第4話 共同生活のルール

 部屋にノックがあって、悠斗はリビングルームに呼び出され、美玲と七帆をはさんでソファに座った。何か話がある時は、いつも二人一緒にいる。かしこまって、二人は膝をぴったりと寄せて手を前に組んでいる。姉の美玲が口火を切った。


「悠斗君、実は私たちから……提案があるの」

「なにかな?」

「それはね、え~と、共同生活には、ある程度のルールが必要だと思うの?」

「ルールって……どんな?」

「書きだしてみたの。読むわね」


1.食器は専用のものを使い、無暗に他の人のを使わない。

2.洗濯物は、男女別々にお互いの衣類が見えないように干す。

3.共有スペースには私物を置かないこと。

4.部屋を訪問するときには、必ずノックをする。

5.留守中、他の人の部屋に入らない。

6.お互いのプライバシーを尊重する。

7.大きい音を立てないように注意する。


「どうかしら。私達で考えたんだけど、おかしなところがあったら指摘して欲しいんだけど」

「見せてください」

「勿論です」


 紙に書かれた七か条は、パソコンで打たれた文字だった。これも姉の美玲さんが準備したのだろうか。


「いいと思います。僕の方こそ何も気がつかなくて、すいません。これはもらってもいいですか。部屋に貼っておこうと思います。忘れてしまうといけないので」

「はい、お持ちください。でも、そんなに堅苦しくならなくてもいい、とも思ってるんです。それ以外の事だったら、どんなことでも話し合いたいし、困った時にはお互い助け合いましょう」

「いうなれば、憲法のようなものですね。ルールを守っている限り、自分も守られる。助け合えることは助け合う。民主的で、素晴らしいと思います。これからは、僕にできることは力になります。二人にできないような力仕事があったら、手伝いますから」

「わあ、やっぱり男の子がいるといいわね、お姉ちゃん」

「そうかしら……ああ、そうねえ。力がありそうで。色々手伝ってもらえそう」

「そう言えば、洗濯物が外に干してありますが……あれはいいんでしょうか?」

「……えっ、まずいわっ! 一緒に干してあるんじゃない!」


 突然すっと立ち上がった美玲は、ベランダの戸を開けて慌てて洗濯物をいくつか取り込んでいる。


(ああ、まずい、まずい、女ものの服が見られちゃう! わあ、しかも隣に男物の下着がぶら下がってる。恥ずかしいったらないわ。ああ、絶対下着なんか見られたくない、急いで取らなきゃ!)


 美玲は洗濯物を丸め、慌てて自分の部屋へ走った。そのままバタンと戸を閉めたた。それきり音がしなくなり、なかなか部屋の外へ出てこない。抽斗を開けて、しまい込むとベッドで頭を抱えて座り込んでいた。


(ウオー、これでよ~っし。あああ……でも、今頃気がつくなんて、私としたことが、最悪っ! あの洗濯物、朝から干してあったはずよ~。どうして今まで気がつかなかったんだろうっ。お母さん無神経すぎる! 年頃の女の子がいるのに、なんてことなのおおお―――っ……)


「あのう、チョット、お姉ちゃん、何してるの?」


 美玲は相変わらずベッドの上で座り込み、クッションを抱えている。


「あああ……、こんなところを見られたくないわ! もう、どうしよう。絶対あの下着見られてたわ! 明日から、いえ、今日から悠斗君の頭の中には私の下着が深く刻み込まれるのよ。夜になると、あの下着を着て寝てるんだろうって、想像しながら! わあ、考えただけでも恥ずかしい。もう嫌っ!」

「ちょっとお姉ちゃん。考えすぎだってば。少しぐらい下着が見えたからって、男の子は何とも思わないわ。だって、中学の時なんか、教室で着替えてたじゃない。うまく見えないように、ブラウスの下からすっと体操服を脱いで、引っ張り出してたわ。それを見ても、見てないふりをしていたんだから、男子は」

「そうだったの! 本当は見えてたのねっ!」

「少しぐらい見えてたんじゃないの。だけど、そんなこと言わないのがお約束なのよ」

「もうっ、その事はわかったわ」

「じゃあ、出て来てよ。あんまり部屋にこもってると、不審がられるわよ」

「私のどこが、不審なの……悠斗君は私の事を不思議な生き物でも見るような目つきで見ているのっ?」

「お姉ちゃんてば、こんなクッションにしがみついて、何か見てて可哀そう……」

「……でしょう?」

「……だから、ねっ、もう機嫌直して、分かったわ、いい子ね」

「うん、ぐすん……あ~ん~」


 七帆にぎゅっと抱きしめられ、ようやくクッションを離した美玲は、きっと上を向いて立ち上がった。大股で大地を踏みしめるように立ち、腰に手を当て踏ん張った。その格好で鏡の前で自分の顔をチェックした。泣きべそをかき、目がへの字になった顔がきゅっと引き締まり、目はぱっちりと黒目になった。


「この顔でいいかしら?」

「準備オッケー、元の顔に戻ったわ」

「じゃあ、部屋を出るわよ」

「お姉ちゃん、これはお姉ちゃんにとってはいい機会なのよ。男の子に免疫のないお姉ちゃんが、そばに寄られても普通に話ができるようになるための」

「男の子って、今までは私にとっては病原体みたいなものだったって言うこと」

「……まあ、はっきり言ってそんなところね。だから、病原体から植物に進化させて、次は犬や猫ぐらいに慣れていくの。そうすれば、異性とどんな状況に置かれても平気になって行くはずよ」

「流石、男子専門家!」

「そんなことはない。これは普通よ。さあ、素敵な女の子になるために、頑張りましょう!」

「あああ、大変ねえ……」


 そうっとドアを開け、七帆を先頭に美玲が続いた。


「どうしたの?」

「いえ、べつに……何でもないの」

「ベランダで、何かしてたでしょう?」

「……み、見てたのかしら……」

「洗濯物を取り込んでいたのかな? だって、ベランダに急に出る必要なんてないでしょう。植物もないし」

「ああ、そうよねえ。家のベランダには、植物がなかったわ。必要だったら、買ってきてもいいけど……」

「じゃあ、僕が今度買ってきます」

「そう、じゃあお願い……します」

「どんな植物がいいかな? 観葉植物? それとも花がいい?」

「どちらでも、お好きな方で」

「どうせなら、ふたりの好きな植物がいいでしょう?」

「どんな植物でも……いいです」

「そうですか。あまり、好みを言ってもらえないのかな」

「あああ……選り好みしないのよ。まあ、そういうことなので、別にベランダには用はなかったんだけど、風に当たりたくなったから出てみただけで、植物も別にどっちでもいいし……」

「そう? しかし、外で風に当たると気持ちがいいだろうな」


 ベランダの方に身を乗り出すようにして、何があったのか探ってみた。


「いいえ、寒かったわっ! 出るのはやめた方がいいと思う!」

「はっ、そうですか! じゃ、じゃあ、止めておきます」


 しょっちゅう二人でくっついて話をしている。よほど仲の良い姉妹なんだな。

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