銀色と紫色の暴食

「さっきのは何?」

停止信号ティポータ魔性変調解除アッファーロ、どちらも冥魔法の類ですわね」

「そっちじゃなくて! 誰なんだよあの銀髪の子は! 来るの知ってたみたいだし、ヘカテーちゃんが呼んだのか?」

「あら、失礼ですわね。そんなわけありませんわ」

「私が着替えていたら、突然強い光が壁から見えて、そこからあの人は出てきました」

「強い光って……マリナの時と一緒だな」

「そういうことですわ。恐らくあの子は五次元干ディアスタシー・渉魔法レイトロギアを使ってここにやってきたようですわね」

「ようですわねって……そう簡単に使える魔法じゃないんだろ? 究極魔法とか言ってなかったか?」


 あの後、一分程経ってマリナはハッとしたような顔で「ユウスケ様少しお待ちください」と言い残し、俺の部屋から出て行った。

 またしても一分程経つと、俺のブルーの芋ジャージ上下を着たマリナがヘカテーを引き連れて部屋に戻ってきて、ヘカテーは俺に手のひらを向けて、凄く面倒そうな表情と声のトーンで「魔性変調解除アッファーロ」と唱えた。


 直後に俺の身体は動くようになり、差し当たり現状把握の為、全員で居間に移動して話し合いを始めたのだった。


「私のいた世界に、究極魔法を使いこなせる人間なんていなかったと思いますけど」


 マリナは萌え袖からでる細い指を口元に当てて眉を寄せている。


「その通りですわ。流石、私のマリナストライアですわね」

「何を言ってるのだヘカテー、私はユウスケ様のものだ!」


 おっと、口論チックに恥ずかしいこと言うのやめてくれよ。


「ど、どういうこと? ヘカテーちゃん」

「どうもこうも、マリナストライアの言う通り、五次元干ディアスタシー・渉魔法レイトロギアは人間が使えるような魔法ではありませんの。……まあ、魔法陣自体は私の森に敷きっぱなしにしてきたので、膨大な魔力のある種族なら即座に使えてしますのですけれども」

「それじゃあ、向こうの世界のヘカテーちゃんの住む森で、あの銀髪の子が魔法陣を使ってこっちに飛んできたってこと?」

「その通りですわね」


 椅子に座ってテーブルに着く俺とマリナを、ふわふわと浮いて見下ろすヘカテー。


「あの銀髪の子は一体? 私を見るなり襲ってきたのだが」


 マリナは浮くヘカテーを見上げて訊いた。


「あー…………そうですわね。正確には襲ったのではなくて、食べようとしたのですわ」

「「食べッ!」」


 俺とマリナは声を揃えてしまった。

 食べようって……どういう意味だよおい。


「文字通りの意味ですわ。途中で興味が人間に移ったみたいですけれども」


 ヘカテーは肘枕のポーズでふわふわ浮いたまま俺を見つめてきた。


「それで、結局あの銀髪の子は誰なの?」

「直接、訊いてみたらどうですの? もうそこにおりましてよ」


 そう言ってヘカテーはジトッとした眼で俺の部屋の方に視線を遣る。

 俺とマリナが次いで見た時には既に停止信号ティポータの解けたらしい銀髪少女はこちらにトボトボと歩いてきていた。

 先程の記憶が蘇り、恐怖心が湧き上がる。


「くッ!」


 俺もマリナも椅子から立ち上がり、間合いを取る。


「あー、その子にはとりあえず下半身だけ停止信号ティポータをかけておきますので、話し合うといいですわ。尤も、話し合いになればですけれども」


 ヘカテーがそう言って赤い眼をキラリと光らせたと同時に、銀髪少女の足はピタリと止まる。

 ……というか、ヘカテーってなんだかんだいいながら良い奴だよな。


「ユウスケ様」

「ああ、分かってる、やってみるよ」


 俺は、その場で両腕を頭をふらふらと動かす銀髪少女に話しかける。


「君は一体? 何の為に地球このせかいに来たの?」

「δ◆Θ☆∽!」


 おう……向こうの言葉かな。


「マリナ、何言ってるか分かる?」

「はい、全くわかりません」


 向こうの言葉って訳でもないんかい!


