宇宙開闢のギャル?
「えっ」
「なにせ、小学生の時の記憶だからちょっと曖昧なんだが、間違いない。マリナストライア・ヘイリオスって十六歳の少女が主人公だった」
相変わらずの真顔で突飛したことを言ってくるつかさに、俺だけ置いてけぼりな気分になった。
「待て待て、待ってくれ。何ていうラノベだって?」
「だから、『グリースの
つかさは俺に顔を近づけたまま、ギリリと眉を吊り上げて続ける。
「それに、ヘカテーって悪魔も、エリュアーレって悪魔もそのラノベには出てくるんだよ」
「はぁ? 嘘つけ! お前、それは流石に――」
「嘘じゃねえって! ユウスケ、俺が態々こんな嘘つくはずないだろ?」
怒ったような口調で、しかし表情は変えずにつかさが言い放つ。
信じられない。信じられないが、確かにつかさは見た目の割に重度のリアリストである。
意味もなくこんな嘘を吐くとも思えない。
「それって…………結局どういう意味なんだ?」
「さあな。俺も意味不明でビックリしてるんだよ。まあとにかく、だから俺はマリナちゃんの世界の事を知ってたんだ。昔にラノベで読んだことがあったからな」
――ドタタタタ!
俺の部屋から騒いでいるような音が聴こえてくる。
大方、マリナとヘカテーが
「じゃあ、そのラノベ……グリースの四半魔だっけ? その内容には、マリナが
「いや、多分だけどそんな内容はなかったはずだ。ただ、プリュギアって国での話しか書かれてなかった気がする」
プリュギア……。
マジでそのラノベにはマリナの世界の事がそのまま書かれているのか?
「気がするって……その本は今どこにあるんだ? 内容を見てみたいぞ」
「ああ、それなんだけどよ……昨日も言ったけど、見つからなかったんだ。それに、市場にも全然出回ってないし、なんならプレミアがついているらしいぜ。昨日ネットで買おうともしたんだけど、どこにも在庫は無かったんだ」
つかさは俯いて心底暗い声音でそう言った。
なんだよそれ……マリナ達が、飴乃先生によって書かれたラノベの登場人物?
「手に入らないんじゃ、内容が見たくても見れないじゃないか」
「それなんだよなぁ。ユウスケ、昔のラノベ持ってそうな奴知り合いにいないか?」
「いない」
ってか知り合いがいない。ぐすん。
つかさは両手を頭の後ろに回して、椅子の上で仰け反るように伸びて、
「そうだよなー……でもよユウスケ、これってマジでどういう事なんだ? そのライトノベルの世界の住人が、実体化して地球に来たってことなのか?」
「うーん……それとも、そのライトノベルが、何かの預言書だったとか?」
「ざんねーん、どっちもハズレ☆ キャハッ☆」
思考迷宮に入り込み、難しい顔で見つめ合ってしまっていた俺とつかさに、語尾に星が付いていそうな派手に明るい声がかかった。
マリナやヘカテー、エリュ、そのどれでもない声だった。
いつの間にか音もなく玄関に近いところに立っているその人物に目を遣ると、またしても見たことのない女性だった。
容姿は……二十代くらいだろうか。
お腹が丸ごと露出してしまう程の丈の短い白いTシャツに、これまた丈の短いホットパンツ。
対照的に物凄く長くて青い髪の毛を高い位置でポニーテールにしている。
透き通った白い肌で、俺とつかさの方を向きながら片目を閉じてピースマークを顔に近づけて静止している。
……。
もうこれ以上変な奴増えないでくれよ……。
またマリナの世界の住人だろうか。
俺とつかさは顔を見合わせて、再度その変な奴に目を遣ったが、依然としてピースマークをしたまま動かない。
そういやこの変な人、「どっちもハズレ☆」みたいなこと言ってたな。どういう意味だろうか。
沈黙に耐えかねた俺は、
「どちら様ですか」
と訊いていた。もう知らない人に質問するのも慣れたもんだ。
「ウチは、今現在は
そう名乗った変な女はダブルピースを大げさに突き出して顔のパーツ全てを広げた。ユウくんって……。
「はあ、よろしくです………………ん? 飴乃みなか?」
俺がつかさの方をあらためて向くと、つかさはなんだコイツと言わんばかりに眉を顰めていた。
飴乃みなか……さっき出たばかりの名前だ。
マリナと同名の少女が主人公のラノベ『グリースの四半魔』の著者で、つかさが好きな先生。
それを名乗る変な女が出てきたのだ、つかさがそんな顔をするのも仕方がない。
しかし、施錠もしっかりしてある俺の家にこの女は音もせずに入り込んで唐突に俺らの前に姿を現した。
よく見ると、変な女の両眼の中には星が入っていた。
比喩表現ではない。
そんな星女に、固まるつかさの代わりに俺は恐る恐る質問を続ける。
「飴乃さんは、何をされている方ですか?」
「エヘッ☆ ここ数年は小説書いて生活しているよ☆ ユウくんは何してるの☆」
いちいち語尾の星がうざいな、と思いながらも何故か俺はこの変な女から滲み出る逆らってはいけない謎のオーラを感じていた。
というか小説書いてるとか、まさかつかさの好きな飴乃みなか先生本人なのか?
「はあ、俺は普通のサラリーマンで……ってか俺のこと知ってるんですか?」
「もっちろん☆ つーちゃんのこともね☆」
青髪ポニテは今度はつかさの方を向いてウィンクと同時にペロッと舌を出してピースをしている。
ちょっと痛々しい。一世代……いや、二世代前のお馬鹿系ギャルって感じだな。
俺は
「もしかしてなんですけど……グリースの四半魔ってライトノベルが処女作だったりします?」
無意識に丁寧語で話してしまう俺に、飴乃みなかを名乗る女は大げさに手を叩いて笑顔になった。
「キャァ☆ ユウくん凄ーい☆ そんな事まで知ってるなんて☆ ウチちょっと恥ずかしいかもー☆」
そう言って飴乃みなかは椅子に座ったままの俺のもとまでスタスタと歩み寄ってきた。
かと思いきや
一瞬ビクッとしてしまったが、どうしてだろう。ものすごい多幸感で満たされた。
「本当に、本人なんですか?」
謎の幸せに包まれていると、つかさから飴乃みなかに声がかかった。
「本人だよー☆ つーちゃん疑り深いね☆ そこが可愛いけどッ☆」
「失礼ですけど、試させてください。本人なら分かる質問をしてもいいですか?」
つかさの少し棘っぽい言葉に、青髪ポニテはナデナデを止めてつかさの方を向いた。
直後、一瞬、本当に一瞬だが、飴乃みなかの顔付きが変わったように見えた。
具体的に言えば何もかもを知り尽くして希望の無い表情。
「もう、しょうがないな☆ いいよ☆ 答えは『キラリちゃん』でしょ☆」
「えっ!!」
ん? つかさはまだ質問をしていなかったよな?
「せ、正解です……」
「もー☆ マイナーなところ攻めるなあ、つーちゃんは☆ そこが可愛いけどッ☆」
「……飴野先生! あの、昔から大ファンでした!」
「キャァ☆ つーちゃんありがと☆ ウチちょっと恥ずかしいかもー☆」
そういって飴乃みなかは今度はスタスタとつかさに歩み寄り、つかさの頭を撫ではじめた。
すぐにつかさがドロリと溶けそうな笑顔になった。
いやいや待て、ペースに乗せられている場合じゃない!
「あの!」
俺は飴乃みなかと思わしき女性の、最初の発言を思い出しながら続ける。
「どっちもハズレってどういう意味ですか?」
「んー? 言葉のままの意味だよ☆」
待て待て一旦落ち着け俺。
整理して考えろ。
この目の前の女性が飴乃みなか。
処女作が『グリースの四半魔』で。
その内容が、マリナストライアやヘカテー、エリュなどについてのライトノベル。
ということは?
どういうことだ?
