つかさの疑惑

 現在時刻、二十五時過ぎ。


 眠そうなマリナには例の如く俺のベッドで寝てもらい、俺は状況と心の整理の為にヘカテーと暴食の悪魔エリュのいる居間に戻ってきた。


 問題点が三点ほどある。


 まず一つはつかさの正体。


 正体、といっても、まあただの俺の友達なのだが。

 ヘカテーの言うつかさが醸し出していた強欲――具体的には知識欲のオーラが何を意味しているかは不明だが、マリナやマリナの世界について知っているというのは甚だ疑問である。

 ヘカテー曰く、つかさは間違いなく人間とのことだが……。


 もう一つは今後の対応だ。


 俺の部屋には既に俺の他に三人の少女が居る。


 マリナに関しては、その、うん。

 彼女になったわけだし、同棲するのはいいとして。


 ヘカテーとエリュは悪魔であり、更に言えばエリュは『暴食』というよく分からん危険性を秘めている。

 ヘカテーに関しては正直いろいろと助けられる場面が多く、悪魔のくせにとても良い奴なので居てもらう分には構わないのだが……。


 流石に、男一人の部屋に少女三人を住まわせるのもどうかと思うのだ。

 それに関して、俺が協力をお願いできる人間はたった一人しかいない。

 つかさである。


 そのつかさと連絡が全くつかない。

 これが最後の一つの問題点だ。


 電話にも出ない、メッセージアプリにも応答がない。

 ついでにヘカテーによれば、歩いて行けるような近くにも居ないらしい。

 このタイミングで、だ。


 もしかすると――。


 つかさは実は向こうの世界の魔王的存在で、陰で悪魔どもを操り、地球このせかいを乗っ取ろうとしていたり……。


「人間。愚鈍ぐどんな邪推のオーラがダダ漏れですわよ」


 テーブルの傍で立ったまま思考している俺を、ヘカテーは空中から眠そうな目で見下ろしている。

 エリュはさっきからほぼ中身が空の冷蔵庫を開けたり閉めたりしている。ごめんね何もなくて。


「でもじゃあ、つかさはどうしてヘカテーちゃん達の世界の事を知ってたんだ?」

「さあ。直接訊いてみたらいいのではないですの?」

「そうしたいんだけどさ」


 改めてスマホの画面を見るが通知は無い。メッセージアプリも読まれた形跡がない。


「そんなことより、あのやかましい悪魔を黙らせてくれませんこと? あーもパタンパタン煩くては眠れませんわ」


 ヘカテーは眉間に皺を寄せながらその童顔をエリュの方に向ける。


 エリュ。

 エリュアーレ・グライアだったっけ。


 セミロング銀髪で白いフリフリワンピースのその少女は、弁当を五つ容器ごと平らげたあの後、下半身の停止信号ティポータが解けると同時に俺の家を、主にキッチン周りを重点的に物色し始め、粗方の食べられそうなものを口にしてまわり、それもなくなったかと思うと冷蔵庫を開け閉めし始めた。かれこれ一時間以上はパタパタと繰り返している。電気代……。


 先程ヘカテーから教えてもらった情報だが、エリュの瞳の色の変化は空腹率によるらしい。

 紫色だと軽い空腹、金色だと重度の空腹、それの上もあるらしいが、要するに空腹じゃない時はないそうだ。

 それってなんてかわいそうな体質だろうと思った。


 因みに紫色の瞳の時はそれなりに意思疎通は図れるらしく、話がしたいなら先ずは何かを食べさせてから、とのことだ。なんともまあ、お金のかかる悪魔だ。


 俺はエリュの元へ歩み、その銀髪に声を掛ける。


「エリュちゃん、開け閉めやめてもらっていいかな」

「……はいなのです。でも、少しお腹空いたのです」


 くるりと俺の方を向き、ちょっぴり困ったような顔で上目遣いに見てくるエリュ。可愛え。


「また明日、何か食べ物たくさん買ってくるよ」

「本当なのです?」

「うん。だから、今はちょっと話をしない?」

「……わかったのです。約束なのです」


 これで語尾ににぱー☆なんてついたらまさにアレだな……などとくだらないことを考えてから、エリュと共に居間のテーブルまで戻る。

 ふわふわ浮いているヘカテーはいつの間にか眠っている様だった。浮いたまま。


 二人でテーブルに着き、俺は紫色の瞳にエリュに向かって質問をする。

 これも、今後の為だ。


「エリュちゃんは、何歳?」

「あたしは、多分五歳くらいなのです」

「え!?」


 んなあほな。

 身長もヘカテーと同じくらいだし、見た目もどう見ても小学校高学年か中学生くらいだぞ……。


「てめえは、何歳なのです?」

「てめえって……」


 教育した奴出てこい。

 ……いや、悪魔の親玉みたいの来そうだからやっぱいいです。


「俺はてめえじゃなくて、ユウスケ。今は二十歳はたちだよ」


 エリュは年齢にそぐわない妖艶めな笑顔を俺に向けてから、


「ユウスケ。あたしは、食べ物をくれるユウスケ、大好きなのです」

「ッ――」


 ――ぐはっ!!

 自分の顔面がみるみる熱くなっていくのが分かる。

 未だかつて少女を前にここまで赤面したことがあっただろうか。


「ユウスケ、顔真っ赤なのです。大丈夫なのです?」

「あ、ああ、大丈夫」


 左手で顔を隠しながら顔の前で右手を振る何とも情けない成人男性。

 ともあれ、訊くべきことはまだまだある。


「エリュちゃんは、何か魔法は使える?」

「はいなのです。一通り何でも使えるのです」

「おお! そしたら、元の世界に帰る魔法とかない?」

「?」


 きょとんとした顔で首を傾げるエリュ。

 もしかしてここが地球いせかいだと気付いてないのかな。


「ほら、ここに来るときにきっと何か魔法使ったでしょ? ディアス……タ……」

五次元干ディアスタシー・渉魔法レイトロギアなのです?」

「そうそうそれそれ。それってやっぱり今は使えない?」

「はいなのです。魔族か怪物の亡骸を使った魔法陣の作成が必要なのです。この辺りには、それに該当するのは三人しかいないのです」

「え? 三人?」

「はいなのです」


 怪物……は地球ちきゅうに存在しないとして、魔族が三人? 地球にいる?


「それはヘカテーちゃんやエリュちゃんも含めてって事?」

「その通りなのです。でも悪魔は悪魔を殺めることはできないのです。だから、ここでは無理なのです」


 ちょっと待てよ?

 冷や汗が背中を伝うのを感じた。


 もう一人魔族が居る?


 ――あの女の方、只者じゃないようですわね。

 ――あの女の方はマリナストライアやわたくしのことを恐らく知っていますわね。


 ヘカテーの言葉が脳裏に蘇る。


 いやでもそんなはずはない。ヘカテーも否定していた筈だ。


 独りでに暴れている心臓を押さえつけながら俺はエリュに意を決して問う。


「該当する三人って、ヘカテーちゃんとエリュちゃん、あとの一人って――」


 ――ピピピピ!


 突然の振動と電子音に俺は本当に心臓が破裂するところだった。

 エリュも驚いた表情でテーブルの上の音の鳴る物体を凝視している。


 振動と音の源は俺のスマホだった。


 乱れた脈動と精神を強引に宥めるように強めに息を吐いてから、スマホを手にする。


 画面には『秋山 つかさ』の表示。

 件の、疑惑の張本人だ。


 真実を知ることに恐怖心が膨らんでいるのは否めないが仕方がない。

 洗いざらいすべて吐いてもらおうか、俺の唯一の友人よ。

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