第37話 祭りのあと、消えた煙

 夕方からのほとんどの時間が、夏菜子と二人きりだった。

 珍しくというのも変な言い方だが、生徒会長として生活し始めてからはほとんどこういった機会がなかった。強いて言えば、和泉会長に挨拶しに行くときにフェリーのなかで二人で少しいたことはあるけれど。あれはあまりに特殊状況下だな。


「それにしても、相変わらずだったね」

「どういう意味で。会長のくせにってか?」

「島内マラソンでぶっちぎりだったじゃない。陸上部が泣いてたよ」


 不安になりながらの開催となった、今回のスポーツ大会。烏森高校生徒会長として、俺は自分にできることを精一杯頑張った。まさにすべてを出し切ったのだ。


「泣かせたかったんだよ」

「うわ。性格曲がってるよ、それ」


 どうせ同じことをするなら、全力を尽くしたいという考えがある。口だけならいくらでも言える。行動に起こすなら周りに伝わる。

 頑張らないでできなかったよりも、頑張った結果できなかったのほうが結果として残らなくても後悔を残さずに済むだろう。どういう形であれ、なにかしらの記憶として残ればそれでいい。それ以上は望んでいなかった。


「もちろん感動的な意味でだよ」

「あれは感動的な泣き方じゃなかったよ。なんで生徒会帰宅部に負けるんだよ……って膝に手を置いて言ってたもん」

「仕方ないだろ。遅かったんだから」

「…それ、間違っても陸上部の部長さんの前で言っちゃダメだからね?」


 そういうわけで、今は生徒のほとんどが帰ったあとの学校でのんびりしている最中である。生徒会室にある縦に長い窓の外からは、微かに星が見えていた。雲があるせいかいつもよりもぼんやりと見えているけれど、そこには確かにいる。

 見えていなくても、そこには確かに存在している。当たり前に思っていることこそ、何気に重大なことだったりするのだ。


「いろいろあったけど、なんとか終われてよかった。ほんとに夏菜子のおかげだよ」

「褒めてもなにも出ません」

「そういうのじゃないから大丈夫」

「え、そこで引き下がらないでよ。困る」

「困る、じゃないよ。なにを期待してるんだか」


 ウイッグの隙間から自分の汗が流れているのには気づいていたが、ここでそれを取ってしまうと余計に違和感が増幅してしまう気がしてならなかった。慣れないことをしているときに自己判断で余計なことをすると、厄介な連鎖が起きてしまうと識っているからだ。


「果鈴ちゃんが全力投球してくれたから、それがみんなに伝わったんだと思うよ」


 予想以上の大盛り上がりで、大会は幕を閉じた。開始前はアンケート用紙すらまともに提出されていない事件があったりしたが、その事件があったからこそ俺は全力を尽くそうと心に誓うことができたんだ。

 体育の授業の一環を兼ねているので、先生方に交渉すればもっと別の方法で参加率をあげることもできただろう。しかし、それをしてしまうと受け身な大会になってしまう。

 自分の意志で参加をして、心の底から楽しんでほしい。それが俺の掲げた大会の裏目標だった。


「全力出し過ぎて、弓道部が島内三位だもんな」


 スポーツ大会という名の夏休み体育大会。それはつまり、俺の生徒会長としての任期の終わりが近づいていることを意味している。

 何度も繰り返し続けた平凡な夏休みが、今年は違って見えた。それは間違いなく、夏菜子の後押しがあったおかげと言える。実際のところ、俺は生徒会長として過ごすことで前生徒会長とは違うやり方があると証明したかった。

 証明するよりも前に計画が頓挫しそうになったので、最終手段を使って注目度を無理やりあげたりしたが。そうしなければ今頃、どうなっていただろう。きっと見向きもされない埋もれた生徒会長をしていたに違いない。


「全然違う話してもいいかな」

「いいけど、どした?」

「…ちょっとは私のこと、苦手じゃなくなった?」

「苦手もなにも、俺は夏菜子のことをそんなふうに……」


 烏森高校の夏の風物詩であるスポーツ大会が終わり、最後には小さいながらも花火があがった。


「そういう嘘、吐かなくていいから。ほんとのこと教えてよ」

「…?」

「もし辛いなら、無理強いはしないけどさ」


 花火があがると、煙がしばらく停滞し白いモヤのような跡が数分間残る。けれど困ったことに、煙が消えたあとも俺が夏菜子に抱く感情にはモヤは残り続けていた。中身が見えていないからこそ、それがほんとなのかうそなのかすら判別ができない。

 さらにいえば、そのモヤが晴れたときに見える中身が夏菜子への感情だけが入った詰め合わせかどうかまでは、不明瞭なのである。


 俺が女装をする理由は、彼女にあるというのに。

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