第15話 美玲さんが部屋に来た

 嵐のように現れた彼氏が去っていった。ソファに沈み込む様に座り込んだ美玲の横に悠斗は静かに腰を下ろした。当然悠斗は、彼の事を本当の彼氏だと思い込んでいる。


「デートは……、どうでしたか?」

「まあ、どうってことは……」

「緊張してたでしょう?」

「い、いいえ。そんなことは……」

「あの人とは、どこで知り合ったんですか?」

「ああ、同じ同好会のメンバーなの」

「へえ、そうだったのか。何の同好会ですか?」

「笑わないでね」

「笑わない」

「ミステリ同好会に入ってるの。そんなイメージないでしょ、私って?」

「いいえ、人は想像できないような趣味を持ってるものです。でも、ミステリーが好きなんですね」

「まあ。本を読むのは好きね。サークルに入ろうかなとチラシを見ていたら、勧誘の人が優しそうに声を掛けて来たの。不思議で楽しそうだなと思って、見学に行き、入ることにしたの。ミステリーに詳しいわけではないんだけど、その場の雰囲気に惹かれて入ることにしたの」

「入ってみて、どうでしたか」

「結構、楽しいわね。好奇心の強い人が多くて」

「そうだったんだ。美玲さんも好奇心が強いんだね」


―――へえ、そうだったのか。


 今まで趣味の話をしたことがなかったが、意外なことを知った。


「僕もミステリーはかなり好きです。本だったら何冊も持ってます。僕の部屋へ見に来ませんか?」

「えっ、本当に。楽しそうね、見たいわ!」

「じゃあ、是非部屋に来て!」

「わあっ―、嬉しい!」


―――あれっ、何だか簡単に部屋に来ることが決まった。


 用心深かった美玲さんが、警戒心を持たずに、ドアの向こうの俺の領域に分け入ってくる。今までの警戒心が吹っ飛んでしまった。


「さあ、この辺に並んでるのがそうです。ゆっくり見てください」


 美鈴さんは、端から一冊ずつ本を引っ張り出し、ぱらぱらとめくっている。拍子に書かれている概要や、作者や解説などをチェックしている。


「へえ、私これ読んだことある。面白かったなあ。あっ、これは読もうと思ってたのよ。この人のは、読んだことなかったなあ」

「これも、渋めで面白いんだ。ちょっとダークな話が多いけど、謎解きが面白い」

「わあ、読んでみたい」

「どうぞ、持って行っていいよ」

「えええっ、いいの。ありがと~~っ。いつまで借りていいの?」

「いつまででもいい。好きなだけ持ってて」

「わあ、優しいのね」


 凄い喜びようだった。好きなことを話してると、男の人といても視界に入らないのかな。


「何冊か抜き出して、少し読んでから決めてもいい」

「そうしていい」

「勿論」


 俺の蔵書を眺め、あちこちから本を抜き出して、ベッドの上に座った。十冊ぐらいがベッドの上に積まれて、美玲さんの横に鎮座した。


「へえ、これも面白そう。あら、こっちはどうかな……」

「これは、先が読めないストーリーで、ハラハラした」

「う~ん、これも借りていいかなあ?」

「どうぞ、どうぞ。僕はもう読み終わったから、何冊でもどうぞ」

「そう一度に何冊も読めないしなあ……それでは、これと、これと。三冊借りていい?」

「うん。好きなだけ、どうぞ」


 そのころには、美玲さんと俺はぴったりとくっついてベッドに座っていた。こんな体勢になったのは初めてだ。共通の話題で盛り上がり、俺の心はかなり和らいでいた。近くで見ると、隣に座った美玲さんはいい香りがして、ベッドの上が突然華やかに見えた。


「美玲さんの手って、細くてきれい」

「あら、そんなにじっと見て、恥ずかしいな」

「すらりとして、形がいい」


 それに、彼氏が言っていたように、近くで見ると髪の毛がさらさらで、揺れると光が反射して輝いている。


「それに髪の毛もさらさらして綺麗」

「まあ、弟の癖に、そんなこと言って」


―――そうだ、俺は弟だ。


―――まずいことを言ってしまった。


 それ以上言うなと、ぴしゃりと止められたような気がした。勘違いも甚だしかった。でも、姉に綺麗だと褒めても悪いことはないだろう。普通の姉弟だったら、どちらかというとけなすのだろうが、普通ではないのだから……。


「悠斗君も、素敵だよ。女の子にもてるんじゃないの?」

「それほどでも……」


―――何だ、美玲さんも俺を男として認めてくれているんじゃないか。


 ただ、もてたかというと、全く自信がない。とてもシャイに見えた美玲さんにも彼氏がいるんだ。俺に彼女がいると思われても不思議ではないのだが。


「本当? 好きな人とかは?」

「まあ、いなかったわけではない」

「へ~っ、やっぱりいるのね。素敵な人」

「うん。憧れの人だった……」

「だった、ってことは、今は、その人とは?」

「付き合ってない」

「同じクラスの女の子だったの?」

「そう。中学生の時の同級生だけど、最後まで告白せずに、片思いで終わってしまった」

「ああ。そうだったの。今付き合っている人は……」

「とくには……いない」


―――ああ、なぜこんなことを言ってしまったんだろう。


 自分から喋ってしまってから、少し後悔した。あまりにチャーミングな女性が隣に座っていたから、素直に告白してしまったんだ。悪い人だなあ。今では、美玲さんと七帆さんの事が気になっているなんてことは、絶対に言えない。


「悠斗君は、私にとって可愛い弟よ。今日はいろいろな話しができてよかった。これからもいろいろ話しましょう。それから、もっと仲良くしましょうね」

「ああ、そうですよ。美玲さん、一緒に住んでるんだから。何か困ったことがあったら僕が力になります」

「よろしくね」

「ハイッ!」


 嬉しさで、ポーッとして俺はつい美玲さんの手に触れてしまった。その時、慌てて引っ込めようとしたのだが、次の瞬間その手が止まった。恥ずかしすぎて、握手のような手つきでぎゅっと握りしめた。


 だけど美玲さんは、顔を赤らめて下を向いてしまった。深刻にならないよう、今度は握りこぶしを上に向けて美玲さんの方に向けた。美玲さんはそこへ自分の握りこぶしをぶつけた。


 それからしばらく美玲さんは俺の部屋にいた。きょろきょろと机の上を見たり、立ち上がって壁の傍へ行ったりしている。部屋はさほど広くないのだが、なぜか小股で歩いている。


「珍しいものはある?」

「いいえ、教科書とか、鞄とか、学用品とか、誰でも持っていそうなものね。壁には上着が掛けてある」

「よく羽織る上着はすぐそばに置いておくので。そうだ、一度、俺の部屋に七帆さんが入ったことがある。まあ、お茶を持ってきてくれたんだけど」

「それだけなの。女の子が部屋に入ったのは」

「まあ、そんなところです」

「ドキドキするよね。異性が部屋に入るって」

「美玲さんはそう? ああ、でも男の人が入ったことはないでしょ?」

「そうなのよ」

「あれ、あの時の彼氏は?」

「彼氏もキッチンで話しただけだから」

「そうだったんだ。俺は映画を見ていたから、知らなかった」

「彼氏に見えた?」

「見えましたよ。なぜそんなこと聞くの?」

「い、いいえ、べ、別に。私はそろそろ部屋に戻るわね。悠斗君、本をありがとう」

「じゃあ、夕飯の時に」


 本を大切そうに抱えた美玲さんは、部屋を出て行くときに片手をあげ手を振った。そのしぐさが、何とも言えず可愛らしくて、胸がきゅんとなってしまった。

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