第22話 他人の記憶にある『俺』

「どう、慣れてきた?」

「そうね。どこから聞いたのか分からないけど、知らないご近所さんから野菜とか漬物とか、いろいろとくれるの」


 島の情報網は恐ろしい。誰が浮気したとか、病気になったとか、引っ越してきたとか。ありとあらゆる情報が、光の速さで共有されている。

 すっかりその状況に慣れてしまっているので、感覚が麻痺しているが。ニュースで流れるよりも早く伝わってくることなんてのは、日常茶飯事だった。それがこの島の当たり前で、引っ越してきた人たちは皆驚く。


「だろうと思ったよ。ちょうど収穫時期だし、もらっておけるものはもらったほうがいい」


 ちなみに、和泉さんが旧学生寮を使うことになったおかげか、今後は積極的に寮生を受け入れていくらしい。一人のためにここまで動くことになるとは思っていなかったけれど、まあいいことだろう。

 廃校の噂が毎年出ていた烏森だが、これでその可能性が減ったりするのかもしれない。


 そのあともなかなかに話が盛り上がり、いつのまにか和泉さんの過去の話になっていた。生徒会としての役目は終えていたのでこれ以上居るのも申し訳ない気もしたが、理奈と和泉さんは楽しそうに話していたので、水を差すのも野暮というものだ。


「まあ、果鈴には分からん話やんなぁ」

「なんだよ。その馬鹿にしたみたいな言い方はさあ」

「島から出て生活したことないんやろ?」

「え、そうなんですか?」


 どの部分に引っかかりを感じたのか、突然和泉さんが拍子抜けしたような声で、疑問を呈した。


「和泉さん、どうしたの?」

「いや、果鈴さんって島以外で生活したことないんですか?」

「そうだね。ずっとここで暮らしてるから」


 特におかしなことを言っているつもりはないのだが、和泉さんはどこか納得できないような雰囲気を醸し出していた。


「…果鈴さんって、お姉さんがいたりしますか?」


 答えに導くように、和泉さんは言葉を紡いでいた。なにやら、確信をもって質問を投げかけているようである。質問の意図が分からないので、どう答えたらいいのかを考えていた。

 ちなみに、ここまでの和泉さんの発言がおかしいと思ったのか、理奈は隣から『どういう質問なの』という視線を送ってきていた。


 前に優樹菜のことは話しているので、俺には妹しかいないことは知っているはずなのだが。とはいえ、特に隠すようなことではない。脚色をつけず、ありのままを伝えることにした。


「姉はいないよ。優樹菜だけ」

「そうだよね……」

「なにか気になることあった?」


 様子がおかしい、とは言えなかった。それまでの流れを完全に断ち切って、和泉さんは俺のことを聞いてくるようになってしまったのだ。不気味に感じてしまうほどに。


「私が小学生くらいのときに、果鈴さんに会ったことがあるはずなの」

「あたしに?」

「うん」

「そんなはずは……」


 鮎川高校へ行くよりも前に島を出たのは、修学旅行くらいなはずだ。

 一般的な旅行をするほど、俺には金銭的余裕もない。だからこそ、和泉さんは誰かと間違えているのだろうとしか思えなかった。それに、もし和泉さんと会っているのなら、夏菜子あたりが知っているはず。つまり、烏森高校に連れてきたときに、二人が初対面のような会話をしないだろう。

 とにかく、彼女の発言を受け入れる理由がなかった。


「自己紹介のときに、立花って言っていたから。それになんとなく面影はあるの。だから、果鈴さんがあのとき自分のことを『男だ』と言ったときにはかなり驚いたの」

「どういうこと。つまり、その子は女だったの?」

「えっとね、正確に言うとそこまでは知らなかった。ただ、着ていたのが女子制服だったの」

「じゃあ、その子は和泉さんと同じ学校に通ってたんだ」


 制服…? ますます怪しいと思った。なぜなら、もしそれが俺であるなら、女子制服を着ていることと、その学校に通っていることの説明がつかない。昔の記憶なのだから、きっと勘違いだろう。


「そうだね。でも、長くは一緒にいなかったんだよ。理由は全然思い出せないんだけど」


 そう言って和泉さんは立ち上がり、見せたいものがあると言ってその場を離れた。


「どういうことなん。果鈴、転校してたんか?」

「いや。まったく覚えてないんだよな」


 ただ、それがいつの話なのかによって、俺が“知らないだけ”という可能性が生まれる。そのせいか、和泉さんの話が現実味を帯びてきていることに、不安な気持ちが増してきていた。

 知らない話をされても、困るだけなのだ。それが相手にとって重要なことであったとしても、俺の頭の中にはないのだから。

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