悪魔の狙い
「あらあら、マリナストライア。何とも風変わりな格好ですこと」
そう言って緩やかに居間の床に着地したヘカテーと呼ばれたそいつは、赤くて長い髪をこれでもかと言わんばかりに激しく手で払った。
どう見ても小学生高学年くらいの容姿と身長である。
そのヘカテーに対して武器もなく拳のみを構えているマリナは、俺のTシャツに短パンという格好で何とも締まりがない。
「ヘカテー、貴様が私の魔力を奪ったのだな!」
「あらあら、相変わらずの威勢ですわね。もちろんそうですわ。
おお、ヘカテーちゃんご明察……。
いきなり俺を魔法で切り刻もうとしてきました。助かりました。
もしかしてヘカテーちゃんって良い奴?
「くッ……汚いぞヘカテー! 陰魔法ばかり使う悪魔め!」
「あら、陰魔法だなんて下卑た言い方はやめてくださいませんこと? ……それでどうだったかしら、マリナストライア。孤独になった感想は?」
「黙れ! それに私は孤独じゃない! 今はユウスケ様という
「主?」
ただ固まって見ていることしかできない俺に、ヘカテーの睨むような目線が向けられた。
そのままヘカテーは薄く鼻で笑った後に、
「どうマリナストライアを
俺に向けて確かにそう言った後、ヘカテーは右手人差し指と中指を俺に真っ直ぐ向けた。
そして冷酷な笑いを浮かべて、
「ブロンティ」
と一言だけ呟くように言った。
すぐにヘカテーの指先が急速に光りだし、その光は勢いよく俺目掛けて飛び出す。
「危ない!」
その刹那、マリナが俺と光の間に飛び出し、光はマリナに命中した。
バチッという大きな音と光と共にマリナは小さく痙攣し、床に倒れ伏せた。
「マリナ!」
動かないマリナに俺は慌てて駆け寄る。
Tシャツ越しに両肩を掴むと一瞬ピリッと手のひらが痺れた。どうやらマリナが受けたのは電撃系の魔法だったようだ。
ヘカテーの無慈悲な攻撃から俺を庇ったのか?
意識の無いマリナを見て、俺は肩を握る手に力が入る。
なんてひどいことを。
やはりコイツは悪魔だ! 良い奴かもなどと一瞬でも思った自分が憎い。
そう思いながらヘカテーを睨むために目を遣ると、
「どど、どどどどどどどうしましょう!!」
そこには驚嘆と狼狽の表情であたふたするヘカテーが居た。
いやなんでアンタが一番狼狽えてるんだよ!
* * *
現在、俺の部屋には二人の少女が居る。
一人は気絶し、俺のベッドで寝ている金髪碧眼の少女マリナ。
そしてもう一人は涙目でベッドの傍で正座をしている赤髪オッドアイのヘカテー。
どういう状況なんでしょうね、これ。
土日で解決どころか余計に問題が増えた気がする。
「それで、マリナは大丈夫なんだよね? もろに君の魔法くらったけど」
「大丈夫、ですわ。ブロンティは人間の筋肉の強制収縮程度の電撃……この世界でいう電撃銃程度の威力ですもの」
電撃銃……スタンガンってことか。
「じゃあ気絶してるだけって事だね?」
「本当はアナタに向けたのですけれど……あなたは一体、マリナストライアの何なんですの?」
小さい容姿で眼に涙を溜めるヘカテーは、まるで叱られている子供って感じだった。
「さあ、俺もよくわからない……マリナが言うには、俺はマリナにとって付き従える存在? らしいけども」
「どういう風の吹き回しですの?」
「マリナはプロフェットのお言葉だからって言ってたけど」
半べそのヘカテーは正座から体育座りに変えた。
短めのスカートから伸びる細い太ももの付け根に純白の布地が露わになっており、俺は目のやり場に困った。
ヘカテーは膝に顔を
「プロフェット……あんな堕落者の戯言を信じるなんて、まあマリナストライアらしいですけれども」
涙声で力なく言った。そこに悪魔の威厳みたいなものは全くなかった。
「ヘカテーちゃんはどうして――」
「ちゃんはやめてくださいまし。ヘカテー様とお呼びなさいな、低能な人間」
そんな半泣きで小さくなりながら言われても……。
