第5話 お風呂に入る
夜になり、夕食を無事に摂り終えた一家五人。顔を見合わせ、次は風呂に入ることになった。と言っても順番に入ればいいだけの事なのだが、誰からどのように入るかで、皆疑心暗鬼になっていた。
「俺が先に入るけど、みんないいかい?」
父親が先に入ることになり、俺たち四人は黙って頷いた。美玲がいった。
「お父さんのつっ……次はだれが入るう?」
「どうぞ、レディーファーストで……」
「ということは、三人のうちの誰か……ということ」
「そう。どうぞ、僕は後でいいから……」
「お母さんは、一番最後でいいわ。片付けとか、色々やらなきゃならないことがあるから。子供達三人で、適当に相談して決めてね」
「……それじゃあ、やっぱりレディーファーストでいい」
「……ということは、私か七帆が先ね」
「どうぞ……二人で決めて」
「七帆が先に入って! 私もいろいろやることがあるの」
「ええっ! お姉ちゃんが先の方がいいわよ。だって課題があるって言ってたじゃない。遠慮しないでいいから、部屋でそれをやってて。お父さんが出たら呼ぶから」
「そうなの。七帆は、ここにいるつもりなの?」
「私はまだしばらくリビングでのんびりしてるから」
「……それじゃあ、私はひとまず部屋へ戻る。七帆、絶対に……呼んでよ」
「当たり前でしょう。部屋で勉強しててね。課題もあることだし。大学では、いろいろ勉強が大変でしょうから」
「そんなことはないんだけど……」
「まあ、いいから、いいから部屋で待っててよ」
「美玲さん、勉強が大変なんですね」
「まあ、それほどでも」
一人立ち上がり、静かに部屋へ戻る美玲の後姿がぎこちなかった。
―――何か心配ごとでもあるのだろうか。
そうこうしているうちに父親が風呂から上がったので、七帆は姉の部屋をノックした。
この家に来てから、美玲は部屋に一人でいる時は、黙って誰かが入ってくるのではないかと、いつもひやひやしていた。大人の男性である新しい父親が入って来るのも困るが、男の子が入ることなど断じて許せない。部屋の中は自分だけの聖域であり、絶対に見られたくない場所だった。
部屋に入ったものの、とても勉強どころではなく、風呂に何を持って行くかで、抽斗を開けては考え込んでいた。
「そろそろ出てくる頃かしら。お父さん、遅いわね。長風呂なのね。さあ、下着はこれとこれ、でもその後はパジャマに着替えていいのかしら。えっ! パジャマ姿! 見られたくないわっ! いや、いや、絶対に見せたくない!」
「あのう……お姉ちゃん、準備はできた。知らせに来たんだけど。勉強どころじゃなかったみたいね」
「あ……ああ、下着を出して用意したり、何を持って行ったらいいかとか、やることが色々とあるのよ。これからお風呂に入るのかと思うと、気が散って勉強どころじゃなかったわ」
「さあ、リラックスしてお風呂に入って。出たらすぐ呼んでね。私は部屋で待機してるから」
「あら、リビングで用があったんじゃないの?」
「用なんてないわよ。あそこで見張ってたのよ。悠斗君とバッティングしないようにさ」
「悠斗君、今は部屋にいるわよね。お風呂場から出たところでばったり出くわしたら目も当てられないわ。パジャマ姿を見られてしまうから。今の服で出るか、パジャマに着替えるか迷ってたの」
「いつもお風呂に入ったら、パジャマに着替えてたじゃない。お風呂の後で、普段着を着るなんて窮屈よ。それともちょっとリラックスできる服を着てから、寝るまでの時間を過ごす?」
「そうだわ。トイレに行くときにばったり出会ったら、パジャマ姿を見られてしまうわ。やっぱりパジャマで部屋から出るのはまずいわっ。もう、なぜこんなに大変になっちゃったのかしら。あ~ん。男の子と同居するなんて、なんて大変なことなの!」
「お姉ちゃん、気を確かに持って。部屋着を着ていれば、たとえ部屋の外でばったり出くわしても、それほど気にならないわっ」
「ありがとう、いいアドバイスね。流石七帆、私の妹だけあって、洞察力があるわ」
ということで、悩みに悩んだ結果、風呂上がりにパジャマを着ることはご法度、という結論に達した。
「じゃあ、お風呂に入るから。その間洗面所には絶対入らせないでね!」
「しっかり伝えておくわ、私から」
「七帆が……それを言うの。私がよっぽど意識してるように見えるじゃない」
「だって、そうなんでしょう」
「注意なんかしたら、私が意識してるって思われるう。できるだけ、さりげなく、七帆がそう思ったことにして伝えてよ」
「まっまあ、いいわ。私だって、うまく伝えられるかわからないけど……」
自分が一番気にしているのに、何故か七帆が注意事項を伝えることになり、悠斗の部屋をノックした。
「悠斗君」
「ああ、七帆ちゃん」
「ちょっといいにくいことなんだけど、ええと……私達がお風呂に入っている間は……え~とっ、洗面所に来ないでね」
―――そんなこと当たり前じゃないか。
―――それを伝えるために来たのか?
―――ひょっとして、俺が覗くと思ったのか。
一瞬ムッとしたのが、顔に出てしまった。
「そんなことしないよ、俺は!」
「そうでしょうけど……一応。これから二人が入るからその時間は、よろしく」
「了解!」
―――嫌な気分だった。
―――まるで、俺に覗くなと言っているようなものだ。
―――しおらしい顔をして、心の中では俺の事をそういう風に捉えていたのか!
今までの態度が馴れ馴れしかったせいだろうか。これからはできるだけ素っ気なくした方がいいだろう。へたに親し気に会話すると、誤解されるようだ。
七帆にとっては自然に言ったつもりだったが、逆に悠斗の警戒感を強めてしまった。二人が風呂に入り終わり、再び七帆が悠斗の部屋をノックした。
「悠斗君、さっきはどうも」
「あ……どうも。今度は、なにかな?」
「お風呂が空いたから、どうぞ」
「二人とも入ったんだね。じゃあ、入る。俺が入っているときも、洗面所には来ないでよ! 絶対に見ないでくれよな」
心なしか口調が強くなってしまった。
「……ええ、そのつもりよ」
「つもりって……絶対だよ!」
「断じて、入りません!」
「約束してよ!」
「私たち、そんな女の子じゃありません!」
「……だって、いつもこちらを意識して、ちらちら見てるから……」
「……そんなあ、あんまりだわ。疑うなんて! しかも意識なんてしてないから!」
七帆の顔が赤くなってきた。恥ずかしさだけではなく、怒りまでが湧いてきた。
―――意識してるのは、悠斗君の方なんじゃないの!
―――こんな言い方するなんて、こちらは普通に注意して欲しいって言ったのに。
とうとう喧嘩になってしまった。言い方がまずかったんだろうか。
「分かったから、そこをどいてよ。お風呂に入れないだろ?」
「言われなくてもどきますよ! ふんっ!」
「まったく、なんだよ」
ぷりぷり頬を膨らませて悠斗は風呂に向かった。バタンとドアを閉めた。湯船につかると、先ほどの七帆の言い方が蘇ってきて、更に腹が立ってきた。
―――俺は好き好んで、女の子の入浴シーンなんか見ない。
―――しかも姉と妹だ。
―――見たって仕方ない。
これからは、お風呂に入るのも一仕事だ。
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