第8話 更に同居人が増えた!

 一週間ほどが過ぎたある日の事だった。父親が一人の男を連れてきた。男は見たところ俺より少し年上のようだった。五人がそろったところで、その男はお辞儀した。


「今日から、もう一人家族が増える。紹介しよう、西岡蓮(れん)君で大学一年生だ。美玲さんと同い年だね。みんな、これから一緒に生活するからよろしく」

「親父! そんな話って、無いだろう。今初めて聞いたぞ!」

「俺も初めてみんなに紹介した」

「だ、だから、これはどういうことなんだ?」

「どうということはない。俺の知人の息子さんで、大学へは自宅から通えないので、同居させてあげることにした。丁度開いている部屋が一つあったから、彼にはそこを使ってもらう」

「あの、あの、私たちも初めて聞いたんだけど。どのような理由で、同居するのでしょうか」

「要するに、ホームステイってことだ。深い理由はない。突然の事で面食らっているかもしれないが、好青年ですぐにみんなと仲良くなれると思う」


 そんなの答えになってない。理由がないと言われて、はいそうですかと納得できるはずがない。姉妹も唖然としているが、当然の反応だ。父親の行動は意味不明すぎる。ようやく今の生活を受け入れたばかりなのに、傍若無人すぎる。三人の生活だって、大変だったのに、更に同居人が増えるなんて、これからどんな生活になってしまうんだ~~!


 その男の顔を見ると、大学一年生の割には落ち着いていて、クールな瞳に端正な顔立ちをしている。いわゆるイケメンと言われる部類に入るのだろう。姉妹は内心では相当期待しているのではないか、とやっかみ半分になってちらりと二人の様子を窺がった。だが、彼女たちも相当な戸惑いようだ。俺たちの嫌がっている様子を察して、彼はいった。


「すいません皆さん。突然こんなことになって……。僕もよそのご家庭に同居するのは申し訳ないと思ったんですが、こちらのお父さんが遠慮はいらないからとおっしゃって……つい甘えてしまいました」


 本当に申し訳ないと思ってるのか。非常識な奴だ。


「君は、余計な心配をしなくていいよ。どうせ家も二つの家族が一つになったばかりなんだ。もう一人増えたってどうってことない」

「はあ、どうってことないって……」

「悠斗! これ以上問いただすのはみっともない!」

「お嬢さんたちも、男が一人増えたけど、まああまり気にせず生活してください。お互いの部屋への出入りは勿論禁止です」

「そんなこと当たり前だろっ!」


 俺は、声を荒げてしまった。その後、お互いの名前だけが紹介された。最初が肝心だと、共同生活のルールを美玲さんが持ってきて読み上げた。


「なるほど。成長してから家族になった男女が共同生活している。ここはまるでシェアハウスのようなんですね。僕もそのつもりで、気を付けて生活します」

「ルールの分かる方でよかったわ。個室での生活はお互い干渉しません。共有スペースはリビングとキッチン、それからお風呂場です。お風呂に入っているときは、使用中の札を掛けること。札が掛かっているときは洗面所に立ち入らないでください」

「そりゃ当然の事だ。知らない男が洗面所に入ってきたら、おちおち風呂になど入っていられなくなる。ルールは絶対に必要だ」

「それは男にとっても同じだ。入ってるときに、女性に洗面所に入って来られたら、覗かれるんじゃないかと気が気じゃない」

「ああん、あの時は、慌ててたんだってば!」


 七帆が顔を真っ赤にして怒っている。その様子を見ても、蓮は落ち着き払っている。


―――こいつ大物か?


「まあ、ふたりとも争いはやめて、今後の事を考えよう」

「だけど……」

「過ぎてしまったことはどうしようもない」

「そうだけど……」


 大切なところを女の子に見られて、はいそうですかと引き下がれないだけだ。七帆のむくれた顔を見ても落ち着き払っている。


「しっかりとルールが守られるようにすればいいわけです。例えば洗濯物の事だけど、お互いの洗濯物が見えないように、出入りする方向を決めればいい。ベランダの右側からが女子で、左側からが男子、というふうに。食器は置く場所を決めておけばいいし、それが大変だったら、僕の食器は一式新しいものを買い揃えてきます。ご迷惑はお掛けしません」


―――自信たっぷりな態度も気に入らない。


「そこまでしなくても……。お金がかかっちゃうじゃない?」

「そのくらい徹底した方がいい。そうすれば、問題は起きないはずだよね、悠斗君、それから七帆ちゃんと美玲さん」

「ああ……そうですけど」

「ふん、そううまくいくかなあ。まあ、いいや」


 俺は不承不承返事をした。これ以上拗ねているのもかっこ悪い。その場をどんどん取り仕切きる連に女性陣は言葉が従うことにした。


―――しかも、話しぶりも仕草もスマートすぎて嫌味なぐらいだ。


「それじゃ、俺は部屋へ戻ります」

「ああ、荷物もあるだろうから、部屋へ入って落ち着いてくれ」


 親父は嫌に機嫌がいい。それも感じ悪い。


「美玲さん、七帆さん。これから大変なことになりましたね」

「そのようね。どんな人か、よく観察して対処法を検討しなきゃね」

「ああ」


 言葉では、そう言ったが、心の中は混乱していた。俺にとっては二人だけだった家族の中に、四人もの他人が入って来たわけだ。これでは、自分の部屋の中でしか気を抜くことができない。部屋へ戻り、ベッドにごろりと横になった。


 一方、一旦部屋へ戻った蓮が戻ってきて、三人になった。女子二人の前に、蓮がちょこんと座っている。


「錬さんはどこの学部に行ってるの?」

「経済学部です」

「へえ、社会に出てからバリバリ活躍できそうですね」

「そんなことを言われると恥ずかしいな、美玲さん。具合が悪くなったら、美玲さんのような人に看病してもらえるとすぐに元気になりそうだ。その時はよろしく!」

「あら、錬さん、何をいってるの。私が何を勉強しているかご存じなの?」

「お父さんから聞きました。ちょっと質問してもいいですか」

「何かしら?」

「あの~、彼、悠斗君の事ですが、女性が嫌いなんでしょうか?」

「どうして、そんな質問を?」

「だって、ムッとして皆さんの方を見ていたから、もしや女性嫌いなのかと思いました」

「彼、そんな風に私たちを見ていたんですか。気がつきませんでした」

「気にならないなら、別にいいんだ。忘れてください」

「内心、嫌ってたのかしら……」

「考えたことなかったわ」


 悠斗の知らない間に、彼は二人に急接近していた。その三人も解散し、それぞれの部屋へ戻って行った。頃合いを見計らって悠斗がキッチンに飲み物を取りに行くと、最後に入った住人の部屋からギターの音が聞こえてきた。


(錬さんギターを弾いているのか……)


 歌声までが聞こえて来る。あ、共同生活のルールに、「防音に務める」というのがあった。

 すると、美玲さんと七帆さんも部屋から出て来て、耳を澄ませている。


「錬さんが歌っているのかしら?」

「そうかもしれないね」

「あたし、ちょっと声を掛けてみるわ」


 好奇心旺盛の七帆さんがドアをノックした。音楽は止まり、ドアが開いた。やはり彼が弾き語りしていたのか。


「あのう、防音に務め」というのが、ルールの中にあったけど……

「あっ、いっけない! うっかりしてた。ついつい、家にいるつもりで歌ってました」

「へえ、ギターを弾きながら歌ってたんですねえ」

「仲間ととバンドをやってるんです」

「わあ、凄~い、聞きたいわ!」

「でも、悠斗君は迷惑だったんじゃないかな?」

「悠斗君に、聞いてみましょうよ。さあ、いいでしょう」

「……ああ、そうだなあ」

「私、蓮さんの歌を聞いてみたい。ねえ悠斗君、チョットだけならいいじゃない?」


 好奇心旺盛な七帆さんにつられて、美玲さんまでが聞きたがっている。俺だけが嫌がって、後で嫌味を言われても嫌だから抵抗するのはやめた。


「じゃあ、一緒に聞かせてもらおうか」

「恥ずかしいけど、まあ、歌います。部屋に入って」


 お互いの部屋には出入りしないことになっていたのに、自分から進んで女子を入れようとしている。ここは抵抗した。


「部屋に女性を入れるのは、まずくない? ダイニングルームの方がいいと思うんだけど」

「あ、悠斗君の言うとおりだった。じゃ、そっちへ行くよ」

「わあ~い!」

「素敵ねえ」


 女性陣は、大喜びで彼の弾き語りを聞き、うっとりとした。それほど彼のギターと歌は素晴らしいものだったのだ。二人の事を避けていた俺だったが、なぜか強いジェラシーを感じていた。

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