第13話 四人だけの夕食

 今日は、母親が仕事で遅くなるということで、姉妹二人と一緒に食事をするということになった。それも、疲れる時間になりそうだ。七帆さんに、机の上の写真を見られてから、顔を合わせるのも恐ろしくなった。朝から聞いていたので四人で相談し、作って食べるということになった。俺はレトルトのカレーでもラーメンでもいいし、一人で好きなものを食べた方が気が楽だったのだが、女性二人が家に帰ってきて相談を始めている。まず最初に、七帆が提案した。


「材料が簡単で、失敗のないカレーを作ろうよ」

「簡単なのが良ければ、パスタもいいんじゃない?」

「ああ、レトルトのソースを使えば簡単だし、失敗がないよね」

「肉じゃがとかもいいよね。意外と簡単で、ヘルシーでしょ?」

「お姉ちゃんヘルシー志向だもんね。それなら、野菜たっぷりの豆乳鍋なんかもいいよ」

「そうかあ! 鍋が簡単で栄養たっぷり。いいかもねっ!」

「うん、賛成! じゃあ、冷蔵庫の野菜を見て、足りない分を買いに行こう!」

「そうね。一応、悠斗君と蓮君に嫌いなものが無いかどうか訊いてから、材料を選ぼう」

「訊いてこようか?」

「あら、あたしが訊いてくる。アレルギーがあるかもしれないから」

「あれ、お姉ちゃん、男の子たちと話すの苦手だったんじゃあ……いつも私に言いつけてたのに、今日はどういうこと?」

「そ、そうだったわね。……あ、そうだった。じゃあ、訊いてくれる?」

「いいえ、お姉ちゃんが言い出したんだから行ってきて。男の子と話し慣れた方がいいから」

「そうするね」


 ドアをノックした美玲は、アレルギーというほど男子と話すのが苦手だったのに、いつの間にか話すのが平気になっている自分に驚いた。この間、公園へ行ったせい? 理由はよくわからない。


「あの、今日の夕食、豆乳鍋にしようと思うんだけど、材料で苦手なものはない? アレルギーとか……」

「特に、無いな。野菜はほとんど食べられるし、魚介類も大丈夫」

「じゃあ、私たちで好きなものを買って来るけどいいわね」

「ありがとう。そうか、今日はお母さんが、残業で遅くなるんだったね」

「それで、夕飯の献立を私達二人で考えてたところなの」

「僕は手伝わなくていいの?」

「私達に任せといて」

「悪いね」


 美玲は、次に蓮の部屋をノックした。


「蓮君、今日の夕食は鍋にするけど、苦手な食品はない?」

「僕は、魚介類は、大体何でも食べられるよ。あ、それから野菜もオーケーだ」

「あら、良かった。じゃあ私たちが食材を決めていいわね」

「おお、ありがとう」


 確認が終わると二人は、そろって近所のスーパーへ買い物に行き、鍋の材料がそろった。


 

 たっぷりの野菜に、鶏肉や牡蛎の入った豆乳鍋が出来上がり、テーブルの真ん中で存在感を放っている。既にテーブルについていた俺の目の前に、美玲さんが鍋を運んできた。


「出来上がり~~~っ!」

「うわあ~~っ、美味しそう! 俺がご飯をよそう」

「あら、お願いね。七帆、取り皿を出して」

「さあ、いただきま~す」

「好きなだけ、食べて、悠斗君、蓮君。四人で全部食べていいんだから」

「わ~、たくさんあるな」

「ちょっと作りすぎたかな」

「大丈夫、俺たちがたくさん食べるからさ」


 蓮も美女二人を前に機嫌がいい。こいつを前にすると、なぜかライバル意識が目覚める。


「よ~し、俺も俺沢山食べるぞ」


 四人は、鍋の中に箸を入れた。同時に取っているので、箸と箸が時折ぶつかり合う。俺が取ろうとした牡蛎を、七帆さんがさっと横から取っていった。


「あっ、御免!」

「いいよ。ドウゾ」


 白菜をつまもうとして、箸をぐっと鍋の奥へ入れると、今度は美玲さんの箸とぶつかった。


「あっ、失礼!」

「今度は、私の箸とぶつかっちゃった」

「気を付けるよ」

「えへ、しょうがないわね」


 そこで間髪入れず蓮が言った。


「悠斗君、わざとじゃないよね」

「そんなわけないでしょう!」


―――そんな幼稚なことするほど落ちぶれてない。


―――随分失礼なことをいうやつだ。


―――年上だからって、許せない。


 そんな俺の様子を見た美玲さんが言った。


「たまたま同時に突っついたのよ、ねえ悠斗君」

「そうだよ!」

「あれ、ムキになっているところが怪しいな」

「なってないよ!」


 完全に蓮の挑発に乗って、ムキになっていた。美玲さんが気まずそうに言った。


「さあ、蓮君もそんなに怒らないで、どんどん食べましょう 」

「そうだね、美玲さんたちが心を込めて作ってくれたんだもんね。美味しいよ」

「二人とも料理が上手だな」


 スマートに蓮が褒める。黙って素直に食べていて欲しい。七帆さんは、気にする様子もなく、パクパク口を動かしている。


「ふ~っ、あったまる」

「七帆ちゃん、顔が赤くなってる」

「顔だけじゃなくて、鼻まで赤いよ」


 蓮が冷やかす。汁をすすると、野菜のうまみが豆乳に溶け込み滋味深い味がして、体が温まっていく。顔が赤くなってきたのは、四人とも一緒だ。美味しいものを食べているが、俺は内心穏やかじゃない。七帆さんだけが、のんきな顔をしているように見える。


「ホカホカしてきた」

「そうだね、ふたりに準備してもらって悪かったな」

「あら、蓮君ご丁寧に」

「こういう時は、僕にも声を掛けて。手伝うから。そうだ、今度は僕が料理するよ!」

「俺だって、料理ぐらいできる。手伝うよ」

「まあ、ふたりとも、ありがとう。次回は二人のシェフに腕を振るってもらえそうね、お姉ちゃん」

「わあ、凄いなあ。期待していま~す」


 美玲も、随分自然な会話ができるようになってきていた。


「豆乳鍋、汁まで美味しかったです。美玲さん、七帆さん、御馳走様!」

「今日は、素直ですねえ。悠斗君」

「美味しいものを頂いたので……感謝してます」

「僕も、ふたりの事を見直しました。っていうか、料理は上手だと思ってましたが」

「まあ、ありがとう。こんなにほめてもらえるとは、照れちゃうわ……」

「そうよね。男の子に料理を褒めてもらえたの初めてだもんね、お姉ちゃん……」

「しっ、七帆……」


 美鈴は七帆に目配せしている。お礼の言い方にまで、対抗意識を燃やす蓮と悠斗だった。

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