第12話  美玲さんと公園へ

 休日にリビングでぼんやりしていると、部屋から出てきた美玲さんがこちらをちらちら見ている。そのうち、ソファに座り込んでいた俺に近寄ってきた。滅多に向こうから寄ってくることはなかったのだが、この日は珍しく声を掛けてきた。


―――何の用だろう。


「ふ~っ」

「悠斗君、元気ないね?」

「そうかな」

「さっきからため息ばかりついてる」

「……そうだったかな」

「お父さんがいなくなって大変なんだね」

「ああ、そうなのかもね。いいね、君たちにはお母さんがいるから」

「悠斗君のお母さんでもあるのよ」

「……そうだけど、でもねえ」

「……それに、私たちも、悠斗君の姉妹なんだけど」

「……ああ、そうだった。四人家族だった」


 溜息をつくのはやめて、ちらりと美玲さんの顔を見た。


―――何か言いたそうだ。


「ちょっと気晴らしに、散歩にでも行く?」

「え、散歩って、どこへ?」

「近くの公園へ。外へ出ると、気分が変わるかもしれない」

「う~ん、そうかな」

「そうだよ。行ってみよう!」


 たまにはどころではなかった。二人で部屋の外へ出ること自体が初めてだった。余程、俺がみじめに見えて声を掛けて、外へ連れ出したのだろう。マンションの外へ出ると、風邪が冷たかった。そういえば、ここに来る前はどこに住んでいるのか、美玲さんに聞いたことがなかった。向こうは俺のことを聞いていたのかもしれないけど。


「前はどこに住んでたの?」

「私達は、東京に住んでたのよ」

「蓮君と同じ、西の方?」

「うん」

「じゃあ、この町に住むのは初めてだったんだね。僕たちは割と近くに住んでいたんだけど、結婚するからもっと広い家に引っ越しする、と親父に言われて、急いで荷物をまとめて来た」

「私達も同じようなものよ。母から結婚の話を聞いて、大急ぎで引っ越しの準備をして、あなた達と住むようになった。ただし、付き合っている人がいることは聞いていたけどね。今までの事って、お互い話したことがなかったわね」

「そうだな。まあ、親父が強引で、余り考えている時間がなかった、ということなんだけど」

「じゃあ、これからの事を大事にしましょう」


 二人並んで歩くと、他人から見ればデートしているように見えるかもしれない。だけど、本当は姉弟なんだ。始めて散歩したその公園は思いのほか広く、花壇には、色とりどりの花が植えられていた。大小さまざまな木々も樹えられていて、都会の中のちょっとしたオアシスのような場所だった。自然や、静けさが心を解放してくれる。


「花が綺麗……」

「おお、水仙やパンジーが咲いてる!」

「寒い季節に、可憐ねえ」

「山茶花(さざんか)の赤や白も華やかだな。冬に咲く花が、結構あるんだな」

「そうね。ここへ来たの初めて」

「俺も。近くにいい場所があった。早く気が付けばよかったな」

「又来たいわね」

「そうだ、いつでも来られる。また一緒に来る」

「……あ、そうね」


 そんな言葉が、すっと自分の口から出た。女の子と始めて肩を並べて歩いて、こんな自然なセリフが言える自分が不思議だった。イチョウの葉はかなり散ってしまっていて、木枯らしが吹いてくるとかさかさと乾いた葉が鳴った。


「銀杏の葉って、ハート形に見えるんだな」

「そうかな」


 指さした葉を、美玲さんが立ち止まって見た。


「ほら、ほら。なんだか、ハートみたい」

「そうねえ。確かに、見えなくもないかな」


 風が吹き、木々に残っていた葉が抜け落ち、はらりと美玲さんの髪の毛にくっついた。


「あっ、髪の毛に葉っぱが乗った、あはは……髪飾りみたい」

「どこ、どこ」

「ちょっと、じっとしてて。取るから」

「この辺かなあ」

「そこじゃなくて、もっと後ろの方」

「えっ、ここ?」

「いいや、もっと下」

「あれれれれ……ない、ない、ない」

「は~い、取れました。これで~す」

「これも、ハート形みたい」

「本当だねえ」

「あら、あら。可愛い」


 美玲さんは、俺の手から銀杏の葉を受け取ると、茎の部分を指でつまんで見せた。へえ、意外とかわいいしぐさをするんだなあ。年上だけど、というより、年上だからこそ、そのしぐさが愛らしく見える。


―――あれ、今日の美玲さんとは自然に話が出来ている。


 いつもだったら、身構えてガードを固めたような体勢で言葉を選んでくるのに、今は無防備だ。銀杏の葉っぱが集まっている吹き溜まりに、足を突っ込んで蹴飛ばした。かさかさという乾いた音がして、ふわりと舞い上がる。


「わ~お。さらさらしてるな」

「サラサラ、かなあ。かさかさ、って音がする」

「うおお」

「随分あるのね。足が埋まってる……」

「これは、どうだ」

「踏んだら、葉っぱがつぶれちゃうじゃない。可哀そう」

「えっ、葉っぱが、かわいそう? もう木から取れてるのに」

「形が無くなって勿体ない」

「でも、気持ちがいいよ。ほら、ほら」

「そうお? じゃあ、私も」

「なんだ、一緒じゃない」

「へへへ……」


 午後の太陽が次第に低くなり、眩しくなっていく。黄金色の光が落ち葉の上にも降り注ぐ。空気は冷たいが、体に日の光が当たると暖かなぬくもりが伝わってくる。犬を連れている人たちも、ちらほら歩いている。


「美玲さん、太陽がもうすぐ隠れる」

「すぐに寒くなりそうね。帰りましょうか」

「そうだね、帰ろう」

「私達の家へ」

「私達……か」


 ゆらゆらと二人の影が揺れて、長く歩道に伸びていく。永い髪の美玲さんと、まっすぐひょろりと伸びた俺の影が、少しづつ近づきながら次第に長くなっていった。

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