第7話 大切なところを見られた!
学校が終わると、まっすぐ家に直行した。仲の良い友人たちは、俺の境遇をうらやみこそすれ、同情してくれるものは一人もいなかった。男子にとっては、同年代の女子と同居するチャンスなど、めったにやってくるものではないし、降ってきた幸運を思い切り楽しめ、とも言われた。
友人の冷やかしに送られて家路につき、制服を着替える。普段だったら、その後はリビングのソファにごろりと横になったり、ゲームをして時間を潰すのだが、共有スペースに居座るのは、何とも居心地が悪かった。開けた途端、彼女たちの視線に晒されるなんて耐えられない。自分の部屋に直行したら、喉が渇いていることに気がついた。
さて、キッチンで何か飲み物を手に入れて、部屋に戻ろう。部屋の中だけが、心から寛げる場所だ。
ドアを開ける。
―――よしっ!
―――誰もいないぞ。
―――まだ二人とも帰っていないんだろうか。
冷蔵庫を開け、キンキンに冷えた清涼飲料のボトルを取り出しそのままく~っとあおった。炭酸の泡がはじける音が、耳に心地よい。おお、お約束で一度開けたボトルには名前を書くことになっている。マジックで蓋にユウト、とカタカナで書いた。面倒だが、これも共同生活だから致し方ない。
―――ふ~っ、うまいなあ。
―――果汁入りの炭酸飲料は。
自分専用に勝っておいたものだ。ダイニングのソファに座ろうとした時、そこに見慣れないものがあった。クッションなのだが、表面に動物のような顔が張り付いている。クマのような、ウサギのような顔をしている。昨日はこんなものは、なかったはずだが。
―――まあいいや。
―――誰かが買っておいたのだろう。
それを自分の横において、ごろりと体を横たえた。そいつを腰の後ろに持って行ったり、頭の後ろに持って行ったりしてどの位置が一番しっくりハマるか試してみた。
この位置がいいようだ。腰の後ろで、寄りかかるようにして座ると、体が斜めになり安定感がある。テレビでもつけてみるか。
夕方の時間は、ワイドショーや、ドラマなどが多かった。ドラマは続けて見ないとわからないので、適当なワイドショーを見ながらごろりと横になった。そのまま体を横たえていると、気持ちが良くなってきて、動物の顔のクッションを頭の後ろへ持って行き枕代わりにした。
―――これはいいなあ。
―――柔らかさも、表面のもこもこ具合も申し分ない。
頬を摺り寄せると、ふんわりとした繊維の柔らかさが、優しく包んでくれる。いいものがあった。横目でワイドショーを見ながら、たまに起き上がっては炭酸飲料を飲む。
―――これは、天国だなあ!
―――一人の時間は落ち着く……彼女たちが来るまでの時間を思いきり謳歌しておかなきゃ。
その時、突然女子の部屋の扉がスーッと開いた。こちらは、誰だっけ……。
扉の向こうからは、ジーンズにトレーナー姿の姉の美玲が姿を現した。
―――まずい、横になった姿を見られた!
と起き上がった時、急に彼女の表情が険しくなった。俺の顔を時~っと見ている。なんか変な顔してるかなあ。焦っているようにも見える。
―――何か問題のある行動をしているかな、いや、何もやってない、が……何だ、何だ。美玲の様子が、おかしいぞ!
