第23話 写真に残る笑顔
和泉さんが少し険しい顔をしながら、手元には写真のようなものを持って戻ってきた。
「それが見せたいもの?」
「あ、ああ。うん、そうだよ」
先ほどまでの軽い感じではなく、どちらかといえば本当は見せたくないものなんじゃないかと勘繰ってしまうほど、暗い顔をしていた。
なんだろう。上手く言葉にはできないけれど、嫌な予感がする。
「やっぱり、これじゃないかも」
「急にどうしたんや? 歯切れ悪いな」
「……あの、これなんだけど。今まで、どうして気がつかなかったんだろう」
俺に気を遣っているのか。元々、俺のために持ってきてくれたようだったから、今さら気にしたところで変わらない気がするのだけど。
そもそもだ。女子制服の俺らしき人と一緒にいたという時点で、かなり疑っている。こういう場合、だいたいが記憶違いだったりする。ということは、今回もそれに当てはまるのだろうか。
「幽霊でもいたの?」
「ううん。いたのは……ね」
それまで食い入るように見ていた写真をこちらに向けて、俺たちが見えやすくしてくれた。
かなり昔の写真だということは、すぐに分かった。背が低い四人の子どもが、無邪気に笑っている。
幼くなっているだけで、顔はあまり変わっていないんだな。なんというか、雰囲気のようなものは同じだった。だからこそ、すぐに異変に気づくことができた。なぜそこにいるんだ。いや、そんな問いは無意味だな。
なぜなら、彼女はそこにいるのが当たり前だという表情で、俺の隣に立っていた。
「これ、優樹菜ちゃんだよね?」
疑問符が頭の中を埋め尽くす。
なぜそこに優樹菜が当たり前のようにいる?
だってお前、俺が女装してたこと知らなかったじゃないか。
俺が『お姉ちゃん』をするって言ったときも、戸惑ってたじゃないか。
「どういうことだ、これ」
写真の中には、四人の俺たちがいた。左から優樹菜、俺、中津さん、和泉さんの順で並んで写っている。
どうしてそこにいるのが普通みたいな顔で、優樹菜が混じってるんだ。それに、優樹菜は俺の服の袖を引っ張っているようにも見える。中津さんは俺の左腕にひっつくようにして、自分の腕を絡めていた。二人とは違って、和泉さんは一人でダブルピースを可愛く決めていた。
「果鈴さんの妹ちゃんですよね。本人から言われなかったのもあるけど、どうして気がつかなかったんだろう」
「優樹菜はこの頃から一緒にいたの?」
「詳しいことは知らなかったけど、ほとんど一緒にいたよ。まさか妹ちゃんだとは」
「それは……違うと思います。優樹菜は、もっとあとで俺の妹になったはずだから」
さっぱり意味が分からない。優樹菜と知り合った時期自体が、俺が知っているものとは全然違う。しかし写真には、確かに優樹菜にしか見えない人がいる。そうなると、優樹菜から聞いていた話が偽物だったとしか思えない。
幼いころのことなので、和泉さんが家族構成まで詳しく覚えていないのは仕方ない。そもそも、教えていない可能性だってある。
「まわりの目もあったので、合わせるようにはしましたけど。鮎川であったときから、初対面じゃないってことは分かってたんです。だからこそ、小学校のときに女の子だと思い込んでいたままだったので、余計に混乱してしまって」
「それで倒れちゃったのか」
「単純にショックだったというのもありますが」
「ん…? どういう意味ですか?」
「ちょっと。それ以上聞くのは失礼やで」
なぜか分からないが、理奈に会話を止められてしまった。必死になにかを訴えるような顔をしていたので、それ以上は聞かなかった。
寮をあとにして、理奈を家の前まで自転車で送ったあと。俺は先ほど和泉さんに見せてもらった写真のことが納得できず、このまま家に帰るのが怖くなっていた。
今まで現実だと思っていたことが、実は偽物だったかもしれない。そんなこと、誰が信じるんだよ。
「立花果鈴…いや、お姉さま?」
「この声は、中津さんか」
帰る気になれずに自転車を降りてガードレールに腰掛けていた俺に、俺の名前を知っている人が近寄ってきていた。すっかり日が暮れており、電灯も決して明るいとはいえないので、人が立っていても正直分かりずらい。
声をかけられなければ、無視していただろう。
「冬子のところへ行っていたらしいね」
「どうしてそれを?」
「あんなに派手に二人乗りしてれば、嫌でも目につきますよ」
「…偶然ってわけじゃないよね? どうしたの、こんなところで。もしかして、あたしのことを待っていたとか」
「そのまさか、だよ。私にも我慢の限界がきたってわけ」
その言葉を聞いて、俺は強烈な違和感を覚えた。見た目は同じであるとはいえ、声のトーンや言葉遣いがいつもの中津さんじゃない。
いつものといいつつ、そこまで仲がいいわけではない……。違うな。俺の記憶の中には、今の和泉さんの情報しか入っていない。生徒会室のドアを開けて、入ってくるなり『お姉さまに会いに来たんです』と言っていた彼女のことしか、俺は覚えていない。
俺の『覚えていない人』なのか。
「どういう意味?」
「茜ちゃんからある程度聞いて、確信をもったよ。なんでお姉さまがそんなに私と過ごしたことを覚えていないのか」
「なにが言いたい…?」
「お姉さま、昔の記憶が本当にないんですね」
「……ああ」
ごまかしても、もうだめそうだ。ただ、茜には軽く説明してしまっていた。
過去の記憶のほとんどを優樹菜から聞いた説明で補っていること、覚えていないということを覚えていないということなどを伝えていた。それに加えて、優樹菜と出会う前のことは、ほとんど知らないこと。
けれど、これにも矛盾が生じている。優樹菜は、小学生の俺と並んでいたのだから。
「初めは冗談だと思ってた。忘れたフリなんてしちゃって、なんて。けれど、会うたびに言われるんですよ。まるで“今まで会ったことがなかった”みたいに、よそよそしく接してくる態度で、さすがに分かりました。本当に私のことを知らないんだなって」
「ごめん」
「いいよ。だって、そんなの仕方ないじゃないですか」
「覚えているところもあるし、覚えていないところもあるんだ。そのせいで、俺は和泉さんや中津さん、副会長みたいに昔話ができない」
俺にとって、昔話で盛り上がるなんてのはとんでもなく難しい話だった。だからこそ、あまり親しくない人と話すときには、その場で嘘を吐いてしまうこともあった。一度や二度どころではない。
けれど、それは無駄な努力だったとさっき分かった。優樹菜からもっと覚えていない時期の話を聞いておくべきだったのだ。そうすれば、多少は変わっていたかもしれない。
「記憶喪失なんですか?」
「そうらしいね。あたしの昔の記憶は、ほとんどが優樹菜から聞いた話だよ。実際、それ以外の話を思い出そうとしても、頭が痛くなるだけでなにも浮かんでこない。どうしてって何度思ったか分からないよ」
「相変わらずだね。優樹菜ちゃんのこと、信じてるんだ。いくら血の繋がった妹とはいえ、信じすぎるのはよくないよ。お姉さま」
「…は?」
…は? なに言ってるんだ、中津さん。
「私、なにかおかしなこと言いましたか?」
「言ったよ。優樹菜が血の繋がった妹、とか」
「間違ったこと言ってないよ。だって、あのとき話してくれたじゃない。……ああ、そっか。話したことは覚えてないよね」
俺の今までの生活が、崩れていくような音がしている。そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます