第34話 俺に、女装をさせて下さい

「全力で頑張りたいんだ」

「と、言いますと?」

「今まで夏菜子に頼りっぱなしだったろ? それを自力で出来るようにしたいんだ」


 スポーツ大会まで残り一週間を切っていた。

 生徒会長として、立花果鈴として、ここで出し切るつもりだった。惜しみなく持てる力をすべて使って、島中の人に協力してもらった。それでも、俺はまだ生徒たちの心を掴めずにいた。

 だからこそ、ここで証明しなければいけないと分かった。口ばかりではなく、実際に行動する生徒会長なのだと見せつけてやる。


「それがどうして女装になるのよ」

「インパクトがあっていいんだろ?」

「え?」


 夏菜子の反応が少しおかしかった。元はといえば夏菜子から提案された案だったはずなのだけれど。あれからまだそんなに時間は経っていないが、もしかすると忘れてしまっているのかもしれないな。

 誰だって過去のことをすべて覚えているわけないのだから、ここで変につっこむのもおかしな話だ。


「そのためにも女装をして走るほうがいいと思うんだけど…前に話したの覚えてないのか?」


 黙っておこうかと思った。しかし、無意識にそう聞いてしまっていた。

 生徒会長演説のとき、女装する生徒会長の案を考えて教えてくれたのは間違いなく夏菜子自身のはずなのだ。それを忘れてしまうなんて。

 いや、これは優樹菜が考えたものなのか?

 神隠しに遭わないために考え出した作戦。そのうちの一つにこれが入っていたと考えるほうが、ある意味で自然だ。もしそうだとして、そのことを忘れるなんてあり得るのだろうか。


「……ああ、そういうことね。覚えてるよ」

「よかった。本当に忘れちゃったのかと思った」

「それでなにを教えてほしいの?」

「女を装う方法」

「それもそうだけど。そのほかにはないの?」


 女装すること以外に聞くこと。

 夏菜子の得意料理? 夏菜子は算数レベルの計算ができないほどの苦手っぷりだ。それ以外はなんの問題もなく、幅広い場所で活躍している。それゆえに、多才さを日々発揮しているわけだが。料理は島唯一の食堂のおばちゃんを泣かせてしまうほどの腕だ。

 おばちゃんからの熱烈なスカウトを受けたらしい。あくまでも噂だが。

 けれど、おそらく夏菜子が聞いているのはそういう意味の質問ではないだろう。いきなり聞かれても困るというものだ。


「女装の極意…とか?」

「そんなのもとから女の私に聞かれても困る。女であることが当たり前だったからさぁ」


 女であることが当たり前。言われて気づく当然のこと。

 夏菜子は生まれたときからずっと女として生きてきたんだ。なにも考えなくとも、女であることを自覚させられながら過ごしてきたはず。

 そこで培われた十数年間を、俺は外見を装うことでカバーしようと考えているのだ。とんでもなく無謀だな。


「でもねえ、こう言うとあれだけど果鈴ちゃんってあんまり男の子っぽくないのよね」

「それはどういう意味で?」

「どちらかといえば外見的な意味で。中性的なんだよね、果鈴ちゃんって。だからどっちの服を着ていても違和感がなさそうというか、馴染んでいそうというか」

「それってつまり、女装そのものが出来てないのか?」


 中性的ということは、良くも悪くもどちらかの性別に偏っていないという意味だ。それはどちらにも偏れないという意味にもなる。

 そうなってしまうと、俺自身がどんな状態であれば男として認識されて、どう装っていれば女として認識されるのかが分からない。それが分からない、つまり中途半端な女装をするのはまるで意味がない。意味のないことはしたくない。

 生徒会長としてのインパクトを出して人気を集めることももちろん大事だが、最も重要なのは優樹菜の言葉を信じること。神隠しに遭わないことなのだ。

 目的の達成には俺が女装をして、周囲の目を逸らせることが不可欠である。


「話を聞いていると、果鈴ちゃんは『女装』をしたいのね」

「そうだよ」

「……分かったわ。弱音吐くくらいまで付き合ってあげるから、任せなさい!」


 前が俺、後ろに夏菜子で二人乗りしていた自転車が坂道にさしかかり、緩やかに速度を上げていた。いつも疑問に思っているんだが、女子はスカートを押さえながらどうやって自転車を漕いでるんだ…?

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