「ああああ……あああああ! それ、私のクッションじゃない~~! 今、枕代わりにしてたわよねえ。 あああ~~~~ん」
「そうだけど……何か?」
―――変なヤツ。
「そこに、顔のところに、顔をくっつけて寝てたんじゃないの~~~! わあああ~~~ん」
「ああ……確かに。起き上がる前は枕にして、寝てた。柔らかくてふかふかで、肌触りが最高だったなあ!」
「ああああ~~ああああっ! 私のクッション、いえ、ウサ子に、なんてことをするのよ~~っ!」
「だって、ここ共有スペースでしょう。ここに置いてあったって言うことは誰でも使っていいってこと。だから、これは共有の物ってこと」
「それは、それは、わっ、私の大切な、あ~ん、クッションなのにい……。酷いわあ!」
美玲の顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいる。頬は赤らみ、口はへの字に曲がっている。
―――またしても嫌な予感がする。
「どうして、泣いてるの……」
―――訳が分からない。
―――こんなことを責める、美玲さんの方がひどい。
―――使われるのが嫌だったのか。それならなぜここに置いてあったんだ。
「共有スペースに、私物を置かないことになってたじゃないか」
「そう、だった。私の失態だわ。だけど、大事なクッションを使うなんて。しかも枕代わりに」
美玲は、いつもベッドの中で抱きしめて寝ていたあのクッションを、よりによって男子に使われてしまい悲しみで一杯になった。
―――可愛そうな、ウサ子。
―――ガサツな男の子の頭に敷かれて、どんなにか辛かったでしょうに。
差し出されたクッションを、ひったくるように取り戻しぎゅっと抱きしめた。
「変なの?」
「だってっ! 大事なものなのよっ!」
そのまま、美玲は踵を返し自分の部屋の中へ消えていった。いないと思っていた美玲さんは部屋にいたのか。それじゃあ、七帆さんもいるのだろうか。俺と同じ高校生なんだから、帰ってくるのは遅くないはずだが。いや、彼女は運動部に入っているから、帰りは遅いはず
―――そうだ、誰がお風呂に入るかでもめる前に、今日は先に風呂に入ってしまおう。
部屋へ戻り着替えを持ち風呂に入ることにした。誰にも知られずにこっそり入っておけば、後で涼しい顔をができる。
そうッと着替えを持ち出し、こっそり湯を張り風呂に入った。風呂なんて人に気を遣いながら入るもんじゃない。ふ~う、あったかい。それに静かでいい。湯船に浸かっていると、体の芯から温まり、体の筋肉がほぐれていくのがわかる。風呂の蓋を半分ほど開けた状態で、体を横たえて両手をだらりとして目を閉じる。
―――ふ~っ、これこそ天国だ。
先ほどは邪魔が入った。と親父臭いことを考える。
―――あれ、なんか音がしたような気がする。気のせいか?
―――気のせいだろう。
美玲さんは部屋に居たはずだし、運動部の七帆さんはまだまだ帰ってこないだろう。
すると、再び外から音がする。
―――誰かいるのか。
―――たとえ美玲さんが風呂場へ来たとしても、俺たちしかいないことがわかってるんだから、開けたりはしないはず。
すると……バンっ、と勢いよくドアが開いた!
「うわあ、誰だよ!」
「あ~~っ! いやああああ―――っ、いたのお―――っ、やだああ~~!」
「七帆かよおおおお! 見るなあ―――――っ!」
「うわあああああ―――っ!」
叫び声とともに、バタンとドアは閉められた。
―――酷い!
―――なんてことだ!
―――いるはずのない七帆に、裸を見られた……女子に見せたことのない一番大切な所も見られてしまった!
「約束違反だ! 風呂に入っているときには、絶対洗面所には入らないってルールだっただろ!」
「違反するつもりなんかなかったのよお! 靴下を脱いで、足を洗わなきゃ、と思って。だって、運動したから、汚いからあ……!」
「見ただろう!」
「見てない!」
「いや、見えたはずだ!」
「ああああ―――ん、見てないったら、見てないっ。断じて、見てないっ!」
「信用できない!」
「ホントだってばあ!」
「ふんっ」
じたばたしながら、七帆は足を洗うことなく洗面所から退散した。ちっとも落ち着いて生活できない。
その後、二人のアイデアで入浴しているときは、入浴中の札がドアの前に掛けられることになった。
―――最初からそうすればよかったんだ!
―――俺は何も悪くない!
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