「はあ、しょうがないですわね。これだから人間は低俗なのですわ。言語の共通化をしますわ」


 浮いていたヘカテーはそう言うとふわっと銀髪少女に近づき、喉を指差して何かを呟いた。

 何を言ったかまでは聴こえなかったが、言い終わると共に一瞬だが銀髪少女の喉元が淡く光った。


 どうやらまたしてもオブザーバー的立ち位置で浮いていたヘカテーが助けてくれたようだ。

 ヘカテーって、絶対いい子だよね。悪魔なのに。


「お腹空いたのです」


 次の瞬間、銀髪少女は確かに日本語でそう言った。

 金色の瞳で俺とマリナを交互に見ながら。


「お腹って……えと、君は一体?」

「お腹空いたのです」

「…………名前は?」

「お腹空いたのです」


 それしか言わない銀髪少女は、俺とマリナを交互に見ながら僅かに開いた口からよだれを垂らした。

 黙っていれば綺麗な銀髪で顔立ちも整っていて可愛いと美しいの中間くらいの少女なのに、垂らしたよだれでいろいろ台無しだな。


「ユウスケ様……」


 マリナがなんとも言えない苦笑を俺に向ける。


「……。うん、晩御飯にするか」


 腹が減っては何とやら、確かに俺もお腹が空いてきた。

 いろいろと確かめるのも皆で食事を摂ってからでもいいかな。


 銀髪少女この子がこの世界の食事で満足するかは知らんけど。


 * * *


 とはいったものの冷蔵庫には本当に何もなかった。

 意味不明な存在を家に残して買出しに行く気にもなれず、仕方なしに店屋物を取ることにした。


 ネットで注文すれば割と早めに自宅に届く、何とも便利な世の中だ。


「マリナは何か食べたいものは?」

「私は……もしあるなら、オムライスが良いです」


 あー、気に入ったのね。ってか数時間前に食べたでしょうに。


「ヘカテーは?」

わたくしは特に。強いて言うならマリナストライアが食べたいですわ」


 何言っちゃってるのこの悪魔。


「それで……そこの、君は?」

「お腹空いたのです」

「何か食べたいものある?」

「お腹空いたのです」


 さっきから永続的にこの調子だ。

 下半身の停止信号ティポータが解ける前に何かを食べさせてあげないと、俺やマリナが物理的に食べられる気がする。


 幸い、数十分で頼んだものは届き、それまで銀髪少女の停止信号ティポータが解けることはなかった。

 何がいいか分からないので、オムライスを含むいろんな種類のお弁当を頼み、なかなかの料金になってしまった。


「では、わたくしはこのゲロール肉に似たものを頂きますわ」


 そう言って牛焼肉弁当を奪い飛び去るヘカテー。

 特に、とか言ってたわりにちゃっかり選んでるじゃないですかヘカテーさん。

 てかゲロールって……。


「マリナにはオムライスね」

「ありがとうございます!」


 眼を輝かせてオムライスを受取るマリナに、俺もちょっと嬉しくなる。


 残るは。


 銀髪少女から見えるように、テーブルに残りの弁当を並べる。

 のり弁当、ハンバーグ弁当、トンカツ弁当、カレー弁当、幕の内弁当。

 絶対、頼み過ぎたな。 


「さて、君はどれがいい?」


 返事はなかったが、銀髪少女は金色の目を並べられた弁当に向け、よだれを垂らした。

 少し眼を見開いているようにも見える。

 きっと、未知なる食べ物に興味津々といったところなのだろう。


 取り敢えず、俺はのり弁を手に取って銀髪少女に持たせてあげた。

 きょとんとした顔でそれに目を落とす銀髪少女。


「待ってね、今箸を――」


 俺が目を離したのはほんの一瞬だ。

 次に視線を戻した時には銀髪少女は何も持っていなかった。

 容器ごと、のり弁は消えた。え?