「じゃ、その、ヘカテー様、はどうしてマリナを
「そんなもの、マリナが孤独になればいいと思ったからに決まっていますわ」
「えーと、具体的にはどういう意味?」
「はあ、まあいいですわ。どうせ異国の人間ですし、話してあげますわ」
体育座りのまま、ヘカテーは薄く笑って続けた。
「
ヘカテーは眠るマリナを見つめながら続ける。
「ある日私はマリナストライアを尾行したんですの。そうしたらたくさんの人間と楽しそうにしながら生活しているのを見せつけられましたわ。……でもまあ人間とはもともと群れる生き物。悪魔の生き方とは相容れないのでそれ自体は別に否定しませんわ。それでも」
ヘカテーはいつの間にか涙は乾き、代わりにその眼には冷淡さが宿っている。
「たくさんの愛や信頼を築いて生きている人間が、孤独に生きることが定めの悪魔である
不気味にニヤリと笑い、鋭い八重歯が見えた。
「何もない悪魔の
「それで、人間関係を奪う為に魔法で
「その通りですわ。そうすれば
それって……。
俺は椅子に座ったまま、ヘカテーとマリナを交互に見つめる。
「要するに、ヘカテー様はマリナと仲良くしたかったってことだね?」
「はあ!?」
ヘカテーが顔をほんのり赤らめて俺を睨んだ。
「
「きいてたよ。きっと、マリナの後をつけたのだって、仲良くなりたかったからでしょ?」
「ち、違いますわ」
「だって君、言ったじゃない。
俺がそう言うと、ヘカテーは眼が見えなくなるくらいに俯き、それと同時に俺の部屋が地震のように揺れ始めた。
「人間風情があまり
どうやらこの揺れはヘカテーが起こしているらしい。怒ったら大地揺らせるとかどこの少年漫画だよ……。
「馬鹿にしてないって! 寧ろ俺はヘカテー様を応援するよ」
「――応援?」
揺れが収まり、ヘカテーは顔を上げて俺を凝視する。
赤い髪を揺らして怪訝な顔をするそいつに俺は、
「だって、悪魔だろうがなんだろうが、望まぬ孤独ってやっぱ辛いと思うんだよね。種族……っていうのか俺にはよく分からないけど、仲良くするのにそういうの関係ないと思うし。ヘカテー様も本当は孤独なんて望んでない筈だよ。だったら俺が可能なら手伝うってのはどう? ちょっとのすれ違いくらいならなんとか修正できるかもしれないし」
俺は自分で何を言ってるんだろう。
俺はこの土日で問題事を解決したかったんじゃないのだろうか。
マリナを無事に自分の世界に帰して、元通りの日常に戻りたかったんじゃないのだろうか。
それでも、俺の勘は当たっていた。
「だって、ヘカテーちゃん悪い悪魔じゃないみたいだし」
少し昔の自分を思い出したからか、それともこの特殊な状況に頭がおかしくなったからか、自分でもよく分からない。
それでも、ヘカテーがマリナと仲良くしたがっているのを、助けたい、だなんて思ってしまった。
暫く無言で俺の顔を見つめていたヘカテーは、
「オーホホホホホ! この世界には面白い人間が居るのですわね。悪魔なのに悪くないなどと」
不意に高らかに笑いだし、ふわりと立ち上がった。
「まあ、いいですわ。貴方の口車に乗ってさしあげますわ、人間。ちゃん付けで呼ぶのも許してさしあげますわ」
「あ、ありがとう?」
良く考えれば得体のしれない悪魔に抗弁をした俺は命知らずだろうか。
それでも、あのヘカテーが見せた冷淡さの宿る表情に俺自身にも心当たりがあった。
やっぱり、ただ放っておけなかっただけかもしれない。重度のお人よしに成り下がっちまったかな。
「それで、その……」
ヘカテーは両手を背に回し、俯きながら上目遣いで俺の眼を見つめてきた。
「ど、どうしたら
赤と紫の潤んだ瞳でもじもじと言うヘカテー。
え、何コイツめっちゃ可愛え。
まあ、マリナを帰すのは、こいつらを仲良くさせてからでもいいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます