第28話 茶髪ポニーテールは太陽で輝く
「神隠し?」
「そう。俺がこのままだと、それになっちゃうらしい」
優樹菜から聞いた話を心の中で消化しきれず、ひとまず他人に話してみることにした。その相手は、中津さんである。島の人間ではない彼女なら、また違った視点でこの話を聞いてくれるんじゃないかと、そんな期待をもちつつ話してみたのだ。
「今の時代に、神隠しなんてこと言われてもねえ。信じないとまでは言わないけど、素直に『はいそうですか』とは言えないかな」
「やっぱり、そうだよなあ」
「でも、なんでそんなこと言ったんだろうね」
「…どういう意味?」
「だってさ、そんなこと言ったら余計に疑われるじゃない。もし考えてそうしてるなら、結構なお馬鹿さんだよ」
中津さんの言う通りだった。もし優樹菜が嘘をつこうとして話してきたなら、作戦は失敗だ。今こうして俺が優樹菜のことを疑っているのだから。しかし、これがもし本当のことならば、なにも隠さずに言ってしまったほうがいい。変に嘘を重ねてしまうと、すぐにばれてしまうに違いない。
それはつまり、この話が真実なのではないかということになる。
「たしかにそうだね。ってことは、優樹菜は冗談とかではなく本気でそう思っているのか」
「そうじゃないのかな。まあ、わたしはその“神隠し”っていうのを信じようとは思えないけど。否定はしないよ」
俺たちがいる第三突堤には、まばらに釣り人がいた。港に近いものの、今はもう使われていないところなので、邪魔が入りにくいのも隠れた人気の一つだったりする。
そうはいっても釣りをしているわけではなく、ただぼんやりと話をするために俺が彼女をここに呼んだだけだったりする。潮の匂いと生魚の匂いが混ざって、ある意味で夏らしい風景が広がっていた。セミは今日も元気そうだ。
「話はちゃんと聞いてあげないといけないよ?」
「聞いてるよ。たぶん」
「義理だとはいえ、大切な家族なんだから。それが当たり前だなんて、思っちゃいけないんだよ」
こうして二人で過ごすことは、珍しくなくなっていた。はじめこそ、なにかにつけて『お姉さま』と俺のことを呼んでいた中津さんも、今では果鈴と呼び捨てにしてくれている。彼女の話では、その呼び方そのものが合言葉だったらしいが、その記憶がない今の俺にとっては、恥ずかしくてたまらなかった。
お願いしたときは泣きそうな顔で受け入れてもらえなかったが、数日経ってから認められた。その間になにがあったのか、俺は知らない。
「それに……なんだか、最近は家に帰りたくなさそうだし」
「そんなことないよ」
「優樹菜ちゃんと、話せてなさそうだね」
最近の優樹菜とのやり取りを振り返ってみると、一週間以上まともに話していない気がする。それどころか、あいさつすら交わしていないんじゃないか。
「図星ですって顔するのやめてよ。わたしが悪いみたいじゃない」
「ごめん。そんなつもりはなかった」
「はぁ。今日の果鈴は暗いよ。こんなに雲がない青空なんだから、少しは元気になりそうなものだけど」
それはまるで、絵の具で塗ったかのような嘘みたいな、見渡す限りの青空。
海に反射する光と直接当たっている太陽の光が、中津さんの茶色の髪の毛を照らしていた。
「中津さんって『春花』なのに、見た目が夏っぽいよね」
「はい? なにそれ」
「なんとなく、そう思った」
「名前なんて、ただの飾りだってことじゃないかな」
「そういう話になっちゃうか」
単純だったが、どこか含みをもたせる言い方をされた。きっとなにも深い意味はないんだと思うけれど、少しのあいだその言葉の真意とはなにかを、頭の中で巡らせていた。結局のところ、答えはでなかった。
「このあとはどうする? 中津さんに話を聞いてほしかっただけだから、あとのことは考えてないんだよね」
そう言うと、彼女は歯を見せながら笑い始めた。
「素直でよろしい。…それじゃあさ、一緒に行ってほしいところがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど、どこに行くの?」
「神社。ここからだと、そんなに遠くないよね」
第三突堤からは、そんなに距離があるわけではなかった。ただし、それは自転車の場合の話。徒歩で行くには、面倒な道のりになるはずだ。まわりを見回しても、彼女のものらしき自転車はなく、俺が乗ってきた年季のある自転車が置いてあるだけだった。
「自転車、乗ってきたの?」
「いや、ないよ」
「じゃあどうするんだ」
質問の意図が伝わったのか、彼女はなぜか俺の自転車にまたがって、足をバタバタさせていた。
「これがあるじゃない」
「あのな、これは俺の自転車だぞ?」
「二人乗り上等」
二人乗りに抵抗があるわけではない。ただ、中津さんがこんなに楽しそうにしているのを見るのが、なんだか嬉しかった。その感情の行方が分からず眺めていたなんて言ったら、どんな反応が返ってくるのだろう。
「しょうがないなあ」
「やった」
「でもな、これだけは言わせてくれ。なんで中津さんが前にいるんだ」
「なんとなく?」
「それなら降りてくれ。ふつう、こういうのは後ろに座って楽をするための誘いじゃないのか」
「特に意味はなかった」
本当になにも考えていないのか、そういうふりなのか。中津さんはいまいちつかみどころのない女の子だけれど、今この瞬間を楽しんでくれているのは、見ていれば分かった。
だからこそ、記憶捜しを手伝ってくれた彼女のことを、まるで妹のように見てしまっている自分がいることに、今更ながら気づいてしまったんだ。
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