 床にもどこにも、のり弁はない。消失した。


「えーと……」


 マリナに目を遣ると、行儀よくテーブルでオムライスを食べていた。

 夢中で、俺や銀髪少女のことは気にしていないようだ。

 ヘカテーはいつの間にか居間から消えていた。どこで食べてるのよ。


 視線を銀髪少女に戻すと、驚いたことに目が合った瞬間、銀髪少女はニッコリと笑った。

 一瞬にして心拍数が跳ねあがる程、可愛い笑顔だった。

 いかん、俺には彼女が出来たばかりだぞ。


 とにかく、俺はもう一つの弁当、ハンバーグ弁当を、今度は箸と一緒に銀髪少女に渡した。

 銀髪少女はそれを迎え入れるように受け取る。

 今度は目を離すもんか。


 しかし、俺の視線が気になるのか、照れたような表情でなかなか食べようとはしなかった。


「あのぉ、あまり見ないでほしいのです」


 打ち寄せる穏やかな波のような声で、銀髪少女は俺にそう言った。

 おお、初めて「お腹空いた」以外の台詞が聞けたぞ。


「ああ、ごめん――」


 そう言って一瞬、ほんの一瞬俺は目を逸らしただけだった。

 直後にブワッと風を感じ、再度眼を銀髪少女に戻せばやはりハンバーグ弁当は消失していた。

 今度は箸ごと。


 もしかして、この子が丸ごと食べちゃってるとか?


「あのぉ、それもそれも、食べたいのです」


 銀髪少女はそう言ってテーブルの上の残りの弁当に視線を配る。

 と、ここで気づいたがいつの間にか銀髪少女の瞳は金色から淡い紫色に変わっていた。どういうこと?


 その後、同じようなことが三回繰り返され、見事に弁当はすべて無くなった。

 俺の飯は……。


「ごちそうさまなのです。もっと食べたいのです」


 銀髪少女は紫の瞳を細めて俺に笑顔を向けた。

 やっぱり食べてたのね! 容器ごと。


「それで、君は一体何の為に地球ここに?」

「何となくなのです」

「何となくって……」


 またしても、やっぱり面倒なことになりそうだなこれ。

 帰す方法が現状無いというのに。


「名前は?」

「あたしの名前はエリュなのです」

「エリュ」

「エリュアーレ・グライア。意地の汚い食欲にまみれた、暴食の悪魔ですわ」


 口を挟んだのはいつの間にかどこからともなく現れたヘカテーだった。

 頬っぺたにご飯粒がついている。


「悪魔!?」

「そうですわ。尤も、こんな欲の塊と同種族だとは思われたくないですけれども」


 ヘカテーはふわふわ浮いたまま汚いものを見るような眼で銀髪のエリュを見下ろす。


「暴食の悪魔……」


 そう呟いて俺はマリナに目を向ける。

 マリナはまだオムライスに夢中のようだった。


 いやいやいや、どうしようか。

 現在家には俺の他に少女が三人。

 一人は俺の彼女で勇者の子孫。

 残る二人は悪魔。


 追い出すわけにもいかないよな……。

 追い出して、どこかで暴食が暴食を発揮して人間でも食べちまった日には解き放った俺が悪魔だ。


 明日からまた仕事なのに、今日もまともに寝れる気がしないな。


 こんな時に頼れるのは……。

 そんな思いで俺はスマホでマリナの師匠に発信する。

 ちょうどいい。訊かねばならないこともあったしな。


 しかしながら、その日は何度電話をかけてもつかさが応答することはなかった。

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