ズレた転生者(リインカーネイテッド)
窓から突き刺す朝陽と全身の鈍い痛みで俺は眠りから覚めた。
椅子で寝たのは本当に久しぶりで、身体の疲れが全然取れた気がしない。
歳をとった、という事だろうか。まだ二十歳になったばかりだけども。
本来俺が就寝に使うはずだったシングルベッドには、現在金髪の女性が安らかな顔ですうすう眠っている。
気絶した手前放っておくこともできず、無い力を振り絞って必死に移動させてベッドに寝かせたのだった。
それにしても――。
やっぱり夢じゃなかったんだな。
全身は痛みに苛まれているし、ダンテちゃんのポスターはやっぱり跡形もなくなっているし、こうして金髪の女性は存在しているし。
寝て起きたら全て夢でした、なんて都合よくはいかないものだ。
そんな風に思考して小さく鼻で溜息をついてからベッドの上の女性に目を遣ると、金色の眉毛が不規則に動き始めた。どうやら起きたらしい。
「ん、うーん…………」
「目が覚めたか? 金髪さん」
椅子に座ったまま声を掛けると女性はぱちりと眼を開き、綺麗な青い瞳をこちらに向けた。
「こ、ここは……私は一体……」
「俺のベッド。気絶しちゃったからそこに寝てもらった。断じてやましいことはしてないからな」
「気絶…………そうか」
悲しみの
「私は貴様に負けたのだな。ならばもう情けは無用だ。悪を根絶やしにすることは私にはかなわなかったが、己の力不足故なら仕方がない」
首までしっかりと布団を被ったまま女性は幼い声でそう言った。
悪を根絶やしって……。
「さあ、
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」
もうどこから突っ込んだらいいかも分からん。
「殺さないよ!」
俺の言葉に女性は顔だけをこちらに向け、薄く笑った。
「……情けは無用だと言ったはずだ。それとも私は生きたまま貴様に従属せねばならないとでも言うつもりか」
「言わない! 言わないし情けも別にかけてないって!」
「…………」
女性は眉を寄せ、その童顔を強張らせながら何かを考えているように見える。
……どうやったら話通じるんだろう。
「ま、まさか……」
女性は不意に貧弱な声をだして怯えた顔をし始めた。
心なしか顔も赤く見える。
「わ、私の……
「は?」
「いつの間にか鎧も外されているようだし……」
それ外すの本当に大変だったんだぞ。重いし外し方わからないし。
「西洋」「鎧」「外し方」で検索しても全然出てこないし。
しかし女性が着ている物を脱がすのはさすがにドキドキしたな。
勿論、中に衣類は来ていたんだけども。
「まさかその為の結界? いやでも、わたしは、その、貴様が危険を冒してまで欲しがるような魅力的な身体ではなく――」
「だああああ!! もう、違うってば! 鎧は寝るのに邪魔だから物置部屋に移動した! 身体が目当てでもないし、いきなり君がここに現れて困ってるのはこっちなの! 君、一体誰なの?」
らしくもなく声を荒げてしまった。
しかし、突然俺の部屋に現れたかと思いきや敵意剥き出しの上に安眠まで奪われて、話も通じなかったらそりゃ苛立っちゃうのも仕方ない。
俺の大声に女性はビクリとし、突然涙を目に溜めはじめた。
金髪女性の先程までの威勢とは真逆のか弱い反応に俺は動揺して、
「と、とりあえず、自己紹介! お互い自己紹介しない?」
などと言っていた。
多分とても醜い苦笑いをしてしまったと思う。
* * *
俺が台所からコーヒーを二杯携えて部屋に戻った時、金髪の女性は俺のベッドの上に慎ましく正座をしていた。
どうやらもう剣を向けるような敵意はないらしくて、俺はホッとする。
まあ剣は夜中の内に物置部屋に隠したけど。
「とりあえず、珈琲。飲めるかい?」
俺はできるだけ優しく聞こえるように声をかけて、大きいマグカップを一つ女性に差し出す。
両手でそれを受取るそいつは、よく見ると童顔でありながらもものすごく整った顔立ちで、威勢を失った今は「外国の少女」って感じにしか見えない。
「これは……独特な香りがするな。まさかこの中に精神や肉体を汚染する毒物が――」
「入れてない」
いい加減敵対視するのやめて欲しいところだ。
あと一時間もしないうちに出勤しなければならないのに、この状況一体どうしたものか。
俺は椅子に座り、珈琲を一口。
それから深呼吸を一つ。
寝不足の身体にカフェインが染み渡るのを感じながら、俺は金髪碧眼の少女をしっかと見つめ、
「さて。俺の名前はユウスケ。この家に住んでいる二十歳の普通のサラリーマンだ。今は、突然君が俺の家に現れてとても困惑しているってところだ」
自己紹介を述べた。
少女は純真な
そして一口飲んだかと思うと、物凄い
「ベッ! ぶぇっ! 苦いぃぃぃ……。さてはやはり毒物を――」
「入れてない!」
また違った原因で眼に涙を溜める少女。
昨日の敵視の表情とのギャップでちょっと可愛く見える。
「あとでミルクと砂糖を持ってくるね。その前に自己紹介をしてくれ」
俺は机の上にマグカップを置き、両膝に両肘を置いて両手を合わせて訊いた。
少女は俺から目を逸らさずに、
「私の名はマリナストライア・ヘイリオス。プリュギアに住む十六歳」
「じゅうろくさい……」
「今は目の前の
「………………」
駄目だ。もう話にならない。
早く自分のところに帰ってもらおう。
どうやって来たかもわからないし外国だか異世界だか分からないけど、そのプリュギアだかに早々にお帰りいただかないと。
「もうわかった。そんなに俺を疑うなら帰ってくれて構わない。隣の部屋に君の鎧も剣もあるから、それを持って自分の国? にでも帰ってくれ。その代わり、もう俺を襲ってくるなよ!」
「…………逃がすと?」
「逃がすってか、君がここに勝手に迷い込んだの!」
俺はちょっと冷たく言い過ぎたかなと感じつつもこれで良かったと思った。
真に困窮するなら手を差し伸べたくなるものだが、こうまで疑いの眼を向けられたままというのは非常に気分が悪かったからだ。
読書の時間も睡眠時間も削って介抱してやったというのに。
少女は急に黙り込んだかと思うと、その青い瞳でジッと俺を見つめてくる。
そして時間を掛けて首を傾げていった。
「ひょっとして…………ユウスケ、貴様、ヘカテーの使いではないな?」
「…………はぁ」
深淵にまで届きそうな溜め息が出た。だから誰だよヘカテー。
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