「あの……飴乃みなかさん」
「みなかで良いよ☆」
「……ではみなかさん、おいくつですか?」
混乱した俺は全くの的外れな質問をしてしまった。
「えー、女の子に歳訊くのは失礼だよー☆ ユウくんのエッチ☆」
なんでだよ。
「でもでも☆ ユウくん可愛いから特別に教えてあげる☆」
みなかはつかさを撫でたまま俺の方を向いてウィンクをしながら下をペロリと出す。
撫でられ続けたつかさはフライパンの上のバターみたいになってやがる。
「えーとね☆ 数えるのはやめちゃったけど、百は超えてるよ☆」
「百!?」
百? 百歳? 冗談が過ぎるけど、人間じゃないと考えれば何でもありか?
突如の出現といい、先程の予知紛いの芸当といい、このみなか氏も人間じゃないだろうし……。
「百歳……ですか」
これが俗に言うロリばばあ……いや、ロリじゃないか。
見た目はどう見ても二十代そこそこの、お姉さんて感じだ。
「アッハハハ☆ ユウくんおもしろーい☆ 百歳とか生まれて無いようなもんだよ☆ 私はね、地球の年齢の基準で言えば、百億歳以上だよ☆ キャッ☆ 言っちゃった☆」
ピースマークをウィンクで閉じた眼に近づけて、ペロッと舌を出すみなか。
……はい?
「百億って?」
「百億は百億だよー☆ ふふん☆ ウチは
そういって、みなかは俺の家の居間の床を指差した。
「この子?」
「そ☆ この星ね☆」
この星? どの星? 地球の事を言ってるのかな?
うーんと、色々とぶっ飛び過ぎててよく分からん。
「いやー☆ ユウくん察しが悪いし頭も悪いんだね☆ そこが可愛いけど☆」
困惑中の俺にみなかはそう言ってから、言葉では表せない、笑顔ではないような笑顔を俺に向けた。
それと同時に俺の身体は金縛りにでもあったかのように動かなくなった。
正確に言うなら動かないのではない。動くべきではない、だった。
「あらあら、人間。低俗なくせにまた新しい女の方を侍らせているんで……」
ふわふわ浮きながら登場したヘカテーが俺に声を掛けている途中で言葉を飲んだ。
横目に見るとヘカテーは浮いたまま硬直している。
ヘカテーでさえ固まってしまうやばい存在なのか? このみなかって人。
たったの数秒なのに永遠のような沈黙が居間に訪れる。
つかさを撫でるのをやめたみなかが、人差し指を唇に当て、星の入った黒目を天を舐めまわすように上向きで右往左往させ、やがて何かを思いついたかのようにテヘぺロピースをした。
「しょうがないから、ほんのちょびっとだけ本当の事、教えちゃうぞ☆」
みなかはそう言うと、両手と両腕をだらしなく広げて眼を閉じた。
同時に、触れてもいないのに束ねていたポニーテールが解け、青い長髪が風もないのに放射状に広がる。
次の瞬間、俺の家が家じゃなくなった。
壁や家具、その他家を構成するものは一瞬で消失し、周りは黒ずんだ赤、青、緑の三色がマーブル模様のように激しく入り乱れる何もない空間になった。
その何もない目に悪そうな色合いの空間に、俺とつかさとヘカテー、そしてみなかだけが存在している。
「い、一体、この、女の方はなななんなんですの?」
珍しくヘカテーが動揺するのも無理はない。
場所、空間、存在までも、何もかもがこの目の前のみなかという人物に掌握されている感覚が先程から身体中を駆け巡っているからだ。
未だに目を閉じているみなかを尻目に、俺はヘカテーに声を掛ける。
「飴乃みなかっていう小説家だって」
「そ、そんなわけありませんわよ。だって、この女の方、生き物というより、もはや殆ど概念的存在ですわ」
そう言ってヘカテーは俺に身体を寄せてくる。
よく見ると震えているのが分かった。悪魔でも恐怖とかあるのね。
この異次元チックな事態に俺は全身に過度な力が加わってしまい、背中が攣りそうになっているというのに、つかさはというと先程からみなかを凝視してうっとりしている。なんで?
「さてさて☆」
相変わらずの星ばんだ声音でみなかは星の入った目を開き、恐怖さえ覚える笑顔を俺らに向けた。
「全てを修正する前に、
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