突然始まったシャイな俺の同居生活は?

東雲まいか

第1話  女の子二人を紹介される

――ある日の昼下がり――


「紹介したい人がいる!」

「誰だよ……」

「女の子だ……」

「……え、女の子?」

「二人だ……」

「二人も……」


―――どういうことだろう! 


 ニコニコと手を挙げて、喫茶店に入って来た二人の娘に合図する中年男性。俺の隣に座る彼の方に、娘たちは迷うことなく近づいて来た。彼とはすでに知り合いのようだ。

 彼女たちのうちの年上とみられる方は、ロングヘア―で黒目がぱっちりしている。ふっくらとした頬のふくらみが愛らしい。年上とみられるその女の子は、近くに来るとドキドキするほど魅力的だった。

 もう一人の女の女の子はショートボブの髪型が愛らしく、口元が少し上を向いていて、コケティッシュな感じの美少女だ。少し気の強そうな口元がひときわ目を引く。


―――紹介したい人とは、こんな若い女の子だったのか。


―――しかも二人……。


―――二人のうちどちらを選んだらいいか迷ってしまう。


―――どうしようか。


「こちらへどうぞ」

「あ、ああ」

「では、自己紹介を」

「私、浜中美玲です」

「私は妹の七帆です」

「あ、ぼくは、柏木悠斗、中学三年生です」

「私は、高校二年で、七帆は中学二年生。どうぞよろしく」


 再び男は笑顔を作り、二人に何を注文したいか聞いた。始めて来たこの喫茶店には多くのメニューがあるようだ。レトロなデザインのメニューを開けて見ると、フルーツが綺麗に盛り付けられたパフェなどの写真が、女性たちを誘惑するように並んでいる。


 子供の頃から父親と二人暮らしで、同年代の女の子と話す機会はあまりなかった。教室でも必要最低限の会話だけしかしたことがなかった。もてる男子はそんなことはないのだろうが、俺はその連中とは今まで別世界にいた。


「あ、私はフルーツパフェがいいかな」

「う~ん、私はプリンアラモードにしようかしら」

「ああ、でも高いわねえ。こんなの食べていいのかしら。シンプルにコーヒーにした方がいいのかしら」

「そうねえ。これって、私の一か月分の小遣いの半分ぐらいの値段」

「二人とも遠慮はいらないよ。おじさんのおごりだ」

「まあ、おじ様、本当にいいのかしら」

「じゃあ、七帆。おごってくださるんだから、遠慮なく……食べましょうよ」

「もう、お姉ちゃんたら、ずうずうしいんじゃないの」


 メニューを見ながら、楽し気に話し合っている。突然紹介されたが、男は彼女たちを自分のような中学生に会わせて、何を企んでいるんだろうか。店員に合図をし、注文する。


「お願いします。フルーツパフェとプリンアラモードをひとつづつ」

「すいません! おじさま」

「おじさま?」


―――この二人とはどこで知り合ったのだろうか。ニコニコと愛想よく返事しているけど。


―――俺を闇の世界に引きずり込もうとしているのか。


 再び女子だけの会話が始まった。


「ああ、こんな服装で来ちゃったけど良かったのかしら。こんな地味な服しか持ってなくて、恥ずかしいわ」

「お姉ちゃんのはまだいいわよ。私のなんか、いつもお姉ちゃんの服のお下がりなんだから」

「やだ、それを言わないで、おじさまの前で恥ずかしいじゃないの。だけど、お下がりの割に、あんたの方が似合ってるじゃない」

「そりゃ、元がいいからね。でも、こんな素敵なお店に招待してもらえて、すごいわねえ」

「もう、少しは遠慮して喋ってよ。さっきから、変なことばっかり言って」


 目の前で繰り広げられる女子トークは、今まで見たことのない世界だった。その甲高い声を聴いているだけで、パワーに迫力に圧倒されてしまった。学校での女子同士の会話が耳に入ってくることはあるが、近くで見ているとやはり迫力が違う。


「それでな、悠斗。今日は、突然二人を紹介したんだが、これから二人と仲良くしてもらいたいんだ」

「仲良く! って、どういうこと?」


 俺は呼吸困難の金魚のように、口をパクパクさせた。目を白黒させて二人の方を見ると、彼は自信ありげにいった。


「まあ、ふたりを好きになってもらいたいということだ」

「えっ、好きになる……」


―――何だって! 


 好き、という言葉が胸の中でぴくぴくと、とび跳ねた。二人の会話も突然止まった。


―――そんな言葉簡単に口にしていいのか……。


―――純真な男子中学生の前で。


 それはそうだろう。出会ったばかりの男が目の前の女の子を好きになるなんて、なかなか難しいことだ。というか、中学生に女の子を紹介するって普通ないだろうが。今度は、出会い系という言葉が浮かんだ。


「無理かな……」

「いや、僕にはちょっと早すぎるのでは……」


 もう完全に思考停止状態だ。中学生から見れば高校二年生は十分に大人だ。大人の女性と付き合えるだろうか。考えただけで、顔が赤くなってしまう。一つ年下の中学二年生は、自分と話題が合いそうだが、紹介されて交際するなんて、突飛なことがあるだろうか。今までの人生で想像すらできないことだった。


「俺はちょっと席を外すから、三人で話しててくれ」

「そんな……」


―――ばかな! 


―――いなくなってどうするんだ!


―――待てよ!


「は~い、行ってらっしゃい!」

「私達だけで、大丈夫で~す」

「ね、悠斗君。いいわよね」

「はっ……い」


―――いやいや、まずい、まずい。


「悠斗君て、大人しいのかな……。恥ずかしがらないで、お喋りしようよ」

「そうよ、私たちと仲良くしてよ」

「そう、そう。邪魔者がいなくなったことだし」

「えええ――――っ、俺なんかで、いいの?」


―――俺は何をいっているのか、自分でも思考が定まらない。


―――年上と年下の女の子に挟まれて、何を話していいのかわからない。


―――この状況ハードルが高すぎる。


 目がぱっちりした姉の方が先に話し始めた。


「悠斗君て、趣味は何?」

「特に……何も……。あえて言えば、鉄道とか、自転車で街をぶらぶらするとか……」

「へえ~っ、それが趣味なの。男の子の趣味って変わってるわねえ」

「そうかな? そうでもないよ……」

「私は体動かすのが趣味よ。ダンスをやったり、バレーボールをやったりするとスカッとするもんねえ」

「七帆ちゃんは活動的なんだね」

「そうなのよ。七帆は体動かすのが好きなの。だけど私は、インドア派。静かに家で読書したり音楽を聴くのが趣味。悠斗君は彼女いるの?」

「彼女……なんて、い、いませんっ!」


―――おお、やった! 


―――これだけ答えられた。


 ところが、俺の答えに二人はしんと黙り込んだ。ここはいないと答えた方がいいだろうと思って答えたんだけど。こんな可愛い女の子たちの前で、いるなんていったら、みすみす振られてしまうだけだからな。


 パフェが運ばれてきて、その後も学校の話やら、好きな異性のタイプなどを聞かれて、聞かれた通りの答えをした。彼女たちが俺の事をどう思ったかはわからないが、一応会話にはなった。言われた通り、好きになってきたのが不思議だ。頃合いを見計らって、男は戻ってきた。


「話が弾んでるようでよかった。若い子は仲良くなるのが速いな。じゃあ、悠斗そろそろ帰るぞ」

「へ……もう、帰るの?」

「ああ」


―――仲良くしろと言っておきながら、もう帰るだなんて、なぜだ! 


―――俺をからかっていたのか!


―――一体この出会いは何だったんだろう。


 胸の中には甘酸っぱい思い出だけが残り、その後彼女たちと再会することはなかった。

 いつの間にか月日が経ち、淡い幻のように俺の記憶の中から消え去っていた。

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