跪いた転生者(リインカーネイテッド)
そんなこんなをしているうちに、いつの間にかそろそろ支度をしないと仕事に間に合わない時間になりつつあった。
俺は慌てて自分の珈琲を飲み下し、立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ出かけるから。物置部屋はあっち! 出て行くなら玄関はあっち! お腹空いているなら冷蔵庫はあっち! 出て行くのも何をするのも好きにしたらいいが、家のものは触らないでくれ」
俺は激しく各所に指を差しながら金髪少女に雑に説明した。
ちゃっかり少女の空腹を気遣う俺、甘ちゃんだよな。
俺が部屋を出て行こうとすると、
「待ってくれ」
と少女は言いながら、きょとんとした顔で自分の頬を触っていた。
時間無いんだってば。
「何?」
「この……私の顔についているツルツルなものは何だ?」
「それは絆創膏! 怪我したところに貼ったんだ、気にくわないなら捨ててくれていいから」
昨晩――というか数時間前だけど――介抱した際に少女の顔にできていた擦り傷に、俺が貼ったものだ。
消毒液を持ち合わせていなかったのでただ貼っただけなんだけども。
少女はその綺麗な碧眼を見開いたまま絶句している。
そして
「もういいか?」
俺は金髪碧眼少女の返事を聞く前に部屋を出た。
俺が居間でそそくさと着替えている間も、金髪少女は部屋から出てこなかった。
なんとなく、ただ何となくだが、そのまま家を飛び出すのも忍びない気がして、少し声を張って「いってきます」と言い残してから家を出た。
アイツに聞こえたかまでは分かりっこない。
いってきます、ね……最後にそれを言ったのはいつだっただろうか。
* * *
仕事中も休憩中も、俺は心ここに非ずといった感じだったと思う。
いつもうざ絡みしてくる先輩から「何かあったの?」と心配される始末だ。
これではいけないと分かっていながらも、どうしても油断するとすぐに考えてしまう。
そりゃそうだよな。
全く知らない人間がどこからともなく俺の部屋に現れて、今もそこにいるかもしれないんだから。
しかし集中できていないにしろ、まだまともに業務を進行できているだけ良い方だと自分でも思う。
心配と思考と業務にフラフラ揺さぶられながら、死ぬほど長く感じた勤務もなんとか終業時刻を迎え、俺は会社を飛び出した。
寄り道をせず真っ直ぐの帰路中もずっと思考が渦巻く。
一体あの子は誰なのか。どうして俺の部屋に突然やってきたのか。
今はどうしているのか。出て行っただろうか。
名前なんて言ったっけ……マリナ……なんちゃらだったっけ。
答えの出ない脳内会議を止め処なく続けたまま、俺は自分の住むアパートに着いた。
何となく、インターホンを押してからドアを開ける。俺の家なのにどうしてだろうか。
反応はない。
そしてドアノブに手を掛ける時に自分の手が小刻みに震えているのを見て笑ってしまった。
何を緊張しているんだろう。
大して重くもないドアを、さも重厚であるかのようにゆっくりと開ける。
そこで俺が目にした光景は――――
「お帰りなさいませ、ユウスケ様」
――片膝をつき、
「……どしたの」
このマリナなんちゃらがまだ家にいた事にも少し驚いたが、何よりも手のひらを五百四十度返したかのような態度に俺は口を開けてしまった。
「ユウスケ様、
そう言って微動だにしない金髪少女。
俺も驚嘆と困惑で固まった。
「忠誠って……」
「はい。私は貴方に尽くし、全てを捧げます。何なりとお申し付けください」
「ちょちょちょっとまって」
さては今朝の少女とは別人か? いやでもさっき同じ名前言ってたし……。
尽くすって……そりゃ女の子に尽くされるとか、ロマンと言うか悪い気はしないけども。
「とりあえずしゃがんでないで立ったら? それとよく分からないからとりあえず質問したいんだけど」
「承知いたしました」
少女は立ち上がり、凛とした表情をして青い瞳で見つめてくる。
よく見ないでも、相当綺麗で可愛かった。
……まあ鎧を外したままの恰好なので、上下薄い紺色布地のぴっちり目の服で、少しへんちくりんだけども。
ちなみに裸足だった。靴は鎧とセットになっていて、伸びている間に脱がせたからだ。
俺は家に入って戸に錠を落とし、靴を脱ぎながら、
「それじゃ、とりあえず――」
――ぎゅるるるぅ。
俺が色々と尋ねようとした瞬間に凄い音が少女のお腹の辺りから聴こえた。
金髪少女は表情を全く変えぬまま、しかし頬が段々と赤くなっていくのが確認できた。
「お腹すいたの?」
「申し訳ございません」
「何も食べなかったの?」
「その、食物が見当たらず……申し訳ございません」
「冷蔵庫はそこって今朝…………あ」
冷蔵庫、の意味が分からなかったのか。
マジでこの世界の人間じゃないのか? 言葉は通じるんだけど……。
「まず、その、君はどこからやってきたの?」
「はい、私はプリュギアの――」
――ぎゅる、ぎゅるうるるるるるるる!
「…………」
「…………」
「先ずは、食事にしようか」
目も当てられないくらい顔が真っ赤になった少女に俺は苦笑気味にそう言った。
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