第38話 あくまでも義妹だよ。

 俺には妹がいた。

 幼い頃から近くにいた。

 近くにいたからこそ、近づけなかった。心と心が真に近づけられるのは、とても困難であることを知った。


「果鈴」

「夏菜子か、どうした?」

「優樹菜ちゃんが呼んでるよ」


 泣きながら折り紙を折っていたのは、俺と同い年の妹である優樹菜だった。

 自分の中にある優樹菜との記憶はひどく断片的で、ほとんど思い出せなかった。振り返ろうと当時のアルバムなどを探してみたが、どれを見ても優樹菜が存在していなかった。

 元々いないんじゃないかと思えるくらいに、かけらほどの痕跡すらなかった。


「果鈴お兄ちゃん、できたよ!」

「なんだこれ。紙飛行機?」

「違う。ロケット」


 優樹菜はずっと、俺のことを『果鈴お兄ちゃん』と呼んでいた。

 住んでいる家も同じ、通っている学校も同じなのになぜ『お兄ちゃん』とは呼ばないのだろうとふと思った瞬間があった。

 兄妹なのだから、たった一人の兄なのだからいちいち区別するような呼び方をしなくてもいいのにとそう考えていた。


 転機は、優樹菜が俺のことをただ『お兄ちゃん』と呼び始めたあたりだった。

 その当時は中学生で、環境も人間関係も入れ替わりが激しい時期。だからこそ、こういうことが起きてしまったのだろうと、今になって思う。


「お兄ちゃん、わたし今日日直なの忘れてて。先に行っててもいいかな」

「おう。気を付けるんだぞ」


 ふと横からの視線を感じて後ろを振り返ってみると、そこにはいつもの通りに呆れた顔をしている夏菜子がいた。


「相変わらずね」

「おはよ。なにがだ?」

「おはよう。相変わらず仲がいい兄妹ねってことよ」

「嫉妬か?」


 ここでいつもなら、そんなわけないなどと馬鹿にしてくることを返してくれるのだが、なぜかこのときはそういう反応を見せてくれなかった。どちらかといえば、本気でそう思っているかのような凄みが垣間見えた。


「そうかもね」

「…え?」

「深い意味はないよ」


 それ以降、夏菜子と俺とのあいだには妙な距離感が生まれてしまった。だからといって、そのときに放った言葉を取り消すことはできない。

 それならばと思い、夏菜子にある提案をすることにした。彼女が希望していたことをお願いすれば、少しはこのどうしようもない現状を打破できると思っていたのだ。難しいことを考えられない、俺なりの精一杯の努力を見せたつもりだった。

 けれど、そんなのはただの独りよがりで。


「夏菜子、昔俺に女装しろって言ったことあったよな?」

「なんのこと? それに、急に女装なんてどうしたの」

「教えてくれないか。いや、夏菜子が俺に女装させてくれてもいいんだけど」


 相手から閉ざされた扉をこじ開けるには、多少なりともこちら側も強引である必要があるのだ。俺は必死になって、相手の得意分野をひたすら攻めることにした。

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