第19話 隠された箱とハコ

「久しぶりに会えてよかったよね」

「うん。優樹菜ともこうしてゆっくり過ごすのも、なんだか久しぶりな気がする」


 優樹菜の握ってくれたおにぎりを手に、俺たちは墓地の近くにあるひまわり畑に来ていた。

 ここは穴場スポットなのだ。ひまわり畑の存在を知っているのは、この畑を管理しているおじさんか、墓参りに来る人くらいなのだ。島のほとんどを観光地開発されてしまった今では、かなり貴重な静かに過ごせる場所である。


「そうかな?」

「ああ。最近は周りのやつに振り回されてばかりだったからな」



 俺が優樹菜と一緒に来てくれるようになったのは、意外と最近の話だったりする。

 以前は俺が一人でここへ来ていた。理由はいたってシンプルだ。優樹菜にとっては、あくまでも義理の両親。もちろん会ってくれるのは嬉しいが、強制はしないとずっと言っていた。俺にとっては幼い頃から育ててくれた両親だが、優樹菜が関わったのはさほどないはずだと思っていたからだ。

 それが変わったのは、二年前ほどの話。俺は毎年欠かさずここへ来ている。その日も一人で行くつもりだったが、優樹菜が小さな包みを持ってついてきたのだ。


「優樹菜、どうした?」

「…わたしも一緒に行ってもいい?」


 いつもの活発さが消えた優樹菜を見るのは、それが何度目だっただろう。俺の目を見て必死に訴えてくる彼女のお願いを、断ることなんてするはずはなく。自転車に乗るように伝えて、二人でここまで登ってきた。

 優樹菜は墓前に着くと慣れた手つきで包みを開き、そっと中に入っていた白いかたまりを置いた。それはラップに包まれた、手作りのおにぎりだった。


「おにぎり作ってきたよ」


 それからは、俺は事前に優樹菜に伝えて、二人で来るようになった。



 思い出している途中で、あることが引っかかっていた。

『俺は優樹菜と来るようになる前から、ひまわり畑に来ていないか?』

 墓参りではなく、純粋にこの景色を観に来るために、誰かと来ていたような気がするのだ。


「なあ、優樹菜」

「なーに?」

「ひまわり畑に来ることって、なかなかないよな」

「…? そうだね、わりと町から離れてると思うし。来ようと思わないと厳しいかも」


 自分で聞いておきながらなんだが、これでは質問の意味が分からない。同じことを思っているのか、優樹菜が不思議そうにこちらを見ていた。


「いやな、誰かと一緒に“ひまわり畑”に来たことがある気がして。ずっと前に」

「ずっと前に?」

「うん。すごく曖昧なんだけどな」


 それはまるで、目線を向けると霧がかかってしまう映画のようだった。思い出そうとするたびに霧がかかってしまうので、ヒントすら引き出せない。これじゃあ、優樹菜に聞いたところで意味がない。


「……きっと、最近の話だよね」

「ん? ああ、そうかもな」

「それなら別に珍しくもないんじゃない? お兄ちゃんはモテモテだから、女の子の一人や二人、連れてきててもおかしくないよ」


 ごまかされたような気もするが、手がかりすらなく本当のことかどうかも不明瞭な話に付き合わせるわけにもいかず。優樹菜を見ても退屈そうな顔をしていたので、きっとあまりに面白くない俺の話にうんざりしてしまったのだろう。


 ほどなくして、俺たちは山を下りることにした。



 自転車に乗りペダルを踏むと、坂になっている道を一気に進み始めた。行きはしんどいが、帰りはほとんど下るだけなのでかなり楽なのだ。だからこそ、こんなふうに山登りで疲れていても喋る余裕があったりする。


「やっぱり、今日は女の子で来るべきだったよ、お兄ちゃん」

「なんでだよ」

「理由を聞くのは失礼だよ。もう」


 最近はほとんどを女装で過ごしていた反動からか、優樹菜の行動がより一層不可解なことになっている。いや、よく考えてみると前提がおかしい。

 そもそも、義理の兄という前提をもってしても、女装状態で過ごすことのほうが多いなんてのは、やはりおかしくないだろうか。兄に女装を頼む妹というのも、それはそれで変な話なのだが。適切な表現ではないだろうが、家庭内女装をお願いされる身にもなってほしい。


「なにニヤニヤしてるの、お兄ちゃん」

「してない」

「してたよ」

「だから、してない」

「……やっぱり女装したかったんだあ」

「いや、どうしてそうなる?」


『お姉ちゃんが欲しかったから』という一言で始まった歪な“お願い”を、優樹菜はいつまで続けるつもりなのだろう。基本的に俺の嫌がることをねだってこないはずの彼女が、ここまでこだわりをもってお願いしてくるのは、かなり珍しい。

 それほど、俺の女装に価値があるとは思えないんだが。



 家に帰ったあとはなんだか気まずく、俺は一人で先ほどの違和感の正体を探っていた。といってもあてにできそうなものはほとんどなく、あとはアルバムくらいだろう。けれど、そんなところに残っているものが、答えに繋がるとは思えなかった。

 けれど、なにかきっかけになればと思い、俺は台に乗ってリビングにある棚の上段へ手を伸ばした。ここは確か、普段は見ないようなアルバムが押し込まれているはずなのだ。


「なあ、優樹菜。ここだよな、古いアルバムがあるの」

「え…? アルバム…ってお兄ちゃん!」


 ちょっとした確認のために、油断したのがいけなかったのだろう。

 気がつくと、目線の先はくるくると回って落ちていった。どうやら俺は足を滑らせていたようで、優樹菜に支えられてなんとか持ち堪えていた。そして、目の前には優樹菜の口元があった。


「お兄ちゃん、近い…ねぇ?」

「あ、ああ。すまん」


 優樹菜は立ち上がり、何事もなかったかのように踏み台に乗って、その箱を手際よく元の位置に戻した。


「あのね…お兄ちゃん? 無理して頭でも打ったらどうするの。気をつけてって言ったよね」

「はい。すみませんでした」

「そしてね、この箱はトップシークレットなの。絶対に開いちゃだめだからね?」

「分かった。よく覚えておくよ」

「うん」

「……優樹菜、鍋が溢れそうだぞ」

「いけない! ありがと、お兄ちゃん」


 俺が足を滑らせたということよりも、あの箱のことを気にしていたような気がしなくもない。明らかに様子がおかしかったような気がする。

 今日の優樹菜は、なぜか焦っているような雰囲気なのだ。それの正体がなんなのか、原因は俺にあるのか、すべてはっきりしていない。

 午前中の墓参りのときに言っていた『お兄ちゃんがお兄ちゃんしてる』に関しては、いつもと似たような感じだった。しかし、先ほどの表情は明らかにそれとは違う。


 今にも泣きそうな目をしていたのだ。なにがそんなに、彼女を不安にさせているのか。それがもし俺に非があるのだとすれば、一刻も早く気づかなければいけない。

 そんな使命感に駆られながら、俺はキッチンに戻る優樹菜の背中を見送っていた。


 それにしても妹とはいえ、あんなに目の前に優樹菜の顔があったのに、なにも思わないものなんだな。こんなことを言うとまた誤解されかねないのでやめておくが、優樹菜のことを本当の妹と思えていることが、なんだか嬉しかった。

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