第10話 美玲さんのバイト先のカフェ

「私、週に二回ほどカフェでバイトしてるのよ。今度遊びに来ない?」

「へえ、カフェかあ。バイトするところもお洒落だなあ」

「えへ、たまたま学校の近くで見つけてね、休日を中心にシフトに入ってるの。時には、夕方から入ることもあるけど」

「じゃあ、早速遊びに行ってもいいかな。邪魔にならないといいけど」

「全然、だってセルフサービスだから、カウンターで作って販売するだけだしね。そうだわ、今度の土曜日は午前中からシフトが入ってるから、来ない?」

「それじゃあ、午前中、そうだな十一時ごろに行く」

「七帆も一緒に来る?」

「私は部活があるから、別の日にするわ。それに行ったことあるから、今回はやめておく」

「じゃ、悠斗君一人で来てね」

「必ず行きます」


 そんな話がまとまり、俺は土曜日の十一時に駅近くのカフェに入った。カウンターには数人の店員がいたが、美玲さんが対応してくれた。


「コーヒーと、ああ、あのチョコクッキーを一つ」

「はい、これね。来てくれてありがとう。準備するから待っててね」

「落ち着いた店ですね」


 セルフのカフェは窓が大きく、外からの陽ざしが入り、明るかった。出来上がるのを待っていると、お盆を持った美玲さんがカウンターの外へ出て来て、空いている座席に案内してくれた。


「ここへ座って」

「は、はい」


 案内された座席に座ると、隣の席には一人の女性が座っていた。


「悠斗君、こちら私の大学の友達で緑川亜季さん。大親友で、今日は偶然ここへ来ていたの。良かったら隣の席へどうぞ」

「あら、こちらが新しくできた弟さんなのね。よろしく」

「よろしくお願いします」

「それじゃあ、私は仕事に戻るから」

「あっ、もう戻るの……」


 トレイを運んできた美玲は、そう言うと仕事に戻って行った。窓の外を向いたカウンターに座っていた緑川亜季の隣の席にトレイを置かれたので、当然隣に座ることになった。横顔を見ると、美玲に負けず劣らずの美人だ。それに年上だけに、神秘的だ。


「可愛い弟さんが出来たって聞いてました。私は、美玲と同じ大学の一年生で、入学した時からとても気が合って、今では大の仲良しなの。だから、私の事もよろしくね」

「こ、こちらこそよろしく。僕は高校生なので、大学生の知り合いは今までいなかったんですが、また一人知り合いが増えました」

「あまり年は変わらないんだから、そんな堅苦しくならないで。あら、そのクッキー美味しいわよね。私も大好き」

「あ、ああ、これ。美味しそうですよね。ここ外の景色が良く見えて、素敵な喫茶店ですね」

「開放的な雰囲気だし、明るいから、本を読むのにぴったり。美玲は、大学に入った時からここでバイトしてるみたいよ。このお店で働くのが気に入ってるみたい。彼女目当てにここに来てるお客さんもいるみたい」

「へえ、そうなのか。やっぱり美人だからな。それで、実際に声を掛けられたりしてるんですか」

「たまに誘われることがあるみたいだけど、誘いに応じたことはないって」

「そりゃそうだよな。知らない人の誘いについて行く人じゃない、美玲さんは。でも、あんなに美人なんだ、付き合ってる人はいるんでしょう?」


俺はカマをかけて、彼氏がいるかどうか訊いた。


「いないわ」

「えっ、そうなんですか! いたと思ってたんだけど」

「私の知る限りでは、いないわ」

「大学の同級生とかでも?」

「それはないわね」

「断言できるんですか。知らないだけじゃ」

「いない」

「確かなんですか?」

「彼女に彼氏が作れるとは思えないわよ。男性とは、ほとんど口を利かないし、慎重っていうより、避けてるみたい」

「男性が、苦手なんですか?」

「というより、不器用なのかもね」

「信じられない。あんなにチャーミングなのに。もったいない」

「まあ、それが彼女の本当の姿ってことだから仕方ないわよ。男子と話すのは超苦手ってこと。ああ見えて、実は彼女とっても奥手なのよ」

「嘘でしょ……」

「男の子には、ってこと」

「そんなふうには見えなかったけど。全く物おじせずに話していたから」

「ふ~ん。そうだったの」


 彼女は意外そうだった。カフェ・オレは、ミルクがたっぷり入っていて、まろやかな味がして美味しかった。そのコーヒーを飲みながら、意味ありげにいった。


「美玲と一緒に暮らしていてどう?」

「どうって……」

「うまくいってる、生活は」

「彼女の提案で、色々なルールを決めて、何とかやっています」

「そう、ルールねえ」

「でも、ルールは破られるもんだっていうことも最近分かったけど」

「あら、まあ。現金なものねえ」

「そ、そうですよね」

「でも、いっぺんに家族が増えて、大変そうだけど楽しそう。私は一人暮らしだから」

「それはそれで、気楽でしょうね」

「まあ、自分のペースで生活できるし、食事だって好きな時に好きなものを食べてるわ。まあ、予算が許す範囲だけど」


 最近ではお互いの事を意識しすぎて、大変になって来ていた。楽しいことよりも大変なことに目が行くようになって、この先どうなるのか心配だ。


 初対面の女性なのに、自分でも信じられないほど、よどみなく会話することができた。彼女の持つ雰囲気がそうさせているようだ。相手をリラックスさせるような、優しく包み込むような眼差しや、仕草を見ているといつまでも近くで見ていたくなる。美玲とはまた別の魅力があった。頷くたびに、髪の毛がふんわりと流れるように肩にかかって揺れている。


「あら、何か気になることがあるの」

「なぜですか」

「さっきから、私の顔の方ばかり見ているから。何かついてる?」

「あ、すいません。何もついてません!」


―――素敵な人だから見とれていただけだ。


「このカフェにはよく来るんですか?」

「ええ、学校帰りに寄ったり、休みの日に来ることもあるの。美玲のシフトを把握してるときは、寄ることが多いいわよ」

「今日は、本当に偶然会えたんですか?」

「あら、疑ってるの。私達が示し合わせたとか」

「いえ、そんなことは」

「偶然よ、偶然」


―――運命の出会いなのかな。


 何かあるのかな、と言いかけてやめておいた。あくまで、相手は年上の女性、これからも会うことがあるかわからない。いつまでもここで話をしたかったが、時計を見るともう三十分が経過していた。名残惜しかったが、あまり長居すると嫌われるのではないかと、そろそろ帰ることにした。


「じゃあ、僕はそろそろ失礼します」

「あら、もうこんな時間」

「はい、お会いできてよかった」

「私も。またここで会えるかもしれないわね」


 女性と話すのは、俺も苦手な方だったが、いつの間にか三十分以上話し込んでいた。最後に言った彼女のセリフが、本当にありそうな気がしてどきりとした。

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