第29話 男の娘って、めちゃマジ面倒くさい

 神社の境内にあるベンチで、のんびりと二人で夕陽を眺めていた。

 会話がない時間はそれほどなく、中津さんは無口な俺とは正反対に話しかけ続けていた。


「適当に答えてくれていいんだけどさ」

「なに?」

「果鈴って女の子になりたいわけじゃないの?」

「女装してるからって、別に女になりたいわけじゃないよ」


 女装行為そのものも、俺が自主的にしているものではない。だからこそ、余計にその言葉を否定したかった。


「じゃあ、女の子が好きなの?」

「…? ああ、まあそうだね」

「夏菜子ちゃん、多分果鈴のこと好きだよ」

「…はい?」


 予想外の人物の登場に、俺は言葉を詰まらせてしまった。というよりも、頭が回っていなかった。


「どうしてそこで夏菜子の名前が出るんだ?」

「自然と、かな。だって、好きでもない人の顔にメイクなんてする? それも、一応男の娘にさ」

「男の子っていう歳でもないぞ」


 発音が微妙に違っていたような気もしたけれど、あえて触れないでおくことにした。そもそも、なんでそんな言葉を知っている。


「夏菜子ちゃんってさ、絶対後々損するタイプだよ。お姉さんみたいに接するせいで、距離をつめても恋愛感情が生まれなさそうだし」

「まあ確かに、夏菜子とは友達というよりも家族同然って言ったほうがあってる気がする」

「…それは距離感なさすぎじゃない?」


 夏菜子に対して恋愛感情をもつなんてことは、きっとこれからもないだろう。優樹菜と仲がいいというのも理由の一つだけれど、夏菜子と俺は本当の家族のように過ごしてきた。それこそ、突然家に来てご飯を作ってしまうほどに。

 小物や調理料、掃除用具の位置など、俺が知らない自分たちの家のことを知っていたりする。見方を変えれば、俺よりもよっぽど家のことに精通しているだろう。


 家にいても特に何も思わず、近くにいることが当たり前になりつつあるなかで、彼女に対して恋愛感情をもつことなど、ありえるのか。そもそも、それ自体が関係上適さない気もする。

 大前提として、俺はきっと彼女のことを好きにはならない。ただなんとなく、そう思った。


「記憶が残っているころから知り合いだから、まあ長い関係なんだよね。今更距離をあけようとか思えないよ」

「なるほどね」

「夏菜子が俺のことを好きになるはず、ないしな」

「言い切っちゃうんだね」

「付き合いが長すぎて、姉妹の一人くらいにしか思えない」


 よく恋愛の話題で、幼馴染とは恋愛関係になりにくいというけれど、あれは本当だと思う。お互いのことをよく知りすぎているがゆえに、それ以上の関係になりたくない。現状維持を望んでしまうのだ。


「んじゃあさ、一つ提案があるんだけど」

「提案?」


 聞きなれない単語に思わずオウム返しをしてしまったが、どうやらなにか考えあるらしい。中津さんがニヤリとしていた。


「そう。果鈴が昔の記憶を想い出すまで……だといつになるか分からないね。そうだなぁ、この夏休みのあいだ、私と付き合いましょう」

「なに…言ってんだ?」

「…冗談のつもりはないけど?」


 どこから、どう話が繋がっていたんだ。ついさっきまで、夏菜子には恋愛感情を抱けないという話をしていたはずなのだけれど。


「じゃあ、どういうつもりなんだよ。好きでもない相手と『付き合いましょう』とか言うか?」

「好きでもない相手には、さすがに言わないよ」

「なっ?!」


 開いた口がふさがらないとは、まさに今の俺のことで。本当に驚いたとき、人間というのは自分の体さえも満足に動かせないらしい。なんて馬鹿なんだ。

 目の前の女の子は、そんな俺のことを知ってか知らずか、ただ笑って見ているだけだった。


「立花果鈴のことが、好きってことだよ。恋愛的に。もっと言えば、ずっと一緒にいたいってことだよ」

「まじかぁ」

「そんなに驚くことかな。個人的には、結構アピールしてたつもりだった」

「相手に言葉で伝えるのと伝わるのとは、全然意味が違うんだからな」


 まったく。彼女は俺のことをどれだけ振り回せば気が済むんだ。

 嫌だとは思えないから、断ることなんてできるはずない。もしかして、そこまで知ったうえで、こんな突拍子もないことを言ってきたのだろうか。だとすれば、かなり恐ろしい子だ。


「まあ、とにかくね。私は果鈴のことが好きなの」

「…ありがとう?」

「なんでそうなるの。あ、でもこの場合って私はレズビアンってことになるわけ?」

「いや、男が好きな女の子なんだから違うだろ」

「でも、女の子を装う男の子なわけだよね?」

「そうだね」

「……まあ、いっか。私は果鈴のことが好きだから」


 昔の俺は、いったいどんな気持ちで女装していたのだろう。自分のことなのに、ずっと遠い昔のことのような気がする。その記憶がないから、そう思ってしまうのだろうか。

 自分のことを自分が一番よく知っているなんてのは、迷信だ。

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