッハッハッハッハ☆★☆★ アー!☆★☆ アハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハ☆★☆★ 実に愉快!!☆★☆★」
みなかは爆笑を始めた。
その爆笑は数分間続いたが、俺もヘカテーもマリナも、笑う気にはなれなかった。
……つかさは未だに祈りのポーズでうっとりしている。コイツはもう色んな意味で駄目かもわからん。
* * *
「あー☆ 超うける☆ エリュちゃん最高だわ☆ ウチ、食べられたの初めて!☆」
笑いすぎて目から大量に涙を流しながら、みなかは両手をピースにして前に突き出した。
同時に目に悪そうなグニャリとした世界が、塗りつぶされるように俺の家の居間に戻っていった。
シュっとみなかの髪が自動でポニーテールに戻り、先程までの尋常ではない威圧感が無くなった。
俺はどっと汗が噴きだし、足に力が入らなくなってその場にへたり込んでしまう。
それはヘカテーも同じようで、うつ伏せになって伸びてしまった。
マリナは何が何だかわからないようで、俺の方を向いて眉を寄せている。俺にもよく分からないさ。
エリュはいつの間にか瞳が紫色になり、ぽうっとした顔でみなかを見つめている。
…………エリュのおかげで、どうやら修正されずに済んだ、ということか?
「あー、多分数億年ぶりに楽しかったよ☆ しょうがないから修正はやめてあげちゃおうかな☆ ここにいる全員望んでないみたいだし、なによりエリュちゃんが面白かったしね☆ アハハ☆」
みなかは両手でエリュを指差しながら絵にかいたような笑顔を作った。
やっぱり、エリュの暴食のおかげのようだった。
夢なんだかもうよく分からない突飛し過ぎな出来事だったが、なんとか無かったことにはならないようだった。
「今回はエリュちゃんに感謝するんだよー☆ ユウくん☆ アッハハハ☆」
「はい、あの、みなかさん、いろいろとその、訊きたいんですけど」
みなかの存在も含めて、不透明なことが多すぎる。
……というか、もうマジでこれ以上変なことに巻き込まれるのは勘弁してくれ……。
「アー☆ しょうがないな☆ ユウくん可愛いから、聞いてあげる☆ エリュちゃんに感謝しなよ☆ アハハハ☆」
みなかはそう言って笑いながらスタスタと最初に俺が座っていた椅子に座った。
本能とは言え、俺達はエリュに救われたのだな。
この子のおかげでマリナ達との出会いの記憶は失われずに済んだ。
お礼をしてやらないとな。
エリュへのお礼……といえば、やっぱり食い物かな? 暴食だし。
って待てよ。
――俺は今日、何も買わずに直帰してしまった!
「ユウスケ! 約束、覚えているのです? ユウスケ、今日はたくさん食べ物を買ってきてくれるって言ってたのです!」
エリュの言葉に俺は背筋に汗が伝った。
「あ、と、エリュちゃん……ごめん、忘れちゃった」
俺がぽそりとそう言うと、エリュはハッとした顔をして、徐々に表情を曇らせていった。
「ユウスケ、嘘つきなのです。ユウスケ、大嫌いなのです!」
――ぐはっ!!
自分の顔面がみるみる青くなっていくのが分かる。
未だかつて少女を前にここまで心が痛くなったことがあっただろうか。
俺は唇をかみしめて、ダッシュでコンビニに駆けだした。
神様への質問は、その後にさせていただこう。ぐすん。
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