第14話 美玲さんの彼氏?

 今日は休日。ダイニングでのんびりと映画を見て過ごすことになっていた。ここを使いたい時は、長時間の場合は、他の三人に伝えておくことになっている。同じ時間帯に見たいテレビ番組があった時などは、前もって決めておく必要があったからだ。録画して後で見たい場合も、録画予約することを前もって伝える。家庭というよりは、シェアハウスのようだな、と最近いつも思う。


「あら、悠斗君、今日はここで映画鑑賞だったのね」

「うん、そうなんだ。これから一本見る予定。美玲さんたちは、家にいるの?」

「七帆は学校へ行くけど、私は家にいる。ちょっと、お客さんが来るけど……」

「そうなの」


 珍しいことだ。あ、ここへ来てから初めてだ。


「これからすぐ?」

「いいえ、もうちょっとしてからね」

「ふ~ん、そうなの」

「お客さんは、部屋へ行くの? それとも、キッチンにいるの?」

「それが……男子なので、部屋に行くのはやめておこうと思って……キッチンにいるけど、いいよね」

「ええ―――っ、男子! すると、ボーイフレンド?」

「まあ、そんなところ」

「へええ、じゃあ、俺がここにいるとまずかったのかな?」

「いいえ、ここで映画を見るのはもう決めていたことでしょ。いいのよ、私はキッチンで」

「そう。でも、ボーイフレンドがねえ」


 男子と話すのは苦手なのでではないかと思い始めたのは、つい最近の事だった。その美玲さんに、ボーイフレンドがいたなんて、信じがたいことだった。驚きの感情の後に、切ない感情が押し寄せた。俺は彼女の事を女性として意識していたのかもしれない。身内だというのに。


「美玲さんにボーイフレンドが、いたんですね」

「信じられないこと、かな?」

「……うん、そんなことはないよ。だって、いてもちっともおかしくはない。素敵な人だから」

「まあ、ありがとう。優しいわね」


 そう、客観的に見ても十分魅力的な美玲さんが、特定の男性と付き合っていることは不思議でも何でもない。


「じゃあ、僕は予定通り、ここで最後まで映画を見ることにする。終わったら、部屋に戻るから」

「あ、ああ、気を遣わないで。彼も、気難しい人じゃないし、家庭の事情も分かっているから」

「そう。親しい人なんだね?」

「うん、まあ、それほどでも。それじゃあ、また後で」


 その後は、映画を見ていてもストーリーが全く頭に入って来なくなった。美玲さんの彼氏の事を想像してしまう。一体、彼女が付き合っている人とは、どんな男性なのだろうか。純粋な興味もあるが、それ以上にどんな付き合い方をしているのかや、どれほど深い関係なのかまでを想像してしまう。


 頭の中から雑念を出そうと試みて、画面に集中してみる。そうして、少しの時間ストーリーを追っていたが、チャイムの音がして誰かが入ってくる音がした。


―――おお、いよいよ彼氏の登場だ!


「失礼します」

「どうぞ、入ってね」


 品のよさそうな男の声に続いて、美玲さんの声が聞こえた。やはりそうだ。廊下を抜けてキッチンに入って来た男はショートカットの髪を少し上に向けてセットしているため、顔のラインがはっきりと分かった。整った顔立ちをしていて、顔は少し丸顔なので優し気な印象がある。ジャンパーを羽織り、ジーンズをはいている。美玲さんと同年代のように見える。


 リビングとキッチンは完全に仕切られているわけではないので、お互いの姿が見える。リビングの方はソファが壁側のテレビの方を向いているので、座っているとキッチンにいる人は見えない。だが、同じ空間にいるので、気配を感じることはできる。テレビの音と、後炉に人の気配があるので、気がついたようで挨拶をしてきた。


「失礼します」

「ああ、どうぞ」

「君島亮です」

「柏木悠斗です。僕はこっちで映画を見てますので、遠慮なくどうぞ」

「あ、すいません」

「ねえ、君島さん、私たちはキッチンの方へ行きましょう?」

「いいよ」


―――それほど親しくないのかな。


―――名字で呼んでいる。


 キッチンに案内されると、二人は向かい合って座った。


「コーヒー出しましょう」

「ありがとう」

「ミルクとお砂糖は、どうする?」

「ミルクだけ、お願い」


 お湯を沸かし、ペーパーフィルターにコーヒーを淹れてお湯をそっと注ぐ。十分に蒸らしてから静かに注ぐ。カフェでバイトしているだけあって、手慣れたものだ。同じ濃さになるように、少しずつ順番に三つのカップに入れていく。芳醇な香りが、あたりに漂っている。空間が繋がっているので、ダイニングにいる悠斗にもその香りが届いた。


