第4章 それぞれの想い

居場所

第27話 隠したいなら、女装すればいいじゃない

「いきなり、そんなことを言われても困る」


 優樹菜のことを信じられなくなったのは、これが初めてというわけではなかった。

 幼いころにあったらしい事故の影響で、優樹菜と初めて会ったときのことを覚えていない。だからこそ、一番近くにいた優樹菜の言葉を頼りに、俺は生きてきた。

 それでも、優樹菜が嘘をついてるんじゃないかという疑惑は、ずっとあった。


「だからね、お兄ちゃんに女装してほしい理由は、一緒にいられなくなるからなの」


 それでも、今までの話は現実味があって、俺自身が納得できないからこそ避けていたから起きた誤解とか、否定とか。そういう話だった。

 けれど、今回は違う。優樹菜がその話をきちんと理解したうえで口にしているのかが怪しいと思ってしまうほどに、現実味がなかった。まるで、物語の中の設定をひたすら聞かされているかのように。もっといえば、優樹菜が無理に作った設定を披露しているかのようで。


「その話は、本当なのか?」

「こんなことで嘘ついても、なにもならないじゃない」


 神隠しにあわないために、男であることを隠して女を装う。そうするために、優樹菜と会ったばかりの俺は、女装をして過ごしていたらしい。優樹菜の話を信じるなら、その当時に知り合った中津春花と和泉冬子が女の子としての俺しか知らないのは、仕方のないこと。

 そのときの俺は、本気で女の子を演じていたらしい。


「それなら、なんで“そのこと”を今まで隠していたんだ? この写真だって、見せる機会はいくらでもあったよね」

「ごめんなさい。いつか言おうって、ずっと思ってた。ほんとだよ?」


 ただ、すべてが信じられないわけではなかった。記憶が断片的にある理由も、他人との話が嚙み合わないことも、優樹菜の話すことを信じれば納得できてしまうのだから。


「こういうことになるって分かってたから。信じてもらえるわけないって、思ってたから」

「……そっか」


 このままだと、俺が孤独になってしまうなんて話、信じられるわけがないだろう。


「夏菜子も、このことは知ってるのか?」

「知ってるよ。だから、協力してもらえるように言ってたの」

「……もしかして、俺に女装を時々教えてくれてたのって」

「そう。この話があったから、教えてもらってたの」


 今までずっと不可解だったことが、一気に解けていくようだった。

 なぜ優樹菜が積極的に女装を勧めてくるのか。なぜ先生たちは俺の女装を見てなにも言ってこないのか。なぜ中津さんと和泉さんは過去の俺を女だと思っていたのか。

 すべて偶然や思い違いだと考えて深堀りしていなかったが、繋がっている出来事だったんだ。


 ……そう、素直に受け入れることなんて、できなかった。


「優樹菜。本当のことに嘘を混ぜるのはよくないぞ」

「…え?」

「仮にその話が本当だとして、だ。なんで優樹菜は、俺が神隠しにあうことを知っていたんだ?」

「違うよ、お兄ちゃん」

「どこが?」

「知ってたんじゃなくて、ってたんだよ」

「…どういう意味?」

「それは、言えない」


 ショックではないと言ってしまえば、それは嘘になる。やっと話してくれた封印されてしまった過去の『記憶』を、優樹菜は話してくれた。しかし、先ほどから肝心な部分を隠されてしまっているような、そんな雰囲気がある。

 本当のことを言いたくはないけど、信じてもらうのが当たり前だという考え方は、他人にとっては単なる押し付けでしかない。耳障りのいいところだけを伝えるのは、相手にとってもいいことではない。

 だからこそ、ここまできてよそよそしい距離感をなくそうとしない優樹菜に、少し苛立っていた。


 そもそも、俺と優樹菜は“他人”なのだろうか。


 神様に連れていかれないようにするための、儀式としての女装行為。

 そうとは知ってか知らずか、幼いころの俺は好んで女装をしていたらしい。それも、両親に新しい服をねだるほどに。


「とにかく、お兄ちゃんは“お姉ちゃん”を演じないと、もう現世うつしよに帰ってこれなくなるの」


 優樹菜が覗いている先に、もしかすると俺はいないのだろうか。

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