第2話 それから二年後のある日


「悠斗、実は、新しい家族ができるんだ。よろしくな」

「え~~~っ、そんな話、俺は聞いてなかったぞ!」

「ああ、今まで言ってなかったからな」

「はあっ! 誰とっ!」


 俺は唖然とした。突然過ぎて、開いた口がふさがらなかった。


「実はな……、相手というのは、仕事で知り合った女性で。その人と再婚するんだ」

「今まで黙ってるなんて、ありかよ! たった二人の家族じゃないかっ。俺の知らない人だろっ!」

「ああ、会ったことはない。それは悪かったが……」

「まったく、何が新しい家族だ。それで……、相手は一体どんな人なの?」

「素晴らしい女性だ。細かい気配りのできる、優しいお母さんになってくれるだろう。会ってみれば、きっと悠斗も気に入るだろう」

「まったく、調子がいい。気に入るかどうかは、会ってみなけりゃわからない。でも、俺が結婚するわけじゃないから、親父が気に入ったんだから好きにすればいい。どうせ俺が止めたって結婚するんだろうから」

「まあ、そう怒らないでくれ。それでな……急なんだが、来週引っ越しだ。これからは家族が増えるから、この家じゃ狭いんだ」

「引っ越しまで急なんだな! 準備もできないじゃないか! この家だって十分広いと思うけど、それももう決めたのか!」

「ああ、そのつもりでいる」

「……ったく……」


―――親父にそんな行動力があったとは、驚きだ。 


「新しい奥さんが来ても、もう一部屋物置として使っている部屋がある。整理して積み上げれば、使えるんじゃないか?」

「そうはいかないんだ。これには訳があって……。まあ、新しい生活が始まるんだ。心機一転、広い家へ引っ越そう! お前も早く荷物をまとめろよ!」


 ということになり、慌ただしく荷物を段ボールに詰め込み、引っ越しが終わった。新居に落ち着いた日に、新しい母と兄弟が来ることになっていた。


 チャイムが鳴り、ショートカットに眼鏡をかけた、品の良い女性が入って来た。


「こんにちは、今日から私が新しいお母さん。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。お父さんもいい人がいたら再婚したらどうかなと思っていたんで、僕は再婚には賛成でした」

「あらま。よくできた息子さん。あなたに似てるのかしらね。さあ、さあ、ふたりとも入っていらっしゃい」

「は~い!」


 続いて二人の女性が入って来た。


「えっ、こちらが……」

「そうなのよ。娘が二人いるって、聞いてなかった、お父さんから?」

「いいえ! 聞いてません」

「そうだったの、いけない人ねえ。娘の美玲と七帆です。よろしくお願いしますね」

「私、美玲です。えと……お久しぶりです。お互い大きくなったというか、成長したというか、おとなに近づきましたね」

「あっ、あああ……あああ~~~っ、いつか、どこかで会ったことがあるような!」

「わあ! 覚えていましたか? あれは、二年ぐらい前だったかしら。喫茶店で、ある男性とその息子さんに会ってきて、と母に言われて会いに行った事がありました」

「それって……」

「ああ、聞いてなかったのね、お父さんから」

「ただ紹介したい人がいるからとだけ言われて……」


 だからてっきり、彼女にどうかってことかと勘違いして、その後デートもせずにどういうことかと思ったが、中学生の俺はとうとう親父に聞き出せずに終わってしまった。あの切ない思い出。その種明かしが、たった今された。心の中に怒りが湧き、あの時の自分が情けなくなった。


「二人は聞いてたんですね……僕が、お母さんの交際相手の息子だってことを」

「そりゃそうよね、七帆。何も知らないで知らないおじさんとその息子に会いに行くわけないもの」

「はい、私も聞いてました」

「はあ、そうだったのか……」


―――俺だけが勘違いしていたらしい。


 以前の記憶を呼び起こして年上の方の美玲を見ると、ロングヘアはさらにサラサラになり、ほおはふっくらと桃のように滑らかで、目はぱっちりと輝いていた。三年前の数倍以上の魅力にさらに大人の色香が加わっている。今は十八歳ぐらいになったのだろうか。妹の方は相変わらずショートのボブだったが、切れ長の目がくっきりとして、ちょっと上を向いた唇は以前にもまして魅力的になっていた。気が強そうな雰囲気は以前のままだ。


「私もはっきり覚えてま~す。趣味は電車と、自転車でしたよね。あれから私も色々勉強しました。一緒にツーリングしましょう」

「あ、ありがとうございます。七帆さん」

「この子も高校一年生になったのよ、悠斗さん」

「早いもんですね、月日が経つのは」

「そうなの、急に二人姉妹が出来て大変でしょうが、よろしくね。勿論、私共々。」


「ああ、こちらこそよろしくお願いします。母が亡くなってからずっと僕たち男二人だったから、これからとっても賑やかになりますね」

「そう言ってくれると、気持ちが休まります」


 玄関先で話が始まったのを見て、親父が三人をリビングへ案内した。


「あのう、お母さまはお仕事などはされているんでしょうか?」

「私、私は会社の秘書をやっていて、その関係でお父様と知り合ったのよ。お父様とは別の会社ですけどね」

「ああ、そう言うことだったんだ。秘書……ですか」

「まあ、色々な事をやってるだけですよ。会社には雑用もたくさんあるの」

「そんなご謙遜を……」


 広い家に引っ越さなければならない理由が分かった。女の子二人が一緒なんだからな。男女一緒の部屋なんてありえないし。


「じゃあ、そういうことだから、悠斗。今日から仲良くしてくれ!」


 仲良くするというのは、これから家族になるかもしれないからよろしくな、という意味だったのか。二年前に親父から言われた言葉の意味が、この日ようやく理解できた。


―――親父のバカ野郎!


 と心の中で叫んでいた。

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