「いい香りだね。流石、カフェでアルバイトしているだけの事はある」

「そんなあ。自信ないわ。さあどうぞ」

「では、先ずこのままいただきます。おお、美味しいっ!」

「わあ、良かったわ! ちょっと、隣の悠斗君にも持って行くわね」

「どうぞ、羨ましいなあ、彼は。こんなおいしいコーヒーを家で飲んでいるなんて」

「まあ、ありがとう。じゃあ、失礼」


 美鈴は、隣にいる悠斗にコーヒーを持って行った。悠斗のは、牛乳入りのコーヒーだった。


「悠斗君にも、はいどうぞ」

「あっ、俺のも。気にしなくていいのに。ありがとうございます」

「遠慮なく」

「美玲さん、彼氏かっこいいですね」

「あら、ありがとう」

「美玲さんに彼氏がいたなんて、知らなかったなあ。しかも素敵な人ですね」

「そうなのよ」

「いつから付き合っていたんですか?」

「そ、それは。えっと、つい最近……」

「おお、付き合い始めたばかりなんですね」

「そんなところね。じゃあ、また」

「引き止めちゃって、御免。同じ大学の人?」

「そうなの」


 映画のストーリーも全く入ってこなかったが、途中で入って来られたので、ますます気になり始めた。最近付き合い始めた彼氏かあ。どうやって、付き合い始めたのだろう。


「お待たせしました」

「いいや、別に。美玲さん、今日は思いっきり甘えていいよ」

「あら、そんなこと……恥ずかしいわ」

「だって、彼氏なんだから。美玲さんは、髪の毛が綺麗だね。それにとっても美人だ」

「そうかしら」

「そうだよ。隣に座ろうか?」

「ど、どうぞ」

「恥ずかしがらないで。今日は、デートの日なんだから」

「そうよね。デートの時はもっと甘えなきゃいけないのよね」

「そうだよ。こんな感じで」


 隣に座った君島は、美玲の髪をそっと撫でた。美玲は、じっとしてされるがままに固まっている。固まりすぎて不自然なくらいだ。


 悠斗は、とうとう気になって後ろを振り返った。すると、君島が美玲の隣で髪をいじっているではないか。美玲さんの表情は見えない。喜んでいるのだろうか、それとも一方的な攻撃にたじたじになっているんだろうかわからない。二人の会話は続いている。


「普通、付き合ってる人とデートしたら、こういうことぐらいするわよね」

「そりゃ、そうだよ。髪の毛を触るだけじゃなくて、肩を抱きたくなったりする。それが自然なことだ」

「えっ、そっ、そうよね。そうが当然よね」

「髪の毛、さらさらしてるね」

「あら、あら、あ~っ、そうかしらあ、あ。昨日シャンプーしておいてよかったわ」

「いい香りがする」

「よかったわ、シャンプーの香りが気に入ってもらえて」

「ふっ、まったく。君という人は」


―――何だか変な会話だな。


 美玲さんはまるでデートの練習をしているようで、とてもぎこちない。それに変な彼氏だ。おっと、いけない。あまり見てると、彼氏と目が合ってしまう。映画に集中しよう、と画面を見ても全く集中できない。


「……だよ」

「あら、あら、……だわ」

「楽しかった?」

「……ったわ」

「じゃあ、……ね」

「ええ、……になったわ」


 彼氏は、立ち上がり廊下を通り玄関に向かい、帰って行った。帰り際にキスなどをするんだろうか。気になったが、覗くわけにいかずソファの上で固まっていた。


 小声で二人でした会話は、次のような内容だった。


「彼氏のバイト、そろそろ終わりだよ」

「あら、あら、もう時間だわ」

「今日は、楽しかった?」

「う~ん、凄く難しかったわ」

「じゃあ、明日又学校でね」

「ええ、でもとっても勉強になったわ」


 という会話が交わされていたのである。彼氏とは美玲がデートの練習をするためにバイトで雇った同級生で、一日彼氏だった。そんなこととはつゆ知らず、悠斗は気が変になりそうだった。

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