家族
第18話 忘れられない日
誰にとっても、忘れられない日というのはあるものだ。
例えば、誕生日。俺は優樹菜の誕生日を忘れたことはない。毎年、必ず二人の時間をつくって、テーブルを囲んで祝っている。普段は無理やり女装させてきたり、化粧させてきたり……いや、なんかおかしいな。それ以外にもあるが、とにかく欠かさずおこなっている。
『そろそろお祝いされるのは、恥ずかしいよ』なんて言ってくることもあるが、俺はせめて優樹菜が卒業するまでは祝ってやりたい。歳を重ねるということがどれだけ素晴らしいことなのか、それを改めて思い起こさせる大切な日なのだ。
自転車で坂道を登ったり下ったりしたさきに、道とは呼べないほどの登山道がある。とはいっても、ある程度整備されているので、登るのが困難なほどではない。
駐輪場もないので、適当な場所に自転車を停めて、俺たちはその道を登っていた。
「お兄ちゃん、こっち早く来てよー。置いて行っちゃうよ!」
「元気だなあ。あんまりはしゃぐと危ないぞ」
子どもみたいに……といっても俺たちはまだまだ大人から見れば子どもだろうけど、優樹菜はまるで太陽のように明るい笑顔でずっと先のほうで待っていた。久しぶりに会えるので、そのせいなのかな。
竹で編まれたかばんをクルクルと回して、嬉しそうにしながらも少し退屈そうにしていた。
「優樹菜、一緒に行く気ないだろ?」
「ううん。全然、そんなことはないよ」
「言いたいことがあるなら言う。決まりだぞ?」
「……分かってるよ」
目線を下に向けて、俺の足元を見ていた。
それは彼女の昔からの癖で、なにか言いたいことはあるけれど言いづらいときにする仕草だ。今まで何度もこれをされて、何度も困ってきたが、随分と久しぶりに見たかもしれない。
最後にされたのは、いつだったかな。
「ただ…ね?」
「おう」
ついに俺からの視線に耐えられなくなったのか、優樹菜はくるりと回って、また登り始めた。気持ちは聞けずじまいかと思っていると、ボソボソとなにかを呟き始めた。
「…その、お兄ちゃんがお兄ちゃんしてるところ、久しぶりだからね? なんか、恥ずかしくって」
「はぁ?」
「ほら、いつもと違ってお兄ちゃんがお兄ちゃんしてるなって。そう思ったら、ああ違うんだなあって思ってね?」
「待て、前提がおかしいぞ。気づいてるか?」
お兄ちゃんという言葉がゲシュタルト崩壊しそうな勢いで、優樹菜はそれを連続で口にしていた。おそらく混乱し始めているんだと思うけれど、こっちまで影響されるのでやめてほしい。
そもそも、お兄ちゃんがお兄ちゃんしてるってなんだよ。まるで、普段はお兄ちゃん業務をさぼっているみたいじゃないか。最近は生徒会のことばかりに時間を割いていたので、あながち間違いではないのが痛いところだ。ゆっくり話をする時間もなかったからな。
進む足を止めて、優樹菜はなにを思ったのか俺に近づいてきた。暑さのせいか、頬のあたりが赤くなっているような気がした。俺を置き去りにする勢いで途中まで登っていたので、無理もないだろう。
「おかしくないよ。だって、今日のお兄ちゃんは女の子じゃないもん」
「変な言い方をするな。俺はいつだって男だぞ」
「そういうことじゃないのよ。わたし、お兄ちゃんの男装は久しぶりに見たよ?」
「なんだ、そういうことか……」
女の子じゃないと言われて、男なんだから当たり前だろうと。つくづく優樹菜の考えていることは分からない…って、ん? 聞き流してはいけない単語を聞いてしまったな。これは指摘されるのを待っているのか、無意識で言っているのか、どっちなんだ。
彼女は天然気質なところがあるので、ボケているのかどうなのかの判断が難しい。
「納得しそうになったけど、優樹菜さん?」
「なに?」
「俺が女装するのはおかしくないんだけど、“男装”ってどういうことだ?」
「だって、お兄ちゃんはお姉ちゃんでもあるから、今の格好は男装なんだよ」
「わけがわからん」
その後も優樹菜の話に頭を混乱させながら歩いていると、途中で上り坂が石段に変わり、その石段も終わりが見えてきた。奥のほうには、今年も元気な様子の向日葵たちが出迎えてくれている。
「優樹菜、俺は水汲んでくるから、先に“あいさつ”してていいぞ」
「うん。ありがとうございます」
俺は入り口にある水道で水を用意して、優樹菜のもとへ向かった。なんと表現すればいいのかは難しいところだが、これが俺と優樹菜にとっての夏の訪れであり、欠かせない行いの一つなのだ。
『立花家之墓』と書かれてある前で、優樹菜はかばんから取り出したであろうおにぎりの入った容器を持って待っていた。
「待ってなくてもよかったのに」
「いいの」
優樹菜はすうっと息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせていた。これも、いつものやり方だ。なんでも、同じ空気を吸いたいからというのが理由らしいが、あまり深い意味はないのだろう。
「お
毎年やってくる今日は決して忘れることはできない、父と母の命日